ピティエ、黒幕のアジトを突き止め、制圧する。

 もしも体の主の記憶が、このまま継承されていれば、途中で気づくかもしれない。

 だけどこうして、案内も兼ねて連れてきている親子からは、何も指摘されない。

 そんな事より、思ったよりも早く到着できたからか、今のピティエは内心満足していた。


 そう。彼女の暗殺を男に指示した、例のアジト前へと到着したのだ。


「私の質問に答えて。私を殺すよう指示した人間がここにいるのは間違いとして、そいつが私とどんな関係なのか、あんたは知ってるの? 黒幕の名前は?」


 アジトは、最初の村より少しだけ整備が進んだ街の一角にある、大きなレンガの家。

 一見、ただの民家に見える。すると身を震わせている男からの答えは、

「オ、オルセー、とだけ。ど、どんな方なのかは存じません…! 本当です…!」

 だった。


 ――この体の主の、弟と同じ名前。

 ピティエはその答えだけ聞くと、すぐさま男を最前線に立たせ、背後から剣先を突き当てるようにして構えたのだ。

 娘は「ヒッ!」と肩をすぼめるが、ピティエはそんな娘の心情などお構いなしに釘を刺す。

「もし嘘だと分かったら即、あんたを殺す。そうなった場合は娘さんも現実を受け入れな。この男のせいでこうなったのだから、恨むなら父親を恨むことだね」

「え」


 娘の視線が、遠のく。

 まるで、オバケを見ているかのよう。娘はボソッと呟いた。


「せ、聖火騎士様・・・・・、ですよね…?」


 だが、ピティエはその件については振り向きもしなければ、返答もしない。

 こうして遂に男の手で、そのレンガの家の扉が開かれたのであった。




「げっ!! な、なぜ姉… いや、せ、聖火騎士がここに!!?」


 家の中に入れば、そこにいたのは細身の青年。

 手や首元には、これでもかと金のアクセサリーをジャラジャラつけており、見た目だけは高級そうな衣服とヘアスタイルで身に纏っている。

 が、明らかに戦闘向けではない体型といい姿勢といい、こんな顔だけ威勢の良さそうな男が自分の弟なのかと、ピティエは溜め息が出そうになった。青年オルセーは警戒した。


 ピティエはここで漸く男に剣先を向けるのを止め、男の背中を蹴って前へと倒させた。

 娘が「お父さん!」といって男の元へかけつけ、その肩をもつ。ピティエは鼻で笑った。


「こいつが暗殺に失敗してくれたお陰で、依頼したという黒幕のアジトを吐きだせて清々しているの。そうやって他人のフリをしても無駄だから。私を見くびらないでほしいね」

「くっ…! そんなバカな!! お、お人好しで騙されやすい姉者のくせに、村のやつの裏切りに遭わないなんて、一体何がどうなってやがる!?」


 オルセーが、そういって鬼の形相で睨みながら、姉のピティエを指さした。

 自分より強いであろう騎士を前にして怯えている様だが、それを隠す様に、口が達者で相手を見下すのだけは一丁前のようだ。弱い犬ほど良く吠えるとは、正にこのこと。


「もう、あんたが知っている私じゃないんだよ。さて、どう落とし前をつけてもらおうか」

「い、いくらほしい!?」

「…あ?」

「だから、幾らほしいと訊いているんだ! よ、要は金さえ貰えれば、ドラゴン討伐の称号を俺に譲ってくれるという交渉だろう!? な、なんなら好きなだけの金額を出してやる! それで『暗殺』なんてものはなかった事にして、もう二度と家族総出で姉者に会いに行かないとも約束する! そ、それならオーケーだろう!? な!!?」


