第15話:温かい食卓
相変わらず贈り物や恋文は届いているみたいだけど、私の代わりに飛翔や翠蓮が受け取り拒否してくれているらしい。
そのおかげか、最初よりは数が減ってきたように思う。
「見て、また贈り物が来てるよ。理央は大人気だね~」
受け取り拒否された贈り物が別室に運ばれていく光景を見て、黒曜が得意げに笑う。
「でも残念でした~! 理央は僕と結婚するんだからね!」
「きゃっ!」
黒曜はふわふわと宙に浮いたかと思うと、くるりと一回転して私に抱きついた。
すかさず飛翔が力任せに引っぺがす。
「痛ったいなぁ! 飛翔の馬鹿力!」
「うるせぇ。理央に引っ付くなっつーの! 子どもが結婚なんてできるわけねぇだろうが」
「子どもじゃないもん!」
「ははははは! 悔しかったらもっと大人になってから言うんだな!」
飛翔が大きな声で笑って、黒曜はぷぅと頬を膨らませる。
どう見ても、まだまだ子どもだ。
そのやり取りを見ていた翠蓮が、眉間にしわを寄せて号令をだす。
「ちょっとあなたたち! 何のんびりしているんですか! 青蘭さまがお待ちですよ、急ぎましょう!」
「はーい!」
私と黒曜がこの宮殿で暮らすようになって、変わったことがひとつある。
夕食を青蘭たちと一緒に食べることだ。皇帝陛下である青蘭と同じ食卓なのは問題ないのだろうか、とは思ったけど青蘭の方も望んだらしい。
私と黒曜、そして青蘭、宰相と翠蓮、飛翔。
たまに仕事で全員揃わない時もあるが、だいたい一緒に夕食を食べている。
もともとは黒曜の希望で始まったのだが、私もこの賑やかな食卓をとても気に入っていた。
「先代さまが死んでからずっと独りぼっちだったから、誰かと食べる食事がこんなに美味しいって忘れてたよ」
卓に座って黒曜はしみじみそう言った。
「それは私も同じよ。元の世界では一人でおにぎりで済ませたりして、生命を維持させる為だけの味気ない食事をしていたから」
「理央は元の世界で独りだったのか? どんな生活をしてたんだ」
「えぇっと、あまり楽しい話じゃないかもだけど……」
飛翔に訊ねられたので、ぽつぽつとこの世界に来るまでの身の上話をした。
両親に疎まれて、逃げるように独り暮らしを始めたことや、職を転々としたことを話していく。
「――正直、こっちに来てからいろんなことがありすぎて、もうずいぶん前のことのような気すらしてるけどね」
はは……と力なく笑うと、向かいの席で食前酒を飲みながら話を聞いていた飛翔が涙ぐんでいた。
「うぅ……俺さぁ、こういう話に弱いんだよなぁ……そっかぁ。苦労したんだなぁ、理央ぉぉぉぉ」
「ちょっと飛翔、そんな泣くほどのことではないんだけども。もしかして酔ってる?」
そういえば、今日の彼は食前酒を何杯もお代わりしていた。
「いや、泣くだろそんなのぉ……よし、理央ぉ、今日から俺たちが理央の家族だ! 俺のことお父さんって呼んでいいぞ!」
「いや、お父さんって言うには若くないか?」
青蘭が冷静につぶやいたので、飛翔はそれを受けてさらに続ける。
「そうか、じゃあお兄ちゃんでもいいぞ。宰相はお父さんで黒曜と青蘭は弟だ。あとはお母さんが……」
全員の視線が翠蓮に集まる。
「誰がお母さんですか、失礼な!」
翠蓮は長い髪をかきあげて、こほんと咳をする。
「もう、飛翔は飲みすぎです! はい、お酒禁止!」
「わ~! お母さんが怒った~!」
黒曜がおどけた声で翠蓮をからかったので皆が大笑いする。
宰相が女官に命じて酒杯を片づけさせると、おいしそうな料理が次々と運ばれてきた。
「今日の
翠蓮の言葉に、青蘭はお粥を匙ですくって山菜を口に運んで微笑む。
「うむ、美味であるな。民もすっかり落ち着きを取り戻して、元の暮らしに戻りつつある。喜ばしいことだ」
「そういえばそろそろ雨を降らせていただきたく思うのですが、黒曜さま、いかがでしょう?」
「うん、大丈夫だよ」
「おいおい、そんな安請け合いして大丈夫か? 良い感じに雨を降らせるなんて難しそうだがちゃんと出来るか?」
飛翔が心配そうに黒曜を見る。
「理央が一緒だから大丈夫だよ。ねっ、理央。隣で見ててくれるでしょ?」
「えぇ、もちろんよ」
「じゃあ大丈夫!」
無邪気に笑う黒曜に、自然と周囲も笑顔になる。
こんなに温かい気持ちで食事ができる日が来るなんて思ってもみなかった。
翌日、無事に黒曜は勤めを果たして、しとしとと恵みの雨が大地を濡らした。
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