第7章 魔法の力で、毒親の口封じから逃げきってみせる!

西島智子、聖火騎士として戦いに身を投じる。

 「…は? なにここ、撮影スタジオ?」


 西島にしじま智子ともこが目を覚ますと、そこは何もない、ただただ真っ白な世界。

 よく日本の恋愛ドラマにあるような、床も壁も天井もないであろう自分だけの空間で、好きな人の顔を思い浮かべている時のような「あのシーン」を彷彿とさせる場所。

 智子は辺りを見渡しながら、声をあげた。


「ゆうせいー? かなー? ねぇ、ここなに!? 何かのドッキリ!? て… はぁ!? スマホないんだけど、おい誰だよ私のスマホ取ったの! ねぇ、ふざけている場合じゃないんだけど、隠れてないで出てきてってば! マジ意味分からないんだけど!!」


 目覚めて早々、随分と苛立っている様子だ。

 その、今にもモノに当たりそうな不機嫌さが顔に出ているところで、いつの間にか1人の少女が、この真っ白な世界へと顔を出しに来ていた。


「ここ、撮影スタジオじゃなくて『あの世』、天界だから。あなた、さっき死んだんだけど、その様子だとまだ気づいていないみたいだね」


 智子にそう声をかけてきたのは、外跳ねの茶髪に、ピンクと水色のグラデーションがかかった瞳の少女。

 歳は10代半ばだろうか。明らかに智子より年下の見た目をしている。

 智子はその瞬間、冷めた目で肩を落とした。


「は? あんた誰? 初対面でいきなり年上にタメ口とか喧嘩売ってんの?」


 と、智子はとにかくイライラを発散したくて仕方がない様子。

 それでも少女は慣れた表情で、持っているバインダー片手に、淡々と話り始めた。


「私はベリア。この天界を管理する、輪廻転生の案内人。で、あなたは極西会系西島組組長令嬢の西島智子、だったかな?

 死因は急性アルコール中毒。組長である父親と喧嘩した腹いせで、舎弟数人と共にシマの奥に保管されていた1億相当もの金を、金庫を壊して強奪。そのお金で友人数人とナイトクラブへ遊びに行き、根性試しにテキーラショットを一気飲みしたらぶっ倒れた、と」


「は? なによその言い方! 強奪なんて人聞きの悪いこと言わないでくれる!? そんなの、あのケチなジジイがいつまでも私を子供扱いして止めないから、大人の力を思い知らせただけだし! だからそこ今すぐ訂正して!!」


「残念だけど、その要望には応えられないかなぁ。どうせこれから異世界で、名前も身分も異なる者として生きる事になるあなたには、関係のない事だもの」


「はぁ!? ふざけんなよ! こっちはまだ死ぬつもりないんだけど!? 死神か何か知らないけど、あんたなに勝手に殺してくれてんの!?

 こっちはこれからあのクソジジイに痛い目遭わせるために、ゆうせい達と手を打って作戦を練ってきたってのにさぁ!? やっと舎弟どもも私に寝返ってきてくれた所で、まさか酒程度で死ぬなんて、そんなの私のメンツが持たないでしょ!! 一体どうし――!」


 その瞬間、智子の声、身体、何もかもがノイズ交じりに固まった。


 ベリアが陰で何らかの力を発動させ、ヒステリックに怒っている最中の智子を“静止”したのである。

 ベリアは固まったままの智子を見つめ、こう言い放った。


「ねぇ。あなた、さっきからうるさい。ここでは案内人である“私”の方が立場が上なの。その気になれば、あなたを病原菌だらけのゴキブリに転生させる事だって可能なんだよ。

