稀有な関係

茉莉「…。」


午後になりだんだんと太陽が

顔を出してきた頃。

茉莉は赤レンガ倉庫にいたのだが…。


どうしてこんなところに

来ているのだろう、と

漠然ながらに思う。

だって。


美月「ええ、信じられないわそんなの。」


歩「仕方ないじゃん。わがまま教授だったの。」


美月「私だったら直談判しに行ってたわ。」


歩「あー…しそう。別に半年黙ってれば単位取れて終わる話だったし。」


こころ「お姉ちゃんってば鈍感すぎるよね!?僕は履修取り消すよ!無理だったらズル休みしまくる!」


歩「無理無理、削除期間すぎてたんだから。」


こころ「ええー、絶対その授業受けたくないー!ね、茉莉、そう思わない?」


茉莉「はぁ…。」


言ってしまえばこころ以外

知らない中で

遊びに来ているのだから。


ことのなれ行きは確かこう。

まず茉莉が遊びに誘われて、了承する。

横浜の赤レンガ倉庫あたりを

ぷらぷらしようと場所まで決まった。

その後にどうやらこころのお姉さんと

その友人が同じ日に同じ場所あたりで

遊ぼうと話していたことがわかったらしい。

そこで場所を変えようかと

ならないのがこころで。

それならせっかくだし

4人で遊んじゃおう…となったらしい。


こころから予めお姉さんと

その友人が来ていいかと聞かれ、

いいよーと言ったのは茉莉だ。

だからこの状況になったとて

文句は言えないしそもそも言うつもりもない。

けれど、いざとなってみれば

どうやって話せばいいんだ?と

疑問符ばかり浮かぶ。

同級生ならまだしも、

雛さんという方はこころと同い年で

茉莉からはひとつ上、

お姉さんに関しては

今は大学1年生らしく、

3つも上ということになる。

そりゃあなんとなく気を張っちゃうよね。


美月「そう言えば茉莉ちゃんって1年生なのよね?」


茉莉「え?はい。」


美月「どう、学校慣れた?」


茉莉「だいぶ慣れました。」


こころ「いいなあ、若いなあー1年生かあー。」


歩「言うてあんたはそんな変わらないでしょ。」


こころ「いやいや、1年ってめちゃくちゃ変わるよ?だって考えてみてよ。お姉ちゃんから見て高校3年生と大学1年生ってだいぶ違うでしょ?」


歩「はいはい。それは幻想だから。」


こころ「ええー?」


美月「あはは…でも確かに、高校2年と1年で何か変わったかと聞かれると、歳を重ねるだけと思えば変化ないわね。」


こころ「えー、ほんと?肌ツヤ違わない?だんだん使う化粧品の種類が多くなってくんだけど!」


歩「断捨離しなー。」


こころ「お姉ちゃんはあっさりしすぎなのー。」


歩「まあ話を戻すと、体感としてはあんま変わんないよ。ちょっと自由な時間が増えた高校生って感じ。」


茉莉「そんな感じなんですか。」


歩「一応、もう大人らしいのに実感ないや。」


茉莉「酒タバコはまだでしたよね?」


美月「まだね。それは二十歳からのまま。」


こころ「お姉ちゃん絶対お酒強いよー。」


歩「はいはい。」


4人で食べ歩いたり、

時に休むためという建前で

こころの好きなカフェに入って

過ごしたりした。

話を聞いているに、

どうやら雛さんとこころのお姉さんは

小学生の頃からの付き合いらしい。

雛さんはもちろんこころとも

昔から面識があったもので、

ここの3人は姉妹のように

育ってきたのだとか。

そこに茉莉がいていいのか

時々疑問に思った。


ふと風が吹く。

なんだか肌寒いと思い

徐に天気予報を見てみてると、

どうやら最高気温は26℃程度らしい。

少し前まで38℃だとかって

騒いでいたのに、

一体夏はどこに行ってしまったんだ。

いつの間にか9月も半分を終えていて

夏が姿を隠す理由には

納得する他なかった。


こころ「ねね、もう秋だねー。」


美月「そうね。カーディガンを着ていてちょうどだもの。」


こころ「分かる。もうバ先でも秋服や冬服出し始めててさ。」


茉莉「服屋でバイトしてるの?」


こころ「そう!横浜駅のビル内に入ってるよー。」


茉莉「へえ。今度観に行こ。」


歩「いいや、やめといた方がいいよ。」


茉莉「そうなんですか?」


歩「見るに結構スタイリッシュな服の方が好きでしょ。こころのとこの店はフリフリ系が多いから。」


茉莉「なるほど…。」


こころ「いやいや、茉莉も似合うってー!ね?ね?」


