第8話 潜入(3)
潜入の日。
決行は講演会前日の夜半過ぎ明方前にした。
ビショップには夜にやると事前打ち合わせを
していたが、明方前に時間を早めたことを
特に伝えはしなかった。
『決行が成功すれば結果を伝えればいいだろう。』
キラービーはいつもほとんど単独行動なので
連携を組むということに慣れていない。
それでも慎重を期して臨むべき案件に対して
個人の判断で作戦を変更するのは余りに
危険でありマニュアル外である。
余りに相手の概要が掴めずに焦りがあったかと
いうと、否である。
だが彼女は自分の予感に従った。
相手は明らかに『自分』を誘っている。
その誘いに価値があるのかどうかを………
知りたくなったのかもしれない。
そしてその事をビショップや情報部に伝えなくて
いいと判断した。
いや、伝えたくないと感じたのかもしれない。
夜半過ぎにキラービーは動いた。
迷いが無かったわけではなかったが
そもそも任務中に迷いが生まれたことも初めて
のことなので、考える余地がある方を
優先せざるを得ない状況であった。
「さて………」
キラービーは敵の行動を予測する。
相手もまた、こちらの行動を予測するだろう。
その結果起こることが大体予想できてくる。
少し迷った結果、キラービーは正面から堂々と
入ることにした。
玄関の門を静かに叩き、要件を伝える。
「何か御用ですか?」
「そちらの教主に会いにきた。そちらも会う準備ができているのだろう?」
「………!」
はっきりと音はしないが、向こう側で息を呑む
様子が伺える。
「……………、少しお待ち下さい。」
その会話から3分ほどで玄関の扉が開き
中に通された。
「何もこんな夜中じゃなくてもよかったの
ではないですか?」
中に通したのはキラービーより少し歳が上の
女だった。
「どうせ死神が来ることを予測して皆起きて
備えていたのだろう?ならいつ訪れても同じ
ではないか?」
その女性はハッとしたような顔をした後
フフフと笑った。
「とても恐ろしい存在なのに、何だかおかしな
方ですね。」
そして「私が部屋まで案内します」と建物内を
案内した。
「私はあなたを教主に会わすのは反対なんです
けどね。あの人がそうしたいと言うから仕方ない
んですよ。」
案内をしてくれる女性は愚痴を溢すようにそう
呟いた。そして聞いてきた。
「あなたは私や他の者には手を出さないのかしら?」
「必要があれば殺るが、その必要性が生じるのは
君達次第なのでね。」
「まあ、その道を極めるとそんな考え方になるのね……私なんて何時でも恐くて恐くて
許されるなら手当たり次第相手を撃ちたいと
思っていたのに……」
そして息を飲んで続けた。
「今だって、本当は………」
彼女はキラービーの方を見なかったが、
何か思う所があるようだ。
「殺りたいのなら殺ればいいだろう。」
「いえ、それは…それはダメだと固く言われています。例えそれを破ってもあなたに刃は届きませんが……」
そして深呼吸して息を整えた。
「すみません、何か話していないと恐怖に
負けそうで……、着きましたこの部屋です。」
キラービーは2階の一番奥の部屋へ案内された。
この建物には十数人は人がいたが、他に誰も
姿を見せなかった。
「入っていいよ。」
ドアをノックする前に中から声がした。
「失礼します。」
女性はゆっくりとドアを開けた。
相当緊張しているようで大量の汗をかいていた。
「……ごゆっくりどうぞ……」
とても言いづらそうにそう言うと、キラービーを
中に入れてドアを閉めた。
部屋の中には教主1人だけだったのでキラービー
と2人きりになった。
その部屋は応接室と小会議もできるような造りに
なっていて、1番奥のゆったりしたソファに
教主は座っていた。
教主は立ち上がり向かいのソファに座るよう
促したが、キラービーは反応せず、ドアの側に
立ったままであった。
教主はそれも仕方なしというようなにこやかな
顔で「私は失礼するよ」と再びソファに
腰掛けた。
座るという行為は臨戦態勢とは言い難い、
これが敵意が無いことを示すためなのか
単に疲れているだけなのか、どちらとも取れるが
キラービーはどちらとも捉えず己の姿勢を
崩さなかった。
彼女は必要のない考察は極力しない。
「あなたが対話を選んでくれたこと、とても
嬉しく思います。」
そこにいた教主はやはり昼間に声を掛けてきた
中肉中背の男であった。
「対話を選ぶか……結果的にそういうことに
なるのか。」
キラービーは何か腑に落ちたようだった。
「この建物に何人いるかわかりますか。」
「……………………………………、
先程の案内女とお前を入れて14だな。
全て情報部出身だな、よく集めたものだ。」
「気配だけでそこまで読み取られては敵わないな
暗殺部隊出身も2人いるのに、隠せないものなんですね。」
「緊張と僅かな殺気がある。私を殺る気なら
もう少し上手く隠した方がいい。」
「誰もあなたを殺りませんよ。殺れもしません。」
「そうだな、私を殺るとしたらお前が一番適任
だろう。気配の落ち着かせ方もお前が一番だ、
教主が『鴉』であることは予想通りだが、まさか
『死神』でもあったとはな。」
「へえ、昼間には気付かれていたのかな?」
「いや、去り際にふとな………」
「最後に油断してしまったかな、私もまだまだ
でしてね。」
そう言って男は微笑んだ。
『嫌な男だな。』
キラービーはそう思った。
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