第9話:皇帝陛下の正体

 彼が扉を開けると、高価だが華美ではない品の良さの感じられる調度品に囲まれた部屋があった。

 奥には玉座ぎょくざがあり、護衛の兵士が並んでいる。

 皇帝から一番近い場所には宰相が控えていた。

 その玉座には――。


「青蘭さま……?」


 先ほど一緒に山に登っていたはずの青蘭が、龍紋の入った黄色い着物を着て玉座に座っている。

 頭には玉飾りの施された金色の冠があった。

 その下にある彼の鼻筋が通った気品のある顔立ちは、まさにこのためにあったのだと言わんばかりにしっくりきている。


「驚かせてすまない。この目で巫女と龍を確かめたいと思い、身分を隠して同行したのだ」


 一国の主なのにずいぶん無茶をしたものだ。

 山賊もあっという間に倒してしまうくらいには強いとはいえ、もし何かあったらどうするつもりだったのか。

 しかし、玉座の主はそれ以上語ることもなく、威厳のある声で私に告げた。


「龍の巫女、理央よ。やはり其方そなたは本物の巫女であったのだな……その活躍、しかと見届けた」


「ありがとうございます」


「民には、龍の巫女の力によって龍の守護が約束されたと伝えた。これで皆も安心するだろう。この国に平和が戻ったことをうれしく思う」


 ――気のせいだろうか。

 うれしく思うと言いながらも、その表情にはどこか翳りがあるように思えた。


「青蘭さま……?」


「理央よ、今宵はゆるりと休むがよい」


「はい、畏まりました」


 場の雰囲気にのまれ、何も聞けぬまま私は部屋を後にした。

 部屋までは翠蓮が付き添ってくれることになった。

 夜も更けてきて見張りの兵士以外は誰も居ない回廊を翠蓮と歩く。


「理央さま、驚かれましたか?」


「えぇ。まさか青蘭さまが皇帝陛下だったなんて……私、失礼なことしてないといいんだけど」


 そういえばお姫様抱っこされたことを思い出し、顔が熱くなる。

 とても恐れ多いことだよね、たぶん。


「身分を隠して山に同行されるのは陛下のご希望でしたので、どうかお気になさらず」


「そうですか。あの……これでよかったんですよね?」


 私がぽつりと言った言葉に、彼はぎくりとしたように見えた。


「何が仰りたいのです?」


「いえ。災厄を止めることができて平和が戻ったはずなのに、青蘭さまのお顔があまりうれしそうじゃなかったから少し気になって」


「そうですね。良いことばかりではありませんから……」


 私は続きを促すように翠蓮の顔を見つめる。

 彼は逡巡するような表情をしたが、きっぱりと告げた。


「大変申し訳ないのですが、理央さまは元の世界に戻れないと思ってください」


 ――あえて聞かなかったけど、やはりそうなのか。


 役目を終えたら元の世界に返してくれるなんて一言も言ってなかったからね。

 そもそも私が傍にいないと黒曜が力を制御できなくなる時点で、この国に引き止められるのは予想していた。

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