第13話:私を選んでくれるのなら

「黒龍の容体はどうだ? 医者が体に合わぬ食べ物を食してしまったせいだと言っていたが」


「はい、もう大丈夫みたいです。今は部屋で眠っています」


「それはよかった。後で私も見舞いに行くとしよう」


 そう言って青蘭は柔らかく微笑んだが、私の心中は穏やかではなかった。

 皇帝である彼が、私のせいで廃位されるかもしれないのだ。それを知った上でにこやかに談笑できるほど私の肝は図太くはない。

 掟のことについて本人はどう思っているのだろうか。


「あの、青蘭さま。質問してもよろしいでしょうか?」


「あぁ構わない」


「龍の巫女である私をこの世界に召喚することを、青蘭さまも承知されていたんですよね?」


「もちろんだ。もし龍の守護を得られる手段があるのならそれに越したことはない」


「そのことが自分の廃位に繋がるかもしれないと知っていて、私を呼んだのですか?」


 青蘭はまさか私がそんなことを訊ねると思っていなかったようで、その青い瞳には驚きの色が浮かんでいた。


「……翠蓮から聞いたのだな」


「はい。私が青蘭さま以外の人を結婚相手に選んだら、青蘭さまは皇帝で無くなると言われました。私を召喚しなければそんなややこしいことにならなかったのにどうしてそんなことを?」


「あぁ、そうだな。たしかに、ややこしいことにはなったかもしれない」


 私の言い方が身も蓋も無かったからだろうか。彼は一瞬、苦笑したがすぐに表情を改める。


「しかし、黒い龍による災厄は収まるどころか日に日に悪化していった。ならば龍の巫女を呼ぶべきであろう。私は皇帝である以上、何があっても民の安寧を守らねばならない。この国に平和がもたらされるのであれば、私の身などどうなっても構わないと思っている」


 青蘭は毅然とした声で答えた。そこに一切の迷いは感じられない。


「もちろん理央の心が誰に向くのかはわからぬし、強制されるべきではないと思っている。私は其方が誰を選ぼうとも最後の瞬間まで立派に皇帝であり続ける、ただそれだけだ」


「青蘭さま……」


「心配するな、これでも学問にも武術にも自信がある。皇帝で無くなったとしてもいくらでも道はあるさ」


 私の不安げな声を察したのか、青蘭は明るく笑って見せた。

 そんな簡単に割り切れるものではないだろうに、そう言ってくれることに彼の人柄の良さが感じられる。


「でも、もし理央が私を選んでくれるのなら――」


 そっと手が伸びて私の頬に触れる。上品な香の匂いがふわりと鼻をくすぐった。

 しかし、その手はすぐに私から離れた。


「いや、そんな簡単に決められることではないな。すまぬ、忘れてくれ」


 そのまま私に背を向け、彼は去って行った。

 私は自分の選択が国の命運だけでなく、他人の生き方すらも変えてしまうのだ。

 その重みを感じながら、私も庭園を後にした。


 自分の部屋に戻ると何やら騒がしいことに気付いた。

 女官たちが、次々に飾り立てられた箱や紙の束を私の部屋に運び込んでいるのだ。

 それに、知らない男性たちが集まって、私の方をちらちらと見ている。


「これはいったい……」


「全部、理央宛ての贈り物や恋文だ」


 振り返ると飛翔が鳳凰を模った槍を片手に立っていた。


「龍の巫女が本物だった……ってんで、理央とお近づきになりたい貴族や金持ち連中がこぞって贈り物や恋文を寄こしやがったんだ」


「えっ、なんで急に――」


 そう言いかけて、この国の掟が頭によぎる。


“龍の巫女と婚姻を結んだ者が皇帝になる”


 この贈り物や恋文を送ってきた人たちは、皇帝になりたくて私に近づいてこようとしているのだ。

 私の地位を利用する為だけにすり寄ってくる。私のことを何も知らないくせに。

 そう思うと、見ず知らずの人たちからの贈り物が急に欲にまみれた気持ち悪い物に感じられた。


「いらない……」


「理央?」


「贈り物も恋文も要らない。そんなの受け取りたくない」

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