第5話:そういえば皇帝は?
さらに登っていくと道の雰囲気が急に変わった。山賊たちもこの辺には来ないらしく、誰も通った気配の無い荒れた道が続いていた。
兵士たちが剣で草を薙ぎ払ってくれるのでそこを通っていく。
しばらく歩くと広く平坦な場所に出たので、ここで休憩をとることにした。
「さて、先ほどの話だが……」
青蘭が真剣な表情で語ろうとした矢先に、飛翔が横から口を挟んだ。
「どうもこうもねぇよ。龍の巫女が本物かどうかなんてわかんねぇし、災厄を起こすような凶悪な龍相手に上手くいくかどうかわかんねぇだろ。その時は俺が龍を退治することになってんだ」
「宰相どのは“龍の巫女であれば龍と対話し鎮めることができるだろう”と言っていた。この国は本来は龍に守られているはずだ。だからもし殺さずに済むのならその方がいいと私は考えている」
青蘭の言葉に飛翔は噛みつきそうな勢いで容赦なく反論する。
「でも、あの龍は守るなんてもんじゃないぞ? 現に、日照りが続いたかと思ったら嵐が続いて畑や田もめちゃくちゃだし、魚を捕るにも船が出せなかった。やっと落ち着いたかと思ったら今度は地震が毎日起きやがる。あれは国を滅ぼす気だ」
飛翔の言葉を青蘭は否定しなかった。
本当に龍は災厄を起こしているのだろうか。
彼の言葉を裏打ちするかのように、また地面が揺れた。
気まずい雰囲気で休憩を終えた私たちは、荒廃した道をかき分けながら進んでいく。
道は荒れ果てているが、龍を模った石碑がところどころに置かれていて、正しい道を歩いていることがわかる。
突然、木の上から目の前にぼたりと何かが落ちてきて、ひっと息をのんだ。蛇だ。
その気配にすぐ前を歩いていた飛翔が振り向いて、槍で蛇をひっかけて藪の方へ放り投げる。
「大丈夫か?」
「えぇ。でもびっくりしたぁ……」
「この程度でびっくりされちゃ困るな。ここは熊が出るかもしれねぇし」
「熊ぁ⁉」
「あぁ。俺の故郷の山にも熊が出たからな。ここにだって居てもおかしくはねぇと思うぞ」
「あの、飛翔さま」
「さま、は要らねぇ。飛翔と呼べ。俺もあんたを理央って呼んでるしな」
青蘭が何か言いたげな表情で飛翔を見たが、彼はまったく気にしていない。
良くも悪くもざっくばらんなのだろう。
「……では飛翔。貴方の出身は別の地域なんですか?」
「俺は西の方にある辺境の村の生まれだ。まぁ身分を問わず能力のある者を取り立てるという今の皇帝の意向のおかげでここに居るんだけどさ」
――皇帝。
そういえばこの国に来て、宰相とは話をしたけど皇帝には一度も会っていないことに気付いた。
国にとって重要な儀式を行うはずなのに皇帝は一切興味が無いのだろうか。
あるいは、今回のことは一切知らされていないのかもしれない。
ふと、昨夜の宴席に空席がひとつあったのを思い出す。
でもたぶんあの席は、皇帝の為の席では無かった。
この国の席次はわからないけど、何となく自分が一番良い席に案内されていたように思う。
もしあの場に皇帝が居たら、きっと一番良い席に座るに違いないし。きっと元々来る予定は無かったのだろう。
「……理央、気分でも悪いのか?」
私が黙りこくったのを心配して青蘭が、水の入った竹筒を取り出そうとした。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。そういえば、皇帝陛下はどんな方なのでしょう?」
「えっ……あっ」
私の質問に気を取られたのか、青蘭が手を滑らせて竹筒を落としそうになる。
その様子を見て飛翔が笑いながら答えた。
「そうだなぁ。まぁこの儀式が終わって帰ったら、お目にかかれるんじゃねぇかな。褒美がもらえるかどうかはわかんねぇけども、さすがに労いのお言葉はいただけるだろうよ、なぁ青蘭」
「あぁ、そうだな。まずは無事に儀式を終わらせねば」
二人とも、結局どんな人なのかは教えてくれなかった。あくまで自分の目で確かめろということらしい。
私たちは再び頂上を目指して歩き始めた。
二時間程度登っただろうか。急に木々が少なくなって開けた場所に出た。目の前にはところどころ朽ちた石の長い階段がある。
いつの間にかずいぶん高いところまで登ってきたらしく遠くに街と海が見えた。
標高が高い上に空がどんよりと曇っているのもあって、やや肌寒く感じる。
「この階段の先に、龍の祠があるらしい。しかし、かなり足場が悪そうだな」
「そうですね……」
青蘭が私の足元に視線を送る。
既に足は慣れない靴と山道で痛みを感じていた。ここまで来られただけでもかなり頑張った気がする。
「――理央、失礼するぞ」
「えっ、ひゃぁっ!」
青蘭は私をひょいっと横抱きにして抱え上げた。
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