第8話:人懐っこい美少年

 山を降りる間、ずっと黒曜は喋りっぱなしだった。

 先代の龍が亡くなってから誰かと話すことが無かったから新鮮なのだろう。


「まさか、災厄の元凶がこんな奴だったとはな……」


 飛翔が呆れながら黒曜を見る。


「おい、黒曜。さっきはよくもふっ飛ばしてくれたな。痛かったぞ」


「ふーんだ、飛翔が先に槍を向けたんだからね!」


「てめぇが理央を食おうとしたからだろ!」


「僕、人間は食べないよ!」


「あんな馬鹿でけぇ姿見せられて信用できるか!」


「それじゃ訂正しておくよ。僕、理央は食べないよ」


「それ意外なら食うのか?」


「飛翔は不味そうだから絶対食べないけどね」


 飛翔と黒曜のやり取りに思わず笑いそうになってしまう。

 龍の姿で現れた時は緊張したけども、飛翔と軽口を交わしている姿は普通の少年にしか見えない。


「なぁ黒曜、おまえ龍の姿に戻れるのか?」


「いつでも戻れるよ」


「じゃあ、都に帰ったらいつか勝負しようぜ! どっちが強いかはっきりさせねぇとな!」


「いいよ!」


「よっしゃ、約束だからな!」


 二人はがっちりと握手を交わした。

 物騒な展開になるかもしれなかった二人が、意気投合したらしいことに安心する。

 ふと隣を見ると青蘭も同じ気持ちだったのか、穏やかに微笑んでいた。



 麓に戻ると、翠蓮が兵士たちを連れて待っているのが見えた。

 無事に山賊たちを刑部に引き渡して戻ってきたらしい。


「皆様、ご無事でなによりです。おや、その少年はどうしたんですか?」


「えっと、この子が黒い龍です」


 翠蓮に簡単に事情を説明する。詳しいことは後でゆっくり話せばいいだろう。


「なんと……そんな事情があったとは。わかりました、ならば共に連れて行かねばなりませんね」


 今度は黒曜も一緒に馬車に乗って宮殿に戻ることになった。


「僕、空から見てたからこの乗り物のこと知ってる! でも乗るのは初めてだよ! 馬にも乗ってみたいなぁ」


「黒曜さまは、人里に降りたことは無かったのですか?」


「うん。理央に会うまで力の制御ができなかったから、姿を変えるのもできなかったし。それに先代さまにこの山で巫女を待つように言われてたから」


「そうでしたか……理央さまに会えてよかったですね」


「うん!」


 元気に返事をする黒曜に、翠蓮は優しく目を細めた。


 馬車が宮殿に到着すると気が抜けたのか、どっと疲れを感じた。足も痛いし、ひとまずは休みたい。


 幸い、宰相への報告は翠蓮たちに任せて私は湯あみをさせてもらえることになった。

 黒曜が一緒に入りたいと駄々をこねたが、飛翔が引っ張って行ったので大丈夫だ。

 確かに見た目は愛らしい少年ではあるけども、一緒に入るのはさすがに抵抗があったので助かる。


「はぁ……疲れたぁ……」


 湯に浸かりながら、今日の出来事をぼんやりと考える。

 私は龍の巫女で、黒曜は私が居ないと力が制御できないと言っていた。

 彼の言葉が本当かはわからないけども、それがもし本当なら私はずっとこの世界に居ないといけないんじゃないだろうか?


 元々、仕事が忙しすぎて、道行く車が自分を轢いてくれたら会社に行かずに済むかも――なんて思う程度には心を病んでいた。

 だから正直なところ、会社に行かなくていい今の状況には満足している。


「もう、元の世界に戻れなくてもいいかもなぁ……」


 ぼそっとつぶやきながら、湯あみを終えた。


 女官に綺麗な着物を着せられて丁寧に飾り付けられると、見た目だけは旅の疲れなど無かったかのような姿になった。


 自室に戻ればいいのかと思ったけど、違うらしい。

 女官と一緒に回廊を進んでいく。

 扉を開けて、まだ入ったことのない場所に通される。


 扉の前には翠蓮が待っていた。


「中で皇帝陛下がお待ちです。こちらへどうぞ」

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