 いつまでも、そのワガママな極道令嬢マウントが通用すると思わないこと。わかった?」


 そういって、ベリアが少し智子から距離を置いた場所から、空間の一角にホログラム状の巨大スクリーンを発現させる。

 そこには大自然の中から顔を出した猛々たけだけしいドラゴンと、それに立ち向かう黒髪の少女の姿が、映し出されていた。


 智子の身体は、依然静止したままである。


「スクリーンに映っている転生先は、剣と魔法の異世界。あなたがこれから憑依という形で転生するのは、ピティエ・シャルロッテ・レザンという名前の聖火騎士だけど、彼女は自分達の村を救うため、突如襲撃してきたこのドラゴンを1人で倒した偉業をもっているの。

 当然、村では一躍有名となり、『勇者』と慕われるまでになった。そんな輝かしい功績をもつ彼女だけど、実はその功績を称えられた数日後に暗殺されてしまうんだ。父親の手でね」


 本来なら、その話をきいた訪問者は多少たりとも、反応する事だろう。

 驚いたり、憤りを感じたり、あるいは信じられないと言わんばかりに鼻で笑ったり。


 だけど、今は誰もその手の反応を示さない。

 できないのだ。智子は制止されているのだから。それでもベリアは説明を続けた。


「そこであなたには、ピティエにはない魔法を持った状態で、暗殺される前の時系列へと転生してもらう。悲しい未来から逃げ切り、暗殺計画を企てた黒幕であるピティエの父親を含め、悪党を最低2人以上制裁してやるのさ。いわゆる『ざまぁ展開』ってやつだね。

 あなたに授ける魔法はズバリ、『予知能力』。使い方は、ただ目を凝らすだけ。これがあるだけでも大分戦況は有利になるし、逆にぬるく感じるかもだけど、本来のピティエはお人好しな子だからこそ、あなたみたいな好戦的な性格に向いているミッションだと思うんだ。


 もし、無事にざまぁ展開を起こし、物語をハッピーエンドへ導いてくれたら… あなたを一度ここへ呼び戻し、なんでも願いを1つ叶えてあげるよ! というわけで、説明は以上」


 そういって、ベリアが指をパチンと鳴らした。


 すると、智子の身体が再び動き出した。

 魔法による静止の呪縛から、漸く解放されたのだ。


 だが智子は、そこから先は少し体勢を持ち直しただけで、急に喋らなくなった。

 顔が、青ざめている。先のベリアの恐ろしさを思い知ったのか、僅かに足が震えていた。


「そろそろ時間だね。それじゃあ、いくよ?」


 そういって、今度は智子に向けて手の平をかざすベリア。

 すると、そこから眩しい光が発せられる。光は智子の胸中へと入り込むように移動した。

「うあっ…! うぐっ」

 智子が、自身の胸を押さえ付ける体勢で蹲り、苦しそうな表情を浮かべた。

 まるで身を焼かれるような―― いや、力がみなぎるような、そんな不思議な感覚だ。


 智子の身体はやがて、死んだ目をした肌白のスレンダー体型から、ほんのり筋肉質で健康的な黒髪ロングの少女へと、姿を変えていく。

 そしてそのまま、自身が光に包み込まれるようにして、光と共にフェードアウトした。




「ふぅ。これでよし、と」


 こうして智子、否、ピティエの姿となった女性が、この天界から消えていった。

 舞台となる「剣と魔法」の世界へ、転生した瞬間である。


 ベリアは片手にもつバインダーに、ペンをすらすらと走らせた。

 そこに、何を記しているのか―― ほどなくして、必要な個所を書き終えたからか、バインダーはフワッとフェードアウトしていったのであった。


「しかし、上手くいくかなぁ? あの性格だし。まぁ、ここで失敗してもさほどリスクがないからいいけど、もし成功してくれれば、一気に大量の力を稼ぐ事ができる――。さて」


 それは、もしや「博打」なのだろうか?

 ベリアは先ほどから一体、何のことを一人で呟いているのだろう?


 そう疑問に持つ者も、今やこの天界には誰もいない中、少女は最後にこう言い残し、天界を去っていったのであった。




「西島智子、改めピティエ。リアル悪女であるあなたの力、とくと拝見させて頂こう」


(つづく)

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