第3話 自己満

不安だった仕事は案外うまくいった。いや、うまくいったというか普段通りだった。だが同僚の男は懲りていないのか話しかけてきた。また飲みに行こうだとか、今度はどこに行きますかだとか。次があると思い込んでいるのが気持ち悪い。鬱陶しいし仕事に集中出来なくて頭痛がした。徐々に二日酔いの頭痛がして、吉本さんから貰った薬を飲むか飲まないか少し悩んだあと結局飲んだ。


今日のノルマを終えてやっと帰れると思ったらあの男にまた捕まりそうになったので遠回りをして避けた。これ以上振り回されたくない。それに今日は大事な電話がかかってくるんだ。あの男のせいで電話に出れなかったら困るし今以上にあいつを嫌いになってしまう。仕事場での人間関係はできるだけ良好の方がいい。嫌いな相手をこれ以上嫌いにならないようにするのも社会人にとって必要なスキルだ。


家に帰って本日二度目のお風呂に入り、晩御飯を適当にすまして電話がかかってくるまでアプリでドラマを観ているとあっという間に時間が過ぎて画面が暗転し、電話がかかってきた。時間を確認すると九時五分。電話に出ようとボタンを押し、スピーカーにして相手からの言葉を待った。


『こ、こんばんわ』


少し緊張した声音に自然と口角が上がる。


「こんばんわ。電話かけてきてくれてありがとうございます」


『いえ、あの、お礼のことなんですけど、』


「うん。いつならあいてます?ご飯でも奢りますよ。それか何か欲しいものがあるなら買います。それか現金の方がいいですか?」


彼女はいわば命の恩人だ。多少贅沢なものでも買ってみせる。現金がいいのなら差し出そう。命には変えられないから。それに久しぶりに感じられた人の優しさに癒されたのでそれ相応のものを返したい。


『あ、いやいや!お礼は結構ですって伝えたくて電話したんです。自己満でした事ですし何も気にしないでください』


「いやそれは無理ですよ。吉本さんは命の恩人ですから。…あ、なら私も自己満で吉本さんにお礼がしたいんです。借りを作りっぱなしなのは嫌ですから」


これでどうだと得意げになる。多分吉本さんは気をつかってくれているんだと思う。それか単純に面倒に思っているのかも。後者はあまり考えたくないが。


「迷惑とかじゃなければ、週末一緒に出かけませんか?」


『………………わかりました。週末ですね』


よし、勝った。微妙に長い間があったが気にしない。


『ただし、奢りとかはしないでください。私の行きたい場所に付き合ってもらえればいいです』


「え、それじゃあ私の気が……」


『妥協はできませんよ』


力強い語彙にこれ以上は譲らないと伝わってくる。正直納得いかないけど仕方ない。


「……わかりました」


『不満ですか?』


「それは、まあ……」


『ふふ、藤原さんっておいくつなんですか?』


「今年で二十六になりました。吉本さんは?」


『私は今年で二十一です』


「大学生ですか?」


『はい。藤原さん敬語使わなくてもいいですよ。私の方が歳下ですし、時々敬語抜けてるのでそっちの方が話しやすいんじゃないですか?』


気遣ってくれている。私が歳上だと知っても物怖じしないで会話ができるのはいい。変に萎縮されても困ってしまうから。


「じゃあ吉本さんも敬語使わなくていいよ」


『私はこの喋り方の方が喋りやすいのでこのままで大丈夫です』


「そうなんだ。吉本さんがそれでいいならいいけど」


週末の待ち合わせ場所を決めて行く場所は吉本さんが当日教えてくれるらしい。その後はなんとなく会話を続けた。会話はそこそこ弾んだ。

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