第11話 潜入(6)

バードイーター、この男から発せられる言葉は

どれもキラービーを嫌な気持ちにさせるもの

ばかりだった。

だがそれは別にキラービーを傷付けたり

嫌な気持ちにさせる為に発言されたものではない。

いつか向き合う時がきたなら当然受ける

ダメージであり、それは自分でもよく分かってる。


キラービーは見ない振りをしてきたわけでは

なかった。

見る必要性が無いと思っていただけだ。

比喩ではあるが部屋の鍵も知らない振りをしたわけ

ではなく、存在を知らなかったわけでもない。

キラービーの部屋のドアは開いていた。

そもそもドアも無かったのかもしれない

それは……

以前に一度そういう部屋から自力でドアを

壊して出たことがあったからなのだが、

その自覚は彼女にはなかった。


その時はともかくキラービーはイーダの部屋の

外側に何の興味もなく、出たところで世界は

変わらないこともよく理解していたのだった。


それにしても………


「あなたは部屋の外の世界に興味はありませんか?」


なぜこの男はこれほどまでキラービーの心情に

迫ってくるのだろう?

彼女はそれが不思議ではなかったが、

自分の事を理解している、もしくは理解しようと

していることが原因だろうか……


同じ死神だから?

いや多分違う。

それはそれぞれの人間の持っている方向性であり

究極的には質の問題である。


「興味が無さそうに見えるか?」


「見えます。」


この男との問答はとても不快であるのに

自分には必要なことだと感じた。


「そうか、多分そうなのだろうな。」


「だとしたらあなたの問題はもっと深い…

感情を感じる部分に硬い蓋をしているのでしょうか。その蓋をしたのはイーダではありませんね、

きっとその部分の話はあなたも触れたくない

でしょうし、触れるべきではないのでしょう。」


「しかし、私はその蓋を開けることはできなくてもその蓋をズラすことくらいはしたいと望みます。

何故なら生き物は皆、人に限らず感情を持って

生きている。敵を恐れ、仲間の死に怒り、

愛情を持って子を育てる……それは本能です。」


「その本能を固い意思で閉ざすことは大変な

ことです。だからイーダも今の政府も恐怖で

他の感情を抑えることしかできません。

けれどあなたはその恐怖さえも物ともしていない

だから本来あなたはイーダに従う必要だって

ないはずなんです。」


「確かにそうだ」と言わざるをえなかった。

彼女は口に出さなかったが、否定しないことは

肯定に繋がる。


「部屋の外へ出ることを望むには感情による

動機が必要になります。

今すぐにとは言いません、でも考えてほしいの

です。外に出た後の可能性をそして

イーダの側にいない自分のことを……」


「もし生き方が分からない時はいつでも

私達があなたの力になります。」


「………いや、それは要らない。」


そこだけは即答で拒否した。


「私のことが嫌いですか?」


バードイーターは苦笑いしながら悲しそうに

聞いた。


「そうだな。お前のこともイーダのことも

まるで好きではない。」


「そうですか、そうでしょうね。

でも好きも嫌いも自覚することはとても

大切ですよ。」


「確かにそうだ。」


今度はちゃんと言葉に出した。


「しかし部屋を出る時には、一つ大きな問題があります。それは自分の犯してきた物事に責任を

感じるようになることです。例えやらされて

きたことだとしても、実行してきたということが

己に重く深くのしかかってきます。

あの組織を出た“まともな人間”は皆それと

向き合うことになるでしょう。」


「私とて本当は今生きていていい存在だとは

思っていません。本来はあなたに今すぐ殺される

べきなのだと思っています。

それでも今生きている。生きているからには

できることをしていこう。

そう思うだけです。」


「お前達は私を味方につけたいのか?」


「できるならそれが一番望ましいです。

ですが、こうやってお話ししてみてそれは

とても難しいと感じています。あなたの存在は

我々とはあまりにもかけ離れている。

おまけに私は嫌われていますからね。」


「つまらない皮肉を」とキラービーは吐き捨てた。

それでいて、


「だがそうなら何を目的にこんな大仕掛けを

してきたのだ?」


と問いかけずにはいられなかった。


「この教団、所謂我々の総意としてはあなたが

我々の味方になってくれる、もしくは情報部に

従わない選択をしてくれるだけでもとても大きい

です。けれどとても個人的なことを言えば……

私はあなたの自由意思が見たいのです。」


「……何の為に?」


「ただの興味ですよ。私は善人ではありません。

ただ人が自分の意思に従って、自由に生きること

がただ何となく好きなのです。」


「そうか、それは中々……良い趣味ではないか。」


「初めて褒めてくれましたね。」


バードイーターは嬉しそうにそう言った。






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