第10話 潜入(5)

「なぜそう思った?」


「あなたの噂を聞いた時からずっと思っていました。あなたには何かあると。」


バードイーターはそう言うと「失礼」と断りを

入れ、ソファに深く腰掛けた。そしてテーブルの

上のコップを取り、お茶を入れて飲んだ。


「あなたもいかがです?」


「いや、要らない。」


キラービーは断った。


「以前なら私も一晩くらい水分を取らずに何でも

できたものですが、歳を重ねましたね。」


そして茶を飲み一息ついた。


「私の人生で経験したことの無い緊張です。

ほら少し手が震えているでしょう?」


彼は少々情けなさそうに

コップを握る手が少し震えているところを見せた。

先程の威厳はすっかり形を潜めていた。


「意味の無い震えだ。お前ほどの手練なら

瞬時に臨戦態勢に入り行動に移れる。」


この男は一瞬で覇気も在り方も相手にもたらす

印象さえも変化させることができる。

キラービーは恐れはしなかったが、

「恐ろしい男だな」と思った。


「容赦ないですねえ……」


バードイーターは薄く笑い言葉を続けた。


「先程のあなたの問いの答えですが、もう少し

続けますと、話す価値があるかどうかの見極めの

為にどう行動するのか、引っ掛けを出し続けた

のですよ。」


「あなたが何人でくるのか?味方を犠牲にして

こちらを探りに来ないのか、こちらの者を連れ去り

拷問などして情報を聞きださないのか、そして

目的のためなら静かに侵入して私を殺ればいい。

あなたはそのどれの手段も取らなかった。

これが罠だと気付いていたのに!」


「…………………」


キラービーは何も応えなかったがバードイーターを

睨み付けていた。それは無意識の目線だった。


「あなたは任務より真意を取った。それはあなたに考える脳があることを証明し、あなたに真意を

知りたい欲求があることを意味します。」


嫌な言葉が続く。

ずっと嫌な気分が続き、時には耳を塞ぎたくなる

衝動も訪れるが耐えた。

聞くことを放棄できない、拒否できない。

己の内面に蠢く何かが聞くことを求めている。


ずっと見ない振りをしていたものに目を向ける

時が来たのかもしれない……


それはきっと予感ではない。




暫く沈黙が続いた。


「ここまで話してもあなたは乱れない。動機も

呼吸も穏やかで、それでいていつでも任務に

移れる意識も保っている……

信じられない!恐ろしく冷静だ!

あなたのその強さ、冷静さそれを裏打ちする

覚悟を……想像するだけで悍しい何かを

耐えてきたに違いない!そしてそれを耐えた

その精神力にはきっと誰も及ばないでしょう!」


「……下らない、私の精神など、私自身も

理解していないというのに。そんな話が

何になる?」


「それほどの精神力、理解力、考察力を持って

してもなぜあなたがイーダの言いなりでいるのか、

それは、あなたが彼の部屋に閉じ込められている

からです。」


「それはあなただけではありません。

ここにいる皆んなもそうでした。私もです。

今組織にいる多くの者もそうでしょう。

部屋というのは比喩ですが……」


彼は止まらず言葉を続ける。


「鍵の掛かったドアに閉じ込められた部屋の中に

いるのです。その部屋はそれなりに快適であり

それなり過ごせる、生活できるのです。

食事を摂り、睡眠をし、そして部屋の中では

それなりに自由なのです。

そのドアの鍵は部屋の中に有ります。柱の向こうに落ちているのです。柱まで行き鍵を見つければ

誰でもドアを開けて外に出られるのです。

でも誰も鍵を開けません。柱にさえ近付きません。それは柱の方を気にするとイーダが嫌がるからです。はっきり近付くなと言われることも

遠回しに言われることもあります。

両者に違いはありません。

部屋の中は安全だ安心だ。外は恐い、怖ろしい。

違うかもしれないと思いつつ段々その環境に慣れ

やがて余計な事を考えなくなる……

まるで嘘の揺り籠に眠らされるように、偽りの

心地よさに満足してしまうのです。」


「その環境を失いたくないが為に我々は

あの男の言う事を何でも聞きました。彼が

最も喜ぶ成果の為に尽力を尽くしたのです。

けれど得られるのは偽りの揺り籠だけです。

金も名誉も欲しくありません、もちろんそんな

偽りだって本当に心から望んだものではないのです。そんな環境で心を病んでいった者から

次々と始末されていきます。

彼に心酔し、信じ切っていた者達でさえ

彼は容赦なく冷遇します。

私は望んでいないものを望まされている違和感に

遂に耐えられなくなりました。

あの男への恐怖を乗り越えてこのドアの外に出る

ことを切望しました。

何があるかは分からない、けれど偽りの為に

彼を満足させる日々はやがて心の破綻を呼ぶと

直感した私は鍵を取りドアを開け部屋を出ました。

そしてやっと知ったのです。

自由が、自由こそが人の生きる意義だと。

これはやや教団の教義とはずれてしまいますが

大まかに言うと間違いではないですからね。」


キラービーはもう睨み付けてはいなかった。

穏やかでもなかった。

そしてもちろん彼女の心は無でもなかった。


「お前に共感した者達がこの組織を作ったのか?」


「この教団はただの間借りですよ、そこも色々と

ややこしいのですが、それなりにお互い良い関係で利用できています。」


「敵対組織を結成できたなら、なぜイーダや

情報部を潰しにいかない?」


「そう簡単にやれる相手ではありません。

『鴉』は半減できましたが死神は私一人です。

それに彼には『息子達』がいます。

ここにきてあの3兄弟の存在はとても大きな

ものとなりました。」


「彼は反逆を想定していたわけではありませんが

裏切りや離脱をいつも懸念していました。

だから完全な洗脳が成功した3兄弟は

彼にとってとても大きな武器となり盾となりました。

そうして手を拱いているうちに、あなたのような

恐ろしい存在が誕生したのです。」


「別に私が特別なわけではあるまい。」


「いいえ、特別に恐ろしいのです。

精神を擦り減らさずイーダの手足になれた者は

今までいません。それにあなたはイーダより

物事をよく見、そして鋭い。

現にあなたの存在を恐れた若者が半年前に

亡くなったでしょう。」


「……………!」


「あなたは存在そのものも利用されているのですよ。」


言葉が無かった。

何かを感じ、何かが湧き出てはきていたが

それを表す言葉を知らなかった。

そもそもそんな言葉は存在しないのかもしれない。




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