マチルダ、ウィリアムス家に迎え入れられる。
「遅かったではありませんか、ウィリアムス鉄道会社社長。ご覧の通り、あちらにいらっしゃるレイノルズ炭鉱開拓所顧問と、先代会長の奥様が、大変お怒りです」
そう保安官が告げた通り、マチルダ達が訪れた広場の向かい側には、あのジョージとその母親である義母が高価な衣服に着替え、静かにマチルダを睨んでいた。
保安官は、なおも冷静に訴状を告げた。
「先方より、お話は伺っております。なんでもそちらにいる精神病の女性と女児を、ご子息が誘拐し、助けようとしたレイノルズ顧問にコップの水をかけ、精神的苦痛を味わせたとして慰謝料を請求するとの事ですが」
「ふむ。随分と話が捻じ曲げられているな。我々が見た限り、マチルダさんは精神病ではない。息子にもその様な悪意はない、事実無根だ。エマお嬢ちゃんからの証言も得ている。よって慰謝料の支払いには応じない。お引き取り願おう」
今、この広場には多くの人だかりが出来ている。
ある意味、一種のショーなのだろう。途端に小さなざわめきが起こった。
「ウィリアムス社長。お相手は、この街一番の地主です。ここは、大人しく要求に従った方が身のためですよ。第一『魔法が使える』だなんて、そちらの女性が言うような事が起こるはずないでしょう?」
その言葉をきいたマチルダが、表情をムッとさせた。
なら、ここは魔法を披露するまで。彼女はその辺の小石を拾い、それを保安官の前へと差し出した。そして、
「…!?」
自身の
ギャラリーから驚きの声が上がる。保安官も僅かに眉が動いた中、コンラッドが前に出た。
「保安官。これでも、まだ信じられないですか?」
一方。ジョージと義母は、周囲のざわめきを掻き消す様に慌てふためいていた。
「そ、そんなバカな! あ、あれは魔法ではなく手品だ! みんな騙されるな!」
「そ、そうよ! きっと家を出ている間に、どこの馬の骨かも分からないサーカス団の男に身売りでもして、手品の仕方を教えてもらったに違いないわ!」
なんて、見苦しい言い訳をする親子。
保安官は、そんな親子に目もくれなかった。
心を動かされたのか、やがてこう告げる。
「私は、保安官を務める前は牧師をしていました。神の教えでは、魔法は心の綺麗なものが授かり、それを奪おうとする悪魔が近くに潜んでいる証拠だと。その言葉に半信半疑では、神に失礼だと思い、牧師をやめたわけですが、どうやら思い違いだったようです」
マチルダは息を呑んだ。
そして保安官が懐に手を入れ、ジョージ達へと振り向く。
「これも、神のお告げでしょうか。今なら、きっと私の行いを赦して下さる――」
その瞬間、保安官が腕を伸ばした先から、乾いた銃声が鳴り響いた。
「うっ!」
その先は、ジョージの左胸。保安官がピストルを取り出し、ジョージを射殺したのだ。
「きゃ」
マチルダが、すぐにコンラッドの胸中へと顔をうずめた。広場からも一部悲鳴が上がる。
ジョージの体が力なく倒れた。
「ジョージ!? ジョージ!! 嫌よ、なんで!? なんでこんな事に!!」
これには義母も涙目で、声が裏返るほど叫びながら息子の亡骸をゆする。
だけど、息子は胸から血を流したまま、もう目を覚まさない。義母が、やがてブルブルと身を震わせながら保安官へと顔を上げ、鬼の形相でこちらへ走ってきた。
「よくも私の息子をー!」
再び、保安官の構えているピストルから銃声が鳴り響く。
銃弾は、義母の額に命中した。義母はそのまま声を上げることなく、仰向けに倒れた。
「っ…!」
コンラッド達も、今の銃殺は見ていて気分の良いものではないのだろう。
保安官はここで、漸くピストルを下ろした。
「カネさえあれば、何でも出来ると思ったら、大間違いです。
前から、思う所がありましてね。時代は鉄道による新天地の開拓。もうあの者達のような、原住民らを無給で死ぬまで働かせる時代は、終わったのですよ」
それが、射殺権限をもつ保安官が亡骸へと放った、慰謝料請求無効の瞬間であった――。
あの親子の死により、
あれから、彼女は娘と共にコンラッドの家へ住み込み始めた。街もどこか明るくなったから、今まであの親子の財と口車に乗せられ、怯える人が多数いたのだろう。
でも、本当にこれで良かったのだろうか?
エマにとって、唯一の父親が銃殺刑に処された事など、あってはならないのでは…
「心配いらないよ。君はこの先、娘を幸せにするために働き口を探し、いつかここを出るなんて言っていたけど、もし嫌でないなら… 僕に、エマの父親をやらせてほしい」
「え?」
「その、奥さ… ううん。マチルダ。君が一生懸命、娘を大切に育てているその姿が、本当に素敵で、好きになったんだ。だから、その… 僕と結婚してくれるかい?」
まさかの、コンラッドからのプロポーズだった。
マチルダは、人生最大の嬉し涙を流した。やっと、本当の幸せを手に入れたという実感がわいたのだ。
彼女は「はい」と、彼のプロポーズを受け入れたのである。
「おめでとう。良い人に逢えて、娘さんも幸せそうで良かった」
場所は、あの真っ白で明るい天界。
マチルダははっとなった。振り向いた声の先に、あの案内人がいる。
「驚いた? 大丈夫。今はあなたのいる世界の時を止めているから」
ベリアだ。マチルダはその姿を見て安堵した。
ベリアが早速、こちらへ歩きながら結果を報告した。
「遅くなったけど、ざまぁ展開おめでとう。無事にハッピーエンドを迎えた褒美として、約束通り、願いを1つ叶えてあげよう。さぁ、願いを言ってごらん?」
そういって、片手の平から赤い火の玉を生み出す。
それが、願いを叶えてくれる「素」か――。マチルダはそう思った。
「えっと… エマが絵本で楽しみにしている、遊園地へ行ける願いを下さい」
それが、マチルダの願いであった。
ベリアは「ほう?」といい、僅かに感心というか、安堵した様子である。
「どうやら、私が今いる世界にはまだ無いみたいで。だけど魔法で、自分より大きいモノは作れないから、今ここでその願いが叶えばいいなって思いました。
それに… 私も、まだ行った事のない遊園地に、行ってみたいな」
「そうか。分かった、いいよ。なら、あなたが今住んでいる街の近くに、家族みんなで楽しめるテーマパークが出来るようにしてあげる。目いっぱい楽しんできてね」
そういって、ベリアがその火の玉をふわりと宙高く浮かせた。
すると、そこから虹色の光とともに、幾つものアトラクションが映し出されたスクリーンが生み出されたのだ。
同時に、マチルダの全身が、キラキラと発光した。
「それじゃあ、元気でね。末永くお幸せに」
「うん…! ありがとう!」
こうして、マチルダは遂にこの天界からフェードアウトした。
宙に浮かんだスクリーンも次々と消え、最後の1つがバインダーへと変換されると、それをベリアが静かに手に取る。
そして、そこにスラスラとペンを走らせると、バインダーはペンと共に消滅した。
ついに、本案件が終了した瞬間であった。
「ふっ。娘を死なせた、あんな女の元へ戻りたいなんて願いでなくて、安心したよ」
そういって、ベリアは最後に邪悪な笑みを浮かべ、こういって姿を消したのであった。
「さて、ちょっくら様子を見てくるか。ジョージと、そいつの愛するママと、そして娘を苦しめたマチルダの魂さんよ――。地獄へようこそ」
(第6章 完)
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