ピティエ、家族の在り方について自らを省みる。

 村の男と、その娘が、玄関の光景を見て驚愕した。


「あ、あいつはあの日、俺んちに突然入ってきた…!」

「ねぇ! あれ、お母さんのネックレス!」

「な…! ホントだ! なぜあの男の手に、妻の形見が握られている!? まさか夕べ、俺達の家に盗みでも入ったのか!?」


 オルセーも両親も、そして玄関前にいる武装した者達もピティエに襲ってこれない中、彼女が連れてきた親子からは衝撃の事実が語られる。

 ピティエはこの手の展開も、概ね予想していた。


「だろうと思った。娘さんを留守番させなくて正解だったね… さて、そこのお二人さん」


 そういって、次に視線を向けた先は、檻に囚われている自分の両親。

 室内はもう、檻から舞い出る残滓ざんさいにまみれ、蒸し暑いサウナ状態だ。これが木造なら今頃、全焼している事だろう。


「今すぐ、土下座をして謝れ」

「「!?」」

 それが、ピティエが両親に放った要求であった。

 彼女には1つ、確かめたい事があった。


「『あなたのような、女を産んでしまってごめんなさい』と。『早いうちに、殺しておくべきでした』と。それをするか否かで、先の事は考えてやる。

 このピティエ・シャルロッテ・レザンが、まだ心が傷つかない今のうち・・・・・・・・・・・に。さぁ」

「ちょ、ちょっと! 騎士様、それはいくら何でも自分を卑下しすぎでは…!?」

「あんたはちょっと黙って」

 と、止めに入ろうとした男を一蹴するピティエ。

 すると、


「あ、謝るわよ…!? あなた!」

「あぁ! も、申し訳ありませんでしたー!」


 両親が涙目で、檻の向こうにいるピティエへと土下座したのだ。そして、

「あなたのような、女を産んでしまってごめんなさいー!」

「早いうちに、殺しておくべきでしたー! …はい! ちゃんと謝ったぞ!? これで俺達を解放してくれるよな? な!?」


 室内に、数秒間の沈黙が生まれる。


 すると、ここでピティエが連れてきた男と娘が、拳を震わせながら両親の前へと出た。


「ふ… ふざけんなお前ら! それが親のやることか!!」

「「!?」」

「そうよ! 最低よあなたたち! こんな素晴らしい騎士様に、冗談でも『殺しておくべきだった』と言うなんて信じられない! こんな人たちのせいで、お父さんが悪者にされて…! グスッ あんまりよ!」

「あぁ… ズッ 娘を守るために、道を誤ろうとした… 本当に、申し訳ない事をしたと思っている…! だけど、まさかお前らが、そこまで酷い奴だとは思わなかったぞ! 一体、どこまで人をバカにすれば気が済むんだ!!」


