かつて、名誉を奪われかけた者達の「今」。

「今、ピティエ・シャルロッテ・レザンの新・騎士団長就任を、ここに証明す! 皆のもの、新体制となった騎士団に期待しよう」


 国王が告げたその瞬間、城下町一帯が大きな歓声に包まれた。


 老若男女問わず、城の一頂から顔を出す一人の女性と、その横に並ぶように別の城の頂上に立つ屈強な男達に、拍手喝采を送る。

 そんな歓迎ムードの最中、ベリアは飲食店の手洗い場からワープしてきた。


「おー。盛り上がってるじゃん」


 ベリアもここは観衆に紛れて、城の上に立つ新騎士団長の就任式を眺めた。

 自分がかつて、現代の極道令嬢を「憑依」という形で転移させた先、ピティエがいるからだ。その彼女が、晴れて騎士団長に就任したのである。


 今のピティエに、その極道令嬢の魂は宿っていない。

 その魂は「願い」の力で、自身がアルコール中毒で死ぬ前の時系列に逆行転生しているので、今のピティエは本来の心優しい性格のはずである。


 なんてベリアが肩をすくめる視線の先、城の一角より、とある男の姿に目が止まった。

 その男は騎士団の格好で、参賀しているこの国の王妃と王子から、こんなお褒めを頂いていたのだ。


「騎士団の就任おめでとう。これからは、村の偵察をよろしく頼みますよ」


「はい! ありがたき幸せ…! まさかこの私が、自身の生まれ育った村の偵察を任されるとは夢にも思っておりませんでした! 是非このご恩を胸に、国と騎士団への忠誠を誓います!!」


 と、男が涙声でいう。

 王妃と王子は、穏やかな笑みでコクリと頷いた。


 その男こそ、そう村でピティエ暗殺計画の阻止に貢献したあの元・刺客だ。

 彼はあれから、当時は聖火騎士として村の偵察を行っていたピティエを救った功績を讃えられ、騎士団にスカウトされたのである。


 彼はこの願ってもいない就任に、大いに喜んでいる事だろう。

 最初は娘を守るため、危うく自分が人殺しになるところだったのを、ピティエの未来予知によって回避され、更に出世までするというシンデレラストーリー。

 そんな、ピティエとほぼ同時に救われた人々の未来を見て、ベリアは安堵したものである。


「へぇ、良かったじゃん。騎士の仕事なら、娘さんとの生活も安泰だね」


 なんて独り言は、ピティエと男の耳には入ってこない。

 衆目の声にかき消されているのも相まって、ベリアは遠くから眺めているので、まさかこのハッピーエンドの展開へと導いた張本人がいるとは誰も気づいていないのである。


 こうして城からピティエが降りてくると、城下町は一気に凱旋がいせんムードへと包まれた。




 空には紙吹雪や紙風船が飛び交い、子供たちが手に持った小さな国旗をヒラヒラさせながら、大通りをキャッキャと走り回る。

 中には魔法だろう、鳥や蝶をかたどった巨大な七色の概念が、金粉のように美しい残滓ざんしを散らしながら上空を浮遊している姿も見えた。


 ベリアはそんな賑やかな光景を背に、決心した表情を浮かべた。


「…いくか。現代へ」


 最初にワープした、飲食店の手洗い場へ向かうと、そこで身を隠すようにドアを閉める。

 自分がここからフェードアウトした後、次の利用者が使えなくなるとまずいので、鍵はかけずにふぅと息を鳴らした。


「それ」


 誰も見ていない手洗い場の中、かけ声のあとに言語で表せないような呪文を、小声で唱える。


 すると足元から、黒い炎のモヤを螺旋状に発現した。

 それはベリアを包み込むように浮上し、やがてベリアの着用している衣服も、異世界の雰囲気に合わせたディアンドル風から、光を纏う形で変貌を遂げていった──。




「これでよし、と」


 こうして辿り着いたワープ先は、最先端のテクノロジーが搭載されたウォシュレットが特徴的な、とある公共トイレの中。


 ベリアの衣服も、普段の彼女が好んで着用しているパーカーにホットパンツ姿へと戻り、炎の発現を終えたのであった。

 ベリアは慣れた表情でトイレから出て行った。


 陽の光を浴びて出た先は、東京・渋谷のスクランブル交差点前。

 そこに、ベリアお目当ての人物がいると見込んだからだ。辺りを見渡していると…


「いた」


 ファストフード店が並ぶ道の一角で待ち合わせしている若い男女のもとへ、1人駆け足で向かう女性を発見した。西島智子だ。

 ベリアが直近で移動していた異世界の、ピティエにかつて憑依していた“中の人”。その極道令嬢が、若い男女がいる所へと手を振っていた。

「おーい! ゆうせいー、かなー!」

 それぞれ名前を呼ばれたその男女も、智子へと軽く手を振り、交差点前で合流する。


 今の智子は、あの時よりも表情が生き生きとしている。

 服装や髪型も、前までの生気がない冷酷な目つきのそれとは、大きく変わった。

 元気な印象のある外跳ねのロブヘアに、暖色を取り入れたカジュアルな身だしなみだ。ピティエに感化されたのだろう、今の彼女は誰が見ても「強く優しい女性」の姿であった。


「あれからちゃんと近くの大学に通い続け、友人達とも仲良くやっているみたいだね。あの様子だと、きっと父親とも…」


 なんて、ベリアは小さく独り言を呟き、顎をしゃくる。

 異世界のピティエだけでなく、現実世界の智子も人生良い方向に向かっているようなら、あとは“最後の1人”を確認するべくさっさとこの場を移動しよう。


 そう思った矢先だった。


「ともこ、時間かかったね。打ち合わせ伸びたの?」

「それがさー。出版社の編集さんから、ピティエの過去編を1万字くらいで納品してほしいって頼まれちゃったんだよ。最初は『1週間で間に合わせて』とかもう無理ありすぎて! こちとら学生だよ? だから、そこ説得するのに時間かかっちゃってー」


「…ん!?」

 ベリアは、今の智子の大きな話し声に多大なるデジャブを覚え、その足を止めた。

 今、智子の口から「ピティエ」の名前が出てこなかったか? しかも、出版社がどうこう。


 するとその話を聞いていたもう1人の友人が、肩をすくめた。


「なるほどなー。でもまさか、あれから智子の書いたラノベがあそこまでヒットするとは思わなかったよ。今じゃアニメ化までされて有名だもんなー。たしか、タイトルは『聖火騎士は、ダウナー系堕天使から授かった予知能力で無双する!』だっけ?」


「えぇぇー!? だ、堕天s… ゲホッ! ゲホッ」


 ベリアは驚きのあまり、ついその場で大声をあげてしまった。

 まさかの、智子は自らが体験した異世界憑依をネタに、娯楽小説を出版していたのだ。しかもそれはピティエだけでなく、ベリアがモデルのキャラクターまで登場しているらしい。


 これには、近くを通りすがった人数人がベリアへと疑問の目を向け、一部は足を止める者まで現れた。

 その瞬間、ベリアは「しまった!」といい、急いでその場から走って逃げたのであった。




「…ん?」

 遠くにいた智子が、今の騒ぎへと目を向けるも、ベリアは当に走り去っている。


「どうしたのともこー?」

「なんか、どこかで聞いた事のある声が響いてきたような… 気のせいかも」


 そういって、肩をすくめた智子を筆頭に、仲良し3人組は近くのファストフード店へと入っていった。


(つづく)

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