第12話:意外な求婚

 翠蓮は意を決するように私に伝えた。


「これから理央さまにはこの国の中から、伴侶を選んでいただくことになります」


「えっ、伴侶って? どういうこと?」


「この国では、龍の巫女と婚姻を結んだ者が皇帝になるおきてなのです」


 婚姻……つまり、私の結婚相手が皇帝になるってこと?


「でも青蘭さまが皇帝陛下じゃないんですか?」


「えぇ、現時点では青蘭さまが皇帝として統治しております。しかし理央さまが他の人物を伴侶に選んだ時点で、青蘭さまは廃位されることになります」


「そんな無茶苦茶な……」


「そうやって我が国は発展してきた歴史があるのです。なのでたとえ現皇帝であっても掟に従っていただかなければなりません」


 そして彼は真剣な顔で私に述べた。


「たとえどんな身分の者であっても、巫女に選ばれた男ならば皇帝となります。つまり、この国の未来は理央さまにかかっているのです。どうか我が国の将来を見据えたご判断をお願いいたします」


 私は何と答えたらいいかわからず、頷くことしかできなかった。



 翌日、黒曜をお見舞いに行くと、彼は寝台に横になっていた。

 すっかり元気になったが、念の為まだ安静にしているようにと言われているらしい。


「もう大丈夫みたいでよかった」


「うん、でもじっとしてるのは退屈だよ。理央とお話しがしたいな」


「えぇっと……何を話せばいいのかな?」


「あのね、僕。聞いちゃったんだ。昨日の夜、翠蓮とお話ししてたでしょ?」


 静かだったからてっきり黒曜は眠っているのかと思ってたけど、実は起きていたらしい。


「理央と結婚する人が皇帝になるんだよね?」


「そうみたい。責任重大よね」


「もう誰にするかは決まってるの?」


「まさか。そんな簡単に決められないことだし」


「じゃあ僕で決まりだね」


 黒曜の声音はまるでそれが当然のことであるかのような口ぶりだった。


「えっ、黒曜と……?」


 彼は起き上がると、私の両手をとって自分の手で包み込んだ。子どもの手らしい柔らかい感触とぬくもりが伝わってくる。


「うん。だって僕は理央のことが大好きだから。理央が僕のお嫁さんになればずーっと一緒にいられるでしょ?」


 黒曜は子犬のように無垢な瞳で私を見上げる。あまりにも純粋な好意をぶつけられて、返す言葉が思いつかない。


「……嫌だった?」


 彼の瞳が不安げに揺れるのを見て、慌てて言葉を返す。


「そんなことない! 黒曜の気持ちはうれしいけど。でも急に結婚相手を選べって言われても正直わからないんだよね。それにこれは本当に大切なことだから、もっとよく考えないといけないし……」


「そっかぁ。いいよ、僕はいくらでも待てるし」


「ありがとう。――さぁ、横になって。お医者さまにも寝てるように言われてたでしょ」


「はぁい。じゃあ理央、お布団かけて~」


「はいはい」


 黒曜がおとなしく横になったので私は布団をかけ直す。

 その後は好きな食べ物や宮殿の庭に咲いている花の話など、思いつくままにとりとめもない話をした。しばらくすると彼がうとうとし始めたので退室することにする。


「……理央、起きたらまたお話ししてね」


「えぇ。おやすみなさい」


 黒曜の部屋を出て、自分の部屋に帰るつもりだったのだが、せっかく自分一人だけなので寄り道して宮殿の中を少し散策することにした。

 広間の窓から見えていた中庭が綺麗だったのでそこを目指して回廊を歩いていく。

 私の姿に気付いた人々が頭を下げて私を見送る。

 まだ慣れない感覚だけど、その内に慣れるのだろうか。


 庭園には牡丹ぼたんの花が咲いていた。

 絹のように美しい赤い花びらを大胆に咲かせていて、とても見ごたえがある。

 しかしゆっくり見る暇なんてなかった。そこには私より先に花を愛でていた貴人の姿があったからだ。


「青蘭さま……」


「理央……」


 お互い名前を呼び合ったまま、次の言葉が出ないでいる。

 その沈黙を破ったのは青蘭の方だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る