 と、親子はその場で泣きじゃくった。積もりに積もったものが爆発したのだ。

 だけど、これもピティエの想定内。両親は恐怖で肩をすぼめていた。


「もういいよ。2人とも」

「え?」

「私、やっぱこいつら殺すのやーめた。形だけ謝り、早く逃げようとしか考えてないもの。彼らに一番良いのは、死にたくても死ねない『生き地獄』を、長く味わせること」

「!?」

失って初めて・・・・・・大切なものに気づく・・・・・・・・・って、こんなにも愚かなのね… 願い事、決まったわ」


 ピティエの左目から、一筋の涙が流れ落ちた。

 自然と、様々な記憶が呼び覚まされ、心を動かされたのだ。

 こうして彼女が両親から背を向けると、両親は狼狽えながら、手を伸ばす仕草を見せた。


「まて! 俺達を、解放するんじゃないのか!?」

「そうよ! 謝ったでしょう!? 早くここから出してよ!」

「…私、『解放する』なんて一言もいってないけど?」

「ぐぬぬ…! この悪魔が!!」


 その瞬間、父親の首元に、剣先の割れた刃物が突きつけられた。


 檻の向こうから突きつけているのは、ピティエが連れてきた男。父親は絶句した。

 彼の娘も涙を流しながら、両親と、今やすっかり放心状態となっているオルセーに恨みの目を向けている。だが、実際に手を出すまでの事はしなかった。


 警察が到着したのは、その直後の事であった。




 家まで押しかけてきた武装集団は、すぐに身柄を拘束された。

 ピティエが彼らを逃がさないよう檻で閉じ込めたからであり、警察の調べで、親子宅への空き巣被害との因果関係を見出したのだ。

 勿論、盗まれた物は親子の元へ返却され、男が罪に問われる事はなかった。


 ピティエの両親と弟のオルセーは、娘の手に渡った手紙の存在と2人の証人によって、炎の檻をフェードアウトされてすぐに逮捕された。

 罪状は恐喝、窃盗、殺人教唆。

 他にも余罪があるとして、暫く尋問は続く事だろう。こうして、ピティエ暗殺計画は無事に阻止されたのである。


「ドラゴンを倒し、村を救った聖火騎士が、称号略奪のため実の家族から殺されかけた」


 という衝撃のニュースは、あっという間に村にも伝わった。

 帰還後の村では、村人全員から涙の同情と慰めを受ける。所属先の騎士団からも、追放どころか、まさかの感謝状を授与されたのだ。

 ピティエにとっては、色々と考えさせられる光景であった。


 ――この体の主は、皆から愛されているんだね。

 と。




「親の心子知らず、という言葉がある様に。子の心親知らず、という言葉もまた存在する。家族なんて、そんなもんだよ」


 突然、視界に広がるは、床も壁も天井もない真っ白な世界。


 ピティエが最初、何処かの撮影スタジオだと思い込んだ天界だ。

 目の前に立っているのは、自分を異世界へと送り出した案内人。ベリアであった。


「というわけで、ざまぁ展開おめでとう。どう? あの家族を見て、元いた世界の自分がどれだけ恵まれていたか、少しは気づけたんじゃない?」


「…」

 ピティエの表情が固く、気まずい。図星だからだ。


 すると、ベリアが片手の平から火の玉を発現し、それをピティエに見せた。

 それが例の「願いを叶えるもの」らしい。ベリアはこう告げた。


「約束通り、あなたの願いをこの場で叶えよう。さぁ、願いを言ってごらん?」


「願い… なら、私を… 西島智子としての私を、死ぬ前の時系列に戻してくれるかな? お父さん達に、みんなに謝りたくて」


 それが、ピティエの願いであった。

 ベリアは特に驚く様子を見せず、こう確認する。


「ふむ… いいけど、そうなると今もっているその予知能力は使えなくなるよ? 炎魔法だって、元はその体の主のものだし。

 それに、時間を戻せるならテキーラショットを飲む直前だね。それでもいいかな?」


 ベリアは返事を待った。

 するとピティエからは「うん」と、頷きの返事がきたのだ。これ以上は、何も言わなかった。


「わかった。じゃあ、いくよ?」


 そういい、ベリアの手の上で浮遊している火の玉が、ピティエの胸中へと入り込む。

「うっ…! んっ」

 彼女にとって、この感覚は2回目か。だけど、最初の経験で今では少し慣れた。


「じゃあね。ちゃんと親孝行しておきな」


 ピティエの姿が、徐々に元の西島智子の姿へと、戻っていく。

 そして火の玉の光に包まれると、全身キラキラと輝きながら、飛散していった。

 天界から、去っていったのである。




「…」


 ベリアは無言で、もう片手に持っているバインダーに、スラスラとペンを走らせる。

 そして何かを書き終えると、ぽいと投げるように浮遊させたバインダーが、燃えるようにフェードアウトしていった。

 ついに、本案件が終了した瞬間であった。


「ふぅ〜。よかった、成功して。邪悪な心も中々の収穫だし、さすが」


 そう独り言を呟きながら安堵し、背を向けるベリア。

 そして最後に、決意の表情を浮かべながら、こういって天界を去っていったのであった。




「さて── 私も、そろそろ行くか」


(第7章 完)

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