第9話 潜入(4)

「私のコードネームはバードイーターです。

因みに『鴉』ではコンドルだったのですがね、

好きな方で呼んでもらっていいですよ。」


「攻撃的な名前だな。余程イーダのお気に入り

だったんじゃないか?」


「ふふ、そうだね……そうかもしれないし、

そうじゃないかもしれないですよ。」


教主であるバードイーターは含みを持ってそう

答えたが、キラービーはそれほどそこに興味が

あったわけではなく、「そうかい。」と

素っ気なく返した。

イーダに気に入られているかどうかは

そこの組織において、とてつもなく重大な

ことなのだが、この2人においては

どうも別の思う所があるようだ。

それを察したバードイーターはそこに拘らず

直ぐに本題に入ることにした。


「ところであなたはどうして対話を受け入れてくれたのですか?もしかして『光の教団』の教義に興味が出てきてくれましたか?」


「胡散臭いことを言うな。

お前がそう誘導したのだろう。

この回りくどさ、お前達はここまでしてまで

何かを狙っている。“それ”が分からぬまま

お前を殺っても、どうせまた同じことが

繰り返されるだけだ。」


「そう感じてくれましたか!」


バードイーターは声を大きくして喜んだ。


「素晴らしい。やはりあなたはイーダなんかより

ずっと物事の本質を見ようとしている。

イーダならば敵対組織のトップをやれば

それで終わり、最高の成果となるはずです。

敵の在り方などには見向きもしない。」


「……確かにそうだな。」


「イーダの言いなりの手下も同じです。

イーダに怒られないために、成果を出すために

私を殺る以外の考えなど及ばないでしょう。」


キラービーは違和感を覚えた。

バードイーターの言う通りで今回本来は

目の前の標的を葬ってそれで終わり。

それだけの任務なのである。


自分は一体何をしているのであろう?

敵の狙いであるかもしれない“それ”を知った

ところで何になるのか?

これは任務の範囲内でないことは明らかである。


だが彼女は知ろうとした。

彼女が行うことは全て彼女にとって

『必要性のあること』である。

任務中に任務以外のことに意識が向くのは

初めてことだった。


「でもあなたは違いましたね。」


「何が言いたい?」と問いかけたいところで

あったが彼女はあえて次の言葉を待った。

バードイーターはそんなキラービーの飲み込んだ

言葉を知ってか知らずか立ち上がり、身を乗り出し

力強く話しを続けた。


「あなたなら何時でも私を殺れる、今も、さっきも、これからも……そして私を殺した後も

あなたは同じことをこれからも繰り返していく

でしょう。殺して、殺して、殺して、殺して

いつか殺されるまでずうっとそれが続く……」


「……………………」


「そこで失われる命については私は問わない

だがあなたがあなたの行為の意義に気付くまで

“それ”を感知してくれるまで、我々は続ける。

あなたの思考の隙間に入る為に……

その為なら私の命は惜しくない。続く者達も

覚悟の上でやり続けます。」


「意義か……私がそれを理解するとは思えないな。」


「いいえ、あなたはあなたが考えるよりずっと

理解力がある。考える方向性を決められている

だけです。そこを外れればあなたはきっと

もうあんな所であんな男の為に生きてはいかない

はずだ。」


痛い言葉だった。

他のやり方、考え方を放棄しているのは

自分の意思か、他人の意思か

それさえも分からない。

決まった考え方をするというのはとても……

とても楽なのだ。


「お前の言う言葉は『光の教団』の教義とは

思えないものだな。宗教家はもっと、逆に

相手の考え方を狭めるべきでは?」


キラービーはバードイーターの言う言葉の本質に

答えられず、精々皮肉を言うことしかできなかった。


「こんなもの、ただのガワ(皮)ですよ。」


この男は事も無げに言う。


「宗教など手段にすぎません、それはここだけに

限らずどこでもそうです。しかしこの宗教理念と

しての言葉や考え方が本当に人を救うことも

あるのですから、馬鹿にしたり、軽く見ては

いけません。」


「お前は簡単に嘘を付くが、嘘が嘘過ぎないのが

厄介だな。」


「よく分かっておられる。言葉や真実は零か百か

ではない。有るか無いかと決まりきっている

わけでもない。状況次第、相手次第そして

究極的には自分次第なわけです。」


バードイーターは真剣な眼差しでキラービーを

見つめ、訴えてくる。

その姿はかつては諜報員として他人を欺き

利用し続けてきた者とは思えない清廉潔白さを

さえ感じさせ、そこには確かに教主としての

威厳があった。


「自分という芯を持っていないと直ぐに相手に

乗っ取られてしまうのです。ですから宗教は

とても素晴らしい反面とても恐ろしいのです。

それは宗教に限りません。」


「組織も同じだと言うのだな。」


「その通りです。あの組織において“とても優秀”

というのが何を意味するのか、私にはよく分かり

ます。そして本当はあなたも分かっているのでは

ないかと思うのですよ。」


『人間性を捨てろ』そうアドバイスした自分を

思い出す。

人間性を捨てたその先にあるものは、選択肢を

失ったロボットのような服従者だ。

彼はそれになりたかったわけではあるまい。


キラービーとて人間性を捨てて服従してきた

というわけではない。

彼女は人間性を捨ててはいない。

ただそれを持つ必要性を感じなかった、

求めていなかったに過ぎないだけだ。


しかしこの男の言う事に則って考えるならば、

選択肢の放棄は思考の乗っ取りに繋がる、いや、

思考の乗っ取りを防ぐ努力を放棄している

ということになるということか………


この問題はとても複雑で探れば探るほど

頭を混乱させる。

しかもすぐにどうこうできる問題ではない

それについて今考え、すぐに答えを出すことを

求めないことにした。


その中でもどうしても知りたいことがあった。


「なぜ私をここに誘導した?

なぜ私と会話したがるのだ?」


バードイーターはゆっくりと応える。


「あなたにその価値があるからです。」と。


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