茉莉「うーん…。」


こころ「反応渋!」


茉莉「お店の雰囲気を見るのは少しでいいかも。…1番は接客してるところとか見たいんだよなぁ…。」


こころ「いの1番に声かけに行くねっ。」


美月「ふふ。すぐにお店を出ることは叶わなさそうね。」


歩「入ったが終わり。」


こころ「僕は食虫植物じゃないよー!」


茉莉「くはは。」


こころ「あ、そうだ。じゃあさ、せっかくだし今から服見に行かない?」


美月「いいわね。ちょうど秋冬服を見たかったの。」


歩「また始まった。」


こころ「どうどうー。推しの服屋さんも新作あげてたし、そこも見てまわりたかったんだー!」


歩「ネットで売ってるって言ってなかったっけ?」


こころ「そうだけど、やっぱり実物をみたいじゃん?向こう側なんだよ、他にもいろんなジャンルの服屋も入ってるから、行こ行こ!」


ぼーっと人の話に

耳を傾けているうちに

次の行き先が決まっていたようだった。

こころやお2人も

すごいなあ、と簡易な感想が頭をよぎる。

茉莉だったらなんでもいいって言うだろう。

どこに行こう、何したい、とかがなく。

だからこころと2人で遊ぶかも

しれないと思った時は

少しばかり不安だった。

こころ自身に決断力があるから

きっとどうにかなってはいたのだろうけど…。


こころ「茉莉もそれでおっけ?」


茉莉「うん。」


こころ「よおし、レッツゴー!」


ずっとポジティブで明るくて。

こころにいいなぁ、と、

茉莉にないものを多く持っていて

いいなと思う気持ちが

微かながらに積もっていった。


とあるビルに入ると、

そこには多くの種類のお店が入っていた。

服屋はもちろん、

ちょっとしたカフェや鞄屋、

子供用のおもちゃ屋に、

広くスペースのとられた中古本屋。


手始めに服屋をぐるっと

回っていった。

茉莉とこころのお姉さんは

ずっとくっついていってるだけだったけど、

雛さんとこころは終始楽しそうに

あれこれ服を吟味していた。

こころは服が本当に好きなんだろう。

目がきらきらとし続けていた。

時に雛さんにアドバイスもしていたようで、

本気で服を選んでるんだなと

ぼんやりと思う。

まあ、お姉さんは暇そうに

スマホをいじっていたけど。


茉莉とお姉さんの間に

会話という会話はなく、

近くに椅子があれば座って待った。

やや気まずさを感じながらも

ここでゲームするわけにもいかなければ

SNSを見る気にもなれず、

道ゆくひとを傍観し続ける。


2人がある程度見終えたら次のお店へ。

それを何回も繰り返していた。

コスメ屋や雑貨屋などなど

ファッション関係を幅広く網羅する。

そのループが途切れたのは

1時間くらいは経た頃だった。


美月「ふう、私は少し休憩。」


こころ「おっけー!僕、もう少し見てきていい?」


歩「んじゃここで座って待ってる。」


こころ「りょーかい、じゃあいってくる!」


茉莉「あ、じゃあちょっとお手洗い行ってきまーす。」


美月「わかったわ。」


こころってばすごい体力だなと

呆れを通り越して

もはや感心してしまう。

将来は絶対そっちの道に

就くんだろうと容易に想像できる。


こころの目に止まるのは

ふりふりで可愛い感じの

ものが多かった。

大人っぽかったり

カジュアルだったりするものも

時々手に取ってはいたけど、

それでも控えてながらに

フリルがあるものが多かった気がする。

雛さんに関してはシックなものが多かった。

色合いも落ち着いている雰囲気で

ベージュやカーキ、白黒が多かったろう。

パステル系の色を手に取っては

そのほとんどでこころと話していた。

雛さんが挑戦したい色なのか、

こころに似合うと思ったから

話しかけたのまでは

わからないけど。


ぼうっとしている間に

そんな部分に目を向けて

過ごしていたことに気づく。

自分では何気なく見ていたものも

よくよく思えばその人となりが見えてくる。

人と関わるのはめちゃくちゃ好きでも

嫌いでもないけど、

もしかしたら人を見るだけなら

案外退屈しない方なのかも。


そんなことを思いながら用を足し、

2人のいる場所へと

戻ることにした。

だんだんと座っている2人の背中が見え

近づいてゆく。

休日だからだろう、

多くの人が行き交っていた。


