最終章 魔王を制し、女神を救う。ベリアの最後の戦い!

ベリア、遂に魔王との“最終決戦”に挑む。

 魔王が統治する地獄は、ヘドロの様に血生臭く、薄暗い。

 遠景では無数の死者が、まるでホコリの様に空から無数に降り注ぎ、また別の遠方からは数多の悲鳴が鳴り響いた。空は、不気味な赤紫色を映し出す。


『うぅ… うぅ…』


 数ある小さな悲鳴の中に、女性のすすり泣く声だけが、鮮明に響いた。

 それはまるで、この地獄を、ただ見ている事しか出来ない絶望に苛まれているかのよう。


 玉座は、この地獄世界の“中心”にある。


 中心から、幾ばくか離れた地点で、炎の渦が吹き上がる。


 渦はやがて砕け散るように縮小し、中から1人の少女が静かに降り立った。

 天界の案内人、ベリアその人であった。


「行こう」


 外跳ねの茶色い長髪に、ピンクと水色のグラデーションがかかった瞳、そしてカジュアルなパーカー姿の出で立ちで地獄へとやってきたベリア。

 一見、ただの10代半ばの現代っ子のような風貌。

 だけど、その周囲を浮遊する炎のオーラと、瞳に宿る闘志は、ただ者ではなかった。




 玉座に君臨するは、竜の翼を持った鬼の巨人。

 魔王ルシフェル――。彼の下には、無数の翼竜や人型の悪魔が立ちはだかった。

 人間よりも遥かに大きい魔王を前に、とても少女1人が戦えるとは思えない光景だ。


「魔王、ルシフェル。もう、あなたの好き勝手にはさせない」


 ベリアはそういい、玉座の前へ立ち止まった。

 魔王の手下たちが、一斉にベリアへと矛先を向け、警戒する。その瞬間、地面から僅かな地響きが起こった。


『ほう… 次期魔王の風情にも置けぬ無能が、何を呑気なことを』


 ルシフェルの唸るように重い声が、“聴くもの”の脳裏をよぎり、精神を破壊していくかのよう。

 それでもベリアは動じなかった。この地獄へ来るまでに、準備をしてきたのだ。


「あなたは自分で、自分の首を絞めている。その事に、まだ気づいていないようだね。残念だけど、あなたの男女差別がもたらしてきた茶番は、もう終わり。


 目には目を。邪悪な力には、邪悪な力を。

 さぁ、天界の統治者である女神リリスを―― 『母』を、返してもらおう!」


 そう、片腕で握りしめた拳を締めると、そこから地鳴りと共に炎の渦が形づくられた。


 刹那。ベリアを中心に、巨大な爆発と衝撃波が放たれた。

 最前線で身構えていた手下たちがみな、一瞬にして吹き飛び、超高温の熱風に晒され蒸発したのである。


『――!!』


 魔王ルシフェルも先の衝撃波を受け、僅かに怯む。

 だが、この程度では倒れなかった。下にいるものが、空へ見上げても足りないほどの巨体である。ルシフェルの視線の先に、少女の姿はなかった。


 少女ベリアは、自らが生み出した衝撃波の残滓とともに、再び姿を現した。


 そこにいるのはルシフェルのように、背中から天使と悪魔、2種類の大きな翼を広げ、全身の半分が竜の鱗で覆われた、屈強で妖艶な「堕天使」の姿。

 黒の破れたベールと、禍々しい鎧を身に纏った、大人びた体型の女性が浮遊している。

 遂に、ベリアが真の姿を現したのだ。


小癪こしゃくな… 世の憎悪と怨念を溜め、この我に挑もうとは…!』


 ルシフェルが、地獄の唸り声とともに荒ぶる姿勢を上げた。


 地獄世界が、大きく揺れる。

 随所で火山噴火が起こり、地上にいる死者の一部が地震に足をとられ、吹き上げてきたマグマの海に焼き消されていった。


 ベリアの周囲は、更に大規模な炎の渦と、白く発光した火の玉が無数生み出される。

 今日まで、天界で転生や転移を果たした女性達が目にしてきた、魔法の源ととれる火の玉と同一のものであった。ベリアは告げる。


「今日まで、多くの黒幕たちが生み出してきた、エゴの塊… 罪の権化ごんげ… 悪しき欲に塗れたこの力を、あなたを倒すために、ひたすらかき集めてきた… もう、これ以上、下界をエゴで満たすわけにはいかない! 魔王・ルシフェルの時代を、ここで終わらせる!!」


 ベリアは突進した。

 戦闘態勢に入ったルシフェルを討伐するために、赤黒く燃える炎の槍や大剣を無数に発現し、全て1つの方向へと刃先を向ける。


 しかし、衝撃波から生き残った魔王の手下たちも、ただ黙って見ているわけではない。

 彼らは体制を持ち直し、次々とベリアへ襲い掛かってきた。

 翼のある者は武器を持って飛び立ち、地上にいる者はみな、ベリアへ向けて漆黒のダガーやグングニルを投擲する。


 だが、それらはベリアには当たらない。

 彼女の手で生成された炎のシールドが、次々とそれらを弾いていったのであった。

 今のベリアは、少女だった姿からは想像もつかないほど、強大な力を持っているのだ。



『ベリア… 気をつけて…』



 ふと聞こえる、最初に響いてきた、女性の声だ。

 恐怖で震えながらも、ベリアを大切に想っている事が、声からして分かる。

 ベリアの脳裏をよぎったその声は、ルシフェルの手で幽閉されている、女神リリスであった。本来の「天界の統治者」にして、ベリアの母。



 ――大丈夫。だから、あともう少しの辛抱だよ。まっててね、お母さん!



 女神をめぐる、天界の案内人と、地獄の魔王の戦いが幕を開けた。


 ベリアの意思は堅い。

 今日までずっと、たった1人で、数多の世界線に蔓延はびこる邪悪な心を集め続けてきたのだ。その力を、漸くこの日のために解放する時がきた。




 ベリアは戦いながら、ふと、思い出す。


 今は1人だけど、その昔、自分が生まれる前には2人の兄がいた。

 だが、その兄2人はともに戦死し、異世界の天使として伝説上で語られる事になった。

 名前は、ミカとガウル、といったか。


「下界を創造した神が、なぜ我の子を死なせる!? そもそも、貴様がけがれた体でなければ、こんな事にはならなかったのだ!」


 ルシフェルの、声――。

 ベリアが物心つく頃から、何度か耳にした言葉だ。母リリスを、侮辱する言葉。


 ルシフェルは、将来が有望視された子供が2人も死んだ事に、酷く心を痛めていたのだろう。だがそれは、産みの母であるリリスも同じ。

 なぜ、リリス1人だけのせいになるのか、ベリアには到底理解できなかった。


 ルシフェルは、信じられないほどの女性差別主義者であり、利己主義者だ。

 地獄の魔王たる所以か、その根本は、今も変わらない。

 そしてそのせいで、下界の男性達にまで、その性悪性が伝播でんぱしているのであった。


 ルシフェルが荒れれば、人々の犯罪係数やエゴは増大する。その逆も然り。

 だからこそ、リリスを地獄から解放するために、ベリアは独自の鍛錬を積んだのだ。

 兄たちが果たせなかった、魔王の跡取りになるための気迫と、戦闘力の増強に励んだ。


 兄2人に負けないほど、自分が強大な存在になれれば―― きっと、母は救われる。

 ルシフェルも夫として、父として、考えを改めてくれるだろう。そう信じていたのだ。


(つづく)

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