 ピティエは絶句した。

 汗を滲ませながら命乞いをするかのように、交渉を持ち出すオルセーの顔が、醜い。


 前世でも、ここまで根性の腐った男を見た事がないと思った。

 いや。単に前世の家族や友人の中に、たまたまそうやって自分を見下してくる人がいなかっただけだろう。なぜなら皆、「組長令嬢・西島智子」という人間が怖かったから。


 人はこうも、自分より立場の弱い人間が相手だと本性を現すものなのか。

 そこにいるオルセーの姿が、まるで、弱い者いじめをしていた自分の前世のよう。

 ピティエは肩を落とした。


「「…」」

 膝をついて憔悴している男と、その隣にいる娘も、今のオルセーの悪あがきには目を疑う。

 誰が見ても異常だからだ。ピティエは天を仰ぎ、すぐさまオルセーへと手をかざした。


「うわあ!!」

 オルセーの身体が、後方数メートルへと吹き飛ばされ、壁に背を打たれる。

 壁にはヒビが入り、オルセーはそのまま床へ落下。ピティエが魔法で吹っ飛ばしたのだ。


「おいコノヤロウ!! 人をバカにするのも大概にしろや!!」


 ピティエはすぐにオルセーを踏みつける様に乗り上げ、首元へと剣先を向けて激怒した。

 少しでもオルセーが抵抗すれば、首が飛ぶだろう。姉の激怒はまだ続いた。


「金の問題じゃねぇんだよ! そもそもテメェ、それ誰の金だよ!? どうせ親の金だろ!? 今日は平日でみんな仕事に出ているというのに、明らかに仕事してねぇよな!?」

「うぐっ…!」

「それに! 幾ら金を積まれようが、私がテメェに称号を渡すわけねぇだろうが! そんなもん手に入れてどうすんだよ!? チヤホヤされたいのか何か知らないけど、何もしてねぇヤツが親に気に入られてるからって調子に乗んじゃねーぞこのクソ雑魚ニート!!」

「ふぇ~! お、お父さーん!!! お母さーん!!!」


 挙句の果て、自分の都合が悪くなったら親頼みか。

 一体、どこまで甘ったれている男なのだろう? なんて、そんな男と同じ家庭に生まれたピティエ自身が、些か不憫でならないと思った。さらに、


「どうしたオルセー! 何があった!?」

「きゃあー! ピ、ピティエ!! 何をしているのあなた!?」


 家の扉から、今度は中年の男女が慌てて入って来た。

 住んでいる家は別。その人達が自分達の親か。ついに「黒幕」が現れたとピティエは目を向け、オルセーに剣先を向けたまま立ち上がった。


「あの手紙… 『私を殺す』というメッセージでしょ? まさか気づかないと思った?」

「くっ…! け、警察を呼ぶぞ!!」

「へぇ? せっかく娘が帰ってきたのに、おかえりの挨拶もなく、こんなニートを甘やかすために即通報するんだ? えぇどうぞどうぞ。こっちは証拠も証人もいるんで!」

 といい、ピティエが先の親子を指さす。

 両親は悪魔を見る目で娘を睨み、ゆっくり歩きだした。



「――!!」


 ピティエの脳裏に、またも不穏な「未来」がよぎる。

 ピティエはすぐに炎魔法を発現した。両親とオルセーを、炎の檻で閉じ込めたのだ。


「きゃあ!! なに、この檻は!?」

 と、母親が叫びながら父親の腕に抱きつく。父親もこれでは前に進めない。

「今、そこにいる親子の腕を掴もうとしたでしょ? 証人を武力で寝返らせるために」

「なっ…!?」

「そして! あそこ!」


 ピティエがそういい、続けて家の玄関にも炎の檻を生成した。

 すると、外からはこれまた見知らぬ武装した者達が数人、剣や鞭をもって顔を出してきたのだ。が、檻に阻まれ室内に入れない。


「まだ追っ手がいたとは。フン、あんたらそんなに私を殺したいんだ? 可哀想な頭だね」


 と、吐き捨てる様に両親を蔑み、オルセーへ向けていた剣をしまうピティエ。

 前世の憑依なので大して胸は痛まないが、これが実の両親相手なら、どうなっていた事か。


(つづく)

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