それにも関わらず、

茉莉は不意に足を止める。

2人の邪魔をしていいのだろうかなんて

ふと思ってしまったのだ。


これまでに上がった話の流れから、

雛さんとお姉さんは昔ながらの仲良しだけど

ここ半年は会っていなかったらしい。

2人で話したいことも

山ほどあるだろう。

茉莉だったらきっとそう。

そんなことを思って

1度その場を離れようとした時だった。


人は数多いるはずなのに、

何故かその音を掴んでしまった。


美月「……ろで、花奏はどう?最近会っていないから近況がわからなくって。」


歩「あーね。当時に比べればだいぶ良くなったよ。学校も行けてる。」


美月「よかった…そうなのね。」


歩「月1回は会ってるんだけど、笑顔でいることが多くなったよ。」


美月「…そろそろ1年経つものね。」


歩「そうだね。でも時々ずしんとくるって言うか、一晩だけ谷底に落ちる時があるみたい。」


美月「それは1人の時に…?」


歩「それも偶にあるらしいし、目の当たりにしたこともある。でもあの時ほどじゃない。」


美月「そうなのね…でも、だいぶ回復したようで良かった。本当に…。」


歩「ん。あんたの方はどうなの?」


美月「どうって?」


歩「言わずもがなあの関連。遊留とはまだ定期的に会ってんの?」


美月「ええ。もう引退しちゃったから毎日は会っていないけど、それでも3、4日毎には会ってるわ。」


歩「多っ。その頻度で将来的な話大丈夫なの?」


美月「波流が進学したら…そうね、いずれは考えなければならないことね。」


歩「ことがことだから短期間で会わなきゃなのは仕方ないけど…学校で出会えないとなるとお互い時間を作るしかないか。」


美月「シェアハウスができれば楽なのだけど。」


歩「ええー、あの家許可出さないでしょ。」


美月「あはは、やっぱりそう思う?」


歩「思う思う。あー、でも最近のそっちの家はわからないからわんちゃん…?」


美月「弟たちもいるし、まあ考えどころね。」


歩「そっか、同居ねー。」


美月「波流にも話してないし、私が勝手に思ってるだけよ。」


歩「まあね。距離感的になんかカレカノみたい。」


美月「歩が言えたことじゃないわよ。」


歩「それもそっか。」


何の話だかは全然わからなかったけど

何やら大事な話であることは

気づかざるを得なかった。

…って、盗み聞きをして

何を考えてるんだか。

さっさとこの場所から離れよう。


そう思って振り返った瞬間だった。


こころ「あれ、どっか行くの?」


茉莉「はぇっ。」


こころ「あはは、変な声ー。」


茉莉がお手洗いに行っている間に

通路の反対側のお店に

立ち寄っていたらしい。

後ろから声をかけられぎょっとして

変な声が咄嗟に上がる。

きっと2人にも聞かれただろう。


美月「あ、おかえり。」


こころ「ただいまー。見てみて、戦利品!」


歩「いいのあったんだ。」


こころ「うんっ!これまで持ってない系統だったからさ。着たら写真送るね。」


歩「いらないいらない。んで、お次は?」


こころ「あと1か所だけ!アクセサリー屋に行きたいんだよね。」


美月「私もちょうど見たいものがあったの。」


こころ「ほんと!よかった。お姉ちゃんと茉莉には申し訳ないけど…ごめん、もうちょっとだけ付き合って!」


茉莉「うん。いいよ。茉莉も楽しいし。」


歩「ん。」


こころ「ありがとうー!」


こころは心底楽しそうに

満面の笑みを浮かべた。

茉莉はともかくとして、

こころにとって雛さんやお姉さんは

腹の底を見せてもいい人なんだ。

だから今日のこころは

一層自然体に見えていた。


茉莉もその1人だよって

言ってもらえているのであれば

嬉しいけど。

…多分、そういうわけじゃ

ないんだろうな。

茉莉がそんな存在に

なれるわけがないのだから。

半ば諦めのような感情を抱きながら

今度はとあるアクセサリー屋を訪れた。


歩「…ここ……。」


茉莉「…?」


こころ「じゃあちょっと待ってて!」


美月「できるだけすぐ戻るわ。」


2人は店に吸い込まれるように

姿を消していった。

ここには椅子はないようで、

仕方なく店の外側の壁にもたれかかる。

駅内まで戻ってきた先にある店が故

野晒しではないことにはありがたいが、

人通りが多すぎて酔ってしまう。


気を逸らすためにも

