第16話:楽しいお買い物

 雨が上がって数日後、行商人が宮殿を訪れた。

 なんでも西の方にある遠い国から珍しい品をたくさん持ってきたらしい。

 黒曜に連れられて広間に行くと、そこには香辛料に薬や食べ物、書物に装飾品や光り輝く布など様々な物が並べられていた。


「わぁ、面白そう! ねぇ、おじさん。これなぁに? 食べられる?」


 黒曜は大はしゃぎで気になる物を手にとっては行商人にあれこれ訊ねている。


「よぉ、理央と黒曜も来たのか。いやぁ、すごいよなぁ」


 私たちの姿を見つけて、飛翔が話しかけてきた。

 どうやら一足先に買い物を済ませていたらしく手に布製の袋を持っている。


「飛翔は何か買ったの?」


「あぁ、故郷の両親に送ってやろうと思って薬や小物をいくつか買ったよ。こんな時でもないと親孝行できねぇからな」


 彼は人懐っこい笑みで、買った物が入っている袋を掲げて見せた。


「それは素敵ね。……あら?」


 視界の端でさらりとなびく銀髪があった。翠蓮だ。その細い腕にたくさんの書物が抱えられている。


「翠蓮さまもお買い物ですか?」


「理央さま。えぇ、西方の国の文化や伝承に関する貴重な書物がありましたので、ぜひ読んでみたいと思いましてつい買いすぎてしまいました」


「へぇ、翠蓮さまは本がお好きなんですね」


 私は何気なくそう言ったのだけど、翠蓮は我が意を得たりとばかりに熱く語り始めた。


「えぇ、今回手に入った本は特に貴重でしてね! 中でも西方の奇祭と呪術を記録した本は非常に面白くてですね、特に山羊を生贄にして夜通し毒草を飲んで踊り狂ったり地面に不思議な図形を描いて儀式を用いて悪しき者を呼び寄せたりしたくだりなど本当に興味深い事例がたくさん載ってまして――」


「あー、翠蓮。その本、重そうだから俺が持つよ。部屋に運べばいいのか?」


 飛翔が翠蓮の話を遮るように腕から軽々と本を取り上げる。

 重そうに見える書物の山も彼が持つとなんだか軽そうに見えるから不思議だ。


「すみません、助かります……あぁそうでした。理央さまも何か欲しい物がありましたら仰ってください。費用はこちらで支払いますので」


「えっ、いいんですか?」


「その分も予算の範囲ですので問題ございません。黒曜さまにもそのようにお伝えくださいませ」


 そういうことならお言葉に甘えて少しだけ何か買おうかな。

 まだ話したそうにしていた翠蓮たちと別れて、さっきから店を熱心に見ている黒曜に声をかける。


「黒曜、何か欲しい物はあった?」


「うん、見てみて。これ、綺麗だと思わない?」


 そう言って彼が指し示したのは虫籠に入っている金属のような輝きを放つ緑色で縦長の虫だった。


「これを理央の髪に飾ると綺麗だと思うよ!」


 黒曜の発言に商人は目を丸くした。


「坊ちゃん、これは観賞用でございますよ」


「えっ、そうなの?」


 黒曜は不思議そうに籠の中を見ている。まだまだ彼は人間の文化について学ぶ必要がありそうだ。


「でも飾りたくなるくらい綺麗ね」


「そうだよね、綺麗だよね! でも髪に飾れないのかぁ……」


「ならばこれはどうだ?」


 残念そうに黒曜が呟いたそのとき、彼の後ろから差し出されたのは、緑色の宝石がちりばめられた見事な簪だった。


「青蘭さま!」


 お忍びのつもりなのだろうか、青蘭は最初に会った時のような地味な格好をしている。

 でもたぶん周囲は彼の正体についてわかっていそうだけど。


「ありがとう、青蘭。これとっても綺麗だね。僕、これを理央の髪に飾りたいな」


「えっ、私の髪に?」


「青蘭も理央に似合うと思うでしょ?」


「そうだな。理央はこのような物は好きか?」


「えっ、えぇまぁ……」


 でも高そうだし……と続けるが、彼らの中では買うことが決定したようだ。


「店主よ、これをひとつもらおう」


 青蘭が髪飾りを購入して髪につけてくれた。


「とても綺麗だね!」


「うむ、よく似合っているぞ」


「ありがとう、黒曜、青蘭さま。大切にします」


 その後もそのまま三人で商品を見て回って、干した果物を使った菓子や茶葉などを買った。

 たくさんおまけをしてもらえたので、後で皆におすそ分けしに行こうと思う。

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