かつて、歌で復活を遂げた者達の「今」。

 都心から少し離れ、辿り着いたのはとある埼玉県内の住宅街。

 入り組んだ道の一端。ベリアが知る最後の元悪女の1人、佐藤まりなの現在の様子を伺うため、その人が住む家の前へと歩いていったのだが…


「そんな」


 ベリアの目の前に広がる光景は、売土地の看板が刺さった、まっさらな砂利の地。

 確か、ここにはまだそんなに築年数の経っていない、一軒家が立っていたはず… なのだが、ベリアが来た頃にはキレイさっぱり解体され、人が住んでいた形跡すらなくなっていたのである。ベリアは呆然と立ち尽くした。


「こんにちはー」


 この住宅街に住んでいるであろう、30代ほどの男女が通りすがり、ベリアに挨拶をした。

 夫婦だろうか、ここはベリアも咄嗟に、

「こんにちは」

 と挨拶を返す。引き続き、更地となったそれを眺めた。


「…あの?」


 すると、その通りすがった男女のうち、女性がベリアへと声をかけたのだ。

 少女が1人でずっと更地を眺めているものだから、不思議に思ったのだろう。女性が疑問符を浮かべた表情でこう訊いてきた。


「その空き地に、何かご用でも?」

「もしかして、今度そこを買って、家を建てる予定とか?」

 と、男性までもが質問する。ベリアは首を横に振り、珍しく丁寧な口調で答えた。


「いいえ。ここの一軒家に住んでいた人に、会いにきたのですが」

「あっ…」


 と、女性が気まずそうに口を紡いだ。

 すると、続けて男性が怪訝な表情で、こんな質問をしてきたのだ。


「えっと、失礼だけど、もしかしてそこに住んでいた人とお知り合い?」


 その反応―― ベリアは嫌な予感がした。だが、否定しても仕方がない。


「はい。ここの娘さんと、中学の部活の合同合宿で出会ってから定期的に連絡を取っていたのですが、急に音信不通になっちゃって。あの、何かご存じですか?」


 フェイクだけど、一応そういう事にして訊いてみた。すると、男女は互いを見合わせながら困った表情を浮かべたのだ。

 そして女性がベリアへ目を向けると、売土地になった経緯を話してくれたのである。


「悪い事はいいません。その家族の事はもう、忘れた方がいいですよ」

「え? なぜ!?」

「そっか、知らないのかな。ここの主人が殺j… えーと、凄く悪い事をして警察に捕まったんだけど、一向に罪を認めないものだから皆、この家を避けるようになってね」

「うんうん。しまいには一家で心中したとか、その後に親戚がやくばらいのために家を取り壊そう! とかなんか叫んでたって噂があって。気が付いたらもう、解体されてこの姿に」

「…」


 父親が、捕まった事は知っている。実は冤罪なのも、案内人時代に調べがついている。

 でも、敢えて知らないフリをしてここへ来たのだ。


 なのに、ベリアがこうして近況を見に行っても、なんとその冤罪が未だに晴れていなかったのである。だが、ベリアはどうしても納得がいかなかった。なぜなら、


 ――みんなが私を助けに来たあの日、まりなは元気そうにしていた。なのに、そんな彼女がまた・・自害するなんて考えられない! きっと誰かが垂れ流したデタラメだ。


「まぁ、そういう事なんで… 行こうか」

「うん。それじゃ」


 そういって、男女は今度こそベリアに会釈し、この場を去っていった。


 ベリアが陰で拳を震わせていた事には、気づいていないが。




 …。




『東京世田谷区のアパートで、交際相手だった遠藤綾さん(当時29)を数時間殴り続け殺害し、逃亡の末に逮捕・起訴された神崎隆二被告(31)の初公判がきょう、地方裁判所で開かれました。検察側は、精神面を考慮しても被告に酌量の余地はなく、計画性をもった残忍かつ身勝手な行為だとして――』


 あのあとベリアは東京へ戻り、その辺の屋台で購入したフランクフルトを食べながら、高層ビルの壁面に設置されている巨大ビジョンを眺めていた。

 最後の1人・佐藤まりなの件は、住宅街で出会ったあの男女からの忠告以来、ほぼ諦めがついている。あれから幾つか彼女の所在について調べたが、全く情報が掴めなかったのだ。