無意識のうちに口が開いた。


茉莉「ここ、来たことがあるんですか?」


歩「え?」


茉莉「あ、え…いや、さっきなんか呟いてたから。」


歩「聞こえてたんだ。気まずかったでしょ。」


茉莉「いえ、そんなに。」


歩「そう。…まあ、あるよ。」


茉莉「見てこなくていいんですか?」


歩「ん。平気。」


こころのお姉さんはずっと

スマホをいじっているように見えた。

横で壁にもたれる彼女を

ちらと一瞥する。

すると、どうやらスマホの画面を

落として真っ暗な画面のままに

しているではないか。

その真っ暗な先に映る

自分を見ているようにも見えた。


歩「そういえばこころと同じ学校なんだっけ。」


茉莉「はい。」


歩「あいつ、どんな感じ?」


茉莉「あー…学年が違うから一概には言えないですけど、明るい感じがします。今日は一段とって感じ。」


歩「そっか。学校に行くのはまちまちって聞いてたから、ちょっと心配してて。」


茉莉「それは本当だと思いますよ。」


歩「ま、だろうね。自分で決められる歳なんだし、別に口出しはしないよ。」


茉莉「でも学校に来てる時はよく茉莉に話しかけてくれます。」


歩「こころが?」


茉莉「え、はい。」


歩「へえ、意外。」


茉莉「そうなんですか?」


歩「うん。じゃあ去年からはだいぶ変わったのかもね。」


茉莉「…?」


歩「気にするようなこと言ってごめん、ただの私の杞憂だよ。」


スマホの画面をつける。

そして待ち受け画面が

また暗くなるのをそっと見守る

彼女が佇んでいた。


そして静かに口を開く。


歩「…こころのこと、よろしく。」


口の強い彼女から出た言葉とは思えず、

咄嗟に返事をすることができなかった。

ややあってから

乾燥した口を開いて、

倣うように「はい」と呟いた。


歩「好きなことに真っ直ぐな人って、正直どんな頭をしてるのかわからない。わからないから返ってすごいなって思っちゃう。」


茉莉「…。なんかわかります。」


歩「ほんとに?適当言ってんじゃない?」


茉莉「信用ないなぁ。…茉莉には好きなことがなくって、夢中になれるものもないから。」


歩「そ。」


茉莉「あります?そういうの。」


歩「好きなことも得意なこともないよ。」


茉莉「…そう、ですか。」


歩「でも、目標と…守りたいものはあるかな。」


ふと彼女の方へと

振り返りたくなってしまった。

けれど、それをぐっと我慢する。

振り向いてしまったら

なんだかいけないような気がしたから。


ついさっきの雛さんと

こころのお姉さんの話が思い浮かぶ。

きっとあの話は互いに

大切な人の話…だったのだと思う。


1年も前からで。

回復という言葉を使うほどに

何か酷い状態にあったわけで。

守りたいものと聞いて浮かんだのは

人間関係なのかなと思ってしまった。

それからカレカノの発言。

…。


茉莉はややあってから

なんとなく乾いた笑いを上げた。


茉莉「くはは、惚気ですか?」


歩「は?なんでそうなるわけ?」


茉莉「いやぁ、なんとなく。」


いいな。

いいな、大切な人がいるの。

大切な人が近くにいるの。

…いいな。


ずるいとは思わないけれど、

ただただないものねだりをしてしまった。

いいなと思うばかり。

だからと言って無理矢理作れるような

ものではないことくらい

茉莉だってわかっている。

もうしばらくは、

もしかしたら今後一生、

この孤独感と付き合って

行かなきゃいけないのかもしれない。


…そうなったら茉莉は

耐えられるのだろうか。


歩「はぁ。」


茉莉「くふふ。」


歩「ま、多分見つかるよ。」


茉莉「…え、何がですか?」


歩「好きなこととか、守りたいものとかいろいろ。」


茉莉「…。」


歩「あー臭いこと言った。なしなし。」


茉莉「えー、なんでー。」


歩「すぐさま忘れろ。」


茉莉「嫌ですー。」


くはは、と笑い声を上げる。

こころのお姉さんはものすごく

嫌そうな顔をしていたけれど、

こころが意地悪をしている理由も

何となくわかるような気がした。


9月も終わりかける頃。

段々と秋が浸食して

茉莉はいつしか冬に

辿り着くのだろう。

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