第7話 潜入(2)

講演会は3日に渡って行うようであった。

前日には教主を始めとする首脳陣が

教会側の施設に滞在するであろうことも

分かってきた。


『ストレートな情報に禄なものはないだろう。』


それは経験ではなく直感であった。


このストレートさは挑戦的でもあった。

果たしてそれは情報統括本部に対するものなのか

キラービー、もしくは実行者に対するものなのか

…………


それに対する思案も無駄に思えた。

キラービーの持っている知識では到底把握も

理解もできないだろうと自覚していた。


できないことをできると錯覚するのは

危険なことである。


罠を回避する為には退却するしかないわけだが

罠であると報告するには証拠が足りない。

ビショップをさえ納得させることが困難だろう。


『「厄介な相手だ」とはよく言ってくれたもので、

盤面の上から駒を動かすだけでは解決しない

こともあるということが、果たして伝わるものか……』


そしてキラービーは目を瞑った。

思案に及ばなくても決断を必要とされる。


『私への命令は教主の始末。』


『ならやるしかないだろう。』


罠かどうかを考えるのを止めた。

敵の配置と行動予想を測り、そして目的を遂行する

それらは余計な思考を挟まなければ

ただ淡々と行われてゆくものだった。


翌日には全ての見立てが立った。

正確な人数とはいかなかったが、凡その数と

部屋と配置、そして教主の部屋などが分かってきた。

侵入の経路と手段も計画を立てることができた。


さらにその翌日(侵入決行日の前日)、

ビショップは計画の報告の為イーダの屋敷へと

向かった。

キラービーは潜入する教会の施設の下調べの

為周辺を歩き観察していた。


するとそんなキラービーに声を掛けてくる者が

いた。


「熱心な方ですね。講演は明後日なのに

待ちきれませんか?」


それは紳士的な格好をした40歳前後の

中肉中背の男だった。

とてもにこやかで優しい雰囲気を漂わせていた。


「………………」


キラービーは普通に街を歩いても、下調べ調査を

している時も、人に声を掛けられたことはなかった。

いつも意識せずとも絶妙に気配を消しているのだ。


「………………」


今日の今日に限って声を掛けられた、

これが何でもないことと言えるだろうか。


「あなたは光の教団の方なのかな?」


キラービーはたどたどしく尋ねた。

言葉を発するのは得意ではなかった。


「光の教団にはそこに属するという教義も

仕来たりもありません。教義に共感してもら

えるかどうかだけですよ。」


「しかし布施や献金がなければ団体の運営は

困難でしょう。」


「それはこの教えを続けてほしい、広めてほしい

とそういった思いの上で金銭が捧げられることもなくはないですが、それを目的とした団体ではありませんので。」


「資金は充分にあると?」


「資金は問題ではないのです。

あなたはこの教団の教えがよいものだとは

思いませんか?」


「…………………」


「下らない戯言だとお思いですか?

明後日の講演会にぜひお越し下さい、

きっとあなたの心にも……その心にも届く

豊かな考え方が身に付くことでしょう。」


そうにこやかに穏やかに語り掛けると


「では失礼します。」


深々と礼をし、施設に入っていった。


「本命自らか………」


ずっと相手の素性と目的を探っていたキラービーは

男が去ってから、それが教主本人であったと

確信した。


「誘うにしても大胆だな………」


そこでふとビショップの言葉を思い出した。


『3度目は帰還者無しです。』


それは全員始末されたのかそれともーーー


『裏切りがあったのか。』


資料にないことは分からない。


今回千載一遇の機会であるのに最小人数で

臨むことになった大きな理由がそこにある

のだろう。


自信があるのか、それが彼らのやり方なのか

何一つ分からなかったが、

彼女はその時じとっとした汗をかいた。

初めてのことであった。



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