 ――神崎隆二、ねぇ。クリシーヌの前世・遠藤綾を殺した元カレ。あいつにはクリシーヌからの願いで必ず無期懲役になるよう施してやったから、これから一生涯かけて利権によるきつい実験や手術を繰り返し受け、苦しみながら獄中死する未来が待っているだろう。皆の税金の肥やしになんてさせないからね。


 なんて、ビジョンで放送されているニュースを見ながら落胆するベリア。

 そのニュースを見終わったら、もう元・悪女たちの「今」を伺うのは終わりにして、自分のやるべき事をやろう。そう決心したのだが――


『続いてエンタメ情報です。アメリカを拠点に活動する世界的歌姫、シュガー・メアリーの来日が決定しました。期間は来年2月より、全国のドームを中心にツアーが行われます』



 ニュースキャスターの口調が、先のシリアスな物腰から、明るい空気へと様変わりした。

 そしてビジョンの表示が切り替わると、その歌姫メアリーの姿が映し出された瞬間、ベリアの目が点になったのである。


「まりな!?」


 そう。

 そのビジョンに映る歌姫こそが、先程までベリアがずっと探し求めていた「佐藤まりな」本人だったのだ。


 ビジョンから聞こえる歌声や、顔立ちはもとい、ベリアを助けにきた「あの日」と同じ格好だから間違いない。

 彼女は自害などせず、いつしか拠点をアメリカに移し、そして歌姫として大成功を収めていたのである。やはり、あの住宅街での噂はデタラメだった。


『力強い歌声と、メッセージ性のある歌詞で人々を魅了するメアリーさん。そんな彼女のお気に入りは「日本の娯楽小説を読むこと」で、最近では西島智子さん原作のアニメ「聖火騎士は、ダウナー系堕天使から授かった予知能力で無双する!」にはまっているのだそう』


 ――はっ…! ピティエに憑依していた、あの西島智子の小説! あの感じ、異世界転移で相手の素性を知っているからこその推奨。やっぱり、まりな・・・なんだ。


 ベリアは涙が出そうになった。

 父親の件が唯一の心残りとはいえ、まりな… いや、今のメアリーの立ち振る舞いはまさにセレブリティの余裕さながら。「リアル転生」といっては過剰な表現かもしれないが、ベリアは安堵したものである。

 さらに、


『エンタメコーナーの途中ですが、ここで速報が入りました! 私人逮捕で有名な動画クリエイター「ペンタゴンにのまえ」こと古谷太郎容疑者が、殺人と虚偽告訴等の容疑で逮捕されました。越谷駅構内で刃物を刺され死亡した女子高生、勅使河原てしがわらるるさん殺害の真犯人として証拠が集まったものとみられ、当時殺人の容疑をかけられた佐藤修一被告の控訴内容である「冤罪」の可能性が今後、高まるとされています。

 繰り返します。私人逮捕で有名な動画クリエイター――』



 何かの聞き間違いかと思った。

 ベリアは、突如ニュース速報に切り替わったビジョンから流された人名のうち、2人知っている。気が付けば、フランクフルトを食べ切るのもすっかり忘れていた。


 ――佐藤修一… まりなの父親の名前と一緒だ。しかも殺されたのは、勅使河原という珍しい苗字の子。案内人時代に得た情報と、一致している。やっと真犯人が捕まったのか!




 なんというタイミングだろう。

 こんな、立て続けにベリアが知りたかった情報が次々と入ってくるものなのだろうか? まさに「事実は小説より奇なり」、ベリアの胸がギュッと締め付けられる瞬間であった。


 ――きっと、メアリーとしての彼女はこのニュースに反応しないだろう。出るとしたら、父親の無実が証明された瞬間に「実名」のまりなとして、だろうな。

 これで、彼女の一家が少しでも報われる事を祈ろう。


「本当に… 本当に、良かった」


 ベリアは自身の胸を両手で押さえ、精神を落ち着かせる。


 元・悪女たち7人、こうして全員のハッピーエンドを見届ける事ができた。これで、もう思い残す事は何もない。

 ベリアは安堵のため息をつき、ビジョンから背を向けた。




 案内人時代に関わった案件が終了してもなお、邪悪な心の蔓延は続いている。


 その蔓延を徴収すべく悪を制裁し、世界を平和にするため、ベリアは旅を続行した。

 人目がつかない場所へ一人、足元から黒い炎のモヤを螺旋状に発現し、この現代社会からフェードアウトしたのであった――。


(後日談 完)

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悪女を導き案内人、ざまぁ無双と参りましょう! Haika(ハイカ) @Haika

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