ピティエ、人にやさしくする大切さを知る。

 ここが、その異世界なのだろうか?

 ピティエの視界に広がるは、中世ヨーロッパ風ののどかな村の一角にある、薄暗い食堂。


 周りの来客はみな、元きた世界とは大違いな(智子からみて)貧乏くさい身なり。

 注文品でも待っているのだろうか、自分はいつしか椅子に座っている。

 ふと自身の両手の平と、テーブルに置いてある銀の受け皿へ目をやると、そこには智子の時とは全く違う、黒髪女性の姿が映し出された。


 ――うっわ、マジでこんな芋臭い女の身体になったの私!? 最悪。顔もブスだし、しかもこんなクソつまらない田舎に飛ばされるとか、ありえないんだけど!

 あー、もうここはさっさとその父親? この体の主を殺そうとしている奴らを早めにぶっ殺してやるわ。そしたら即、願いを叶えてもらうから。今に見てろよ? あのクソガキ。


 クソガキとは、ほかならぬベリアのこと。

 あの時は向こうの静止魔法で何も出来ず、それ以上騒ぐようなら何をされるか分からないので黙っていたのだが、内心はとても納得がいっていないのである。すると、


「わーい! きゃはははは」

「こら! 店の中を走らないの!」


 店内の一角、また別のテーブル席の近くでは3,4歳ほどの男の子が、母親に追いかけ回される形でテクテク走っていた。

 ――チッ。

 ピティエは陰で舌打ちした。智子の頃から、子供特有のハイトーンな声と、大人の邪魔をしてくる存在がどうも気に入らないのだ。


 が、男の子が、勢い余って走った先の小さな段差に足を引っかけ、派手に転んでしまった。


「うわあぁぁぁぁぁぁ!」


 想像を絶するほど、痛がっている叫び声だ。


 ピティエが驚きざまに振り向くと、男の子が転んだ場所で、なんと厨房で沸騰していた大きな鍋が男の子の衝突によりひっくり返り、降ってきた鍋のお湯を被ったではないか。

「きゃあああああ!!」

 追いかけていた母親が、全身熱湯を浴びせられた男の子の悲劇を見て、涙の悲鳴を――



「――!?」


 ピティエの視界が、突然、別の場面へと切り替わった。

 一体、何が起きたのやら。


「…え? 今の、なに? は?」

 と、目を泳がせながら動揺するピティエ。その時であった。


「わーい! きゃはははは」

「こら! 店の中を走らないの!」


 また、先程と同じ男の子と、それを追いかける母親の姿が目に入った。

 また、同じ悲劇が、繰り返されようとしている?

 いや、違う。ピティエはハッとなった。


 ――まさか、今のは未来予知!?

 そう。あの時、目を凝らしたから、早速ベリアから授けられた予知能力が発動したのだ。

 つまり、このままだと男の子は…


「まずい!」

 ピティエは咄嗟に行動に移した。

 すぐに椅子から立ち上がり、近くを走って横切ろうとする男の子の胴体を掴んだ。


「つかまえた!」

「うわぁ! やだ、ぼくはしるー!」

「ダメだよ、この先の段差に足を引っかけたら終わるよキミ!?」

「聖火騎士様! すみません、息子がご迷惑をおかけして。ありがとうございます」


 と、そこへ母親も追いつく。男の子は今にも走りたいとばかり降りようとする始末だ。

 ピティエは男の子を母親の腕へと引き渡し、こういった。


「気を付けて下さいよ? あの段差の先の厨房が、鍋料理の最中で危険なので」


 ピティエがそういうと、厨房で調理をしていた男が2人、驚きざまにこちらへと振り向く。

 男2人はすぐに機転をきかせ、お互い指示していった。


「おい、騎士様にいわれるまで気づかなかったのか? そこ開いてるぞ、早く閉めろ!」

「まずいまずい、坊主に何かあったら大変だ! 悪いね。教えてくれてありがとう!」


 と、厨房へと繋がる小窓が閉められ、しっかりと鍵がかけられる。

 薄暗いので、ピティエはその小窓の存在に気が付かなかったのだ。通りでこんな危ない設置が晒されているのはおかしいと思った。

 こうして母親の手に渡ると、男の子は残念そうな顔をして、元の席へと戻ったのである。


「…」

 ふと、ピティエは思う。

 果たして、これが未来予知を持たないピティエだったら、どうなっていた事だろう?


 いや。本来のピティエなら・・・・・・・・・、すぐに助けただろう。

 結局この件で分かったのは、もし智子の魂で予知能力が無かったら、自分は子供を助ける事がなかった、という現実を突きつけられた事である。


 ――そうか… 悪いのは小窓を開けっ放しにしていた厨房の男達であって、あの男の子はまだ小さいから、分からないんだ。だからそれを知る大人達はみな、「自分が悪い」と。

 参ったな。一方的に子供を悪い目で見るのは、よくない癖ってことか。


「聖火騎士様。お手紙が届いております」


 と、そこへ今度はまたよく知らない人が、少しだけボロボロなショルダーバッグから封筒を手渡してきた。

 自分がここにいる事を知っているなんて、少し気持ち悪いなという感情を表に出さないよう、ピティエは渋々それを受け取る。昔ながらのシーリングスタンプだ。


「どうも。どれどれ?」


 スタンプを剥がし、封筒から取り出した便箋を広げる。

 ほぼ殴り書きの達筆で、そこにはこう書かれていた。



──────────

 この前は、女の癖によくも親に向かって生意気な口を利いてくれたな!

 お前が刻んだ功績は、お前の弟であり息子のオルセーに権利を譲るべきだと言っている。ドラゴン退治の実績は、「男」がもつべき権利だ! それが、我がレザン家のしきたりだ。

 お前がいくら「手柄を横取りしないで」と言おうが、横取りなどという人聞きの悪いことを言われる筋合いはない! 少し腕っぷしが強いだけで、女が調子にのるな!


 私は、お前をそんな娘に育てた覚えはない!

 まったく、失望したよ。もう、あんな口答えをされたからにはお前は娘なんかではない。我がレザン家に、娘などいなかった! そういう事にしよう。

 今から3日以内、覚悟しておくことだな。という訳で、この手紙で最後となる。さらばだ。

──────────



 ――は? んだよこの手紙!? もしかして、こいつが例の父親ってやつ? キッモ。


 ピティエはつい、感情的になりかけた。

 だけど今は人が沢山いる食堂だ、ここはグッと我慢である。彼女に送られてきた手紙は、まさに「暗殺」を暗に示しているかのような、読んでいてとても気分の悪いものであった。


 ――こいつの親、とんだ女性差別野郎だな。でさえ、父にそこまで言われた事ないのに。


 と、つい前世を思い出す。

 自分がどれだけ恵まれていたのか、今、この手紙でほんの少しだけ分かった様な気がした。


 しかし、同時にピティエは一案を講じる。

 この手紙がくるという事は、自分は3日以内に殺されるということ。なら、それを未来予知で防ぎつつ、父親に復讐するしか他に生き延びる方法はないと結論づけたのだ。


 ――そういえばあのクソガキ、黒幕の父親を含め最低2人、ざまぁさせろとか言っていたっけ。となるとそのもう1人って、まさか例の「弟」ってやつかな? この手紙の内容だけだと、そのオルセーとかいう弟まで暗殺計画に加担しているのか、分からないけど。

 とにかく、今は用心するに越した事はなさそうね。それにしても、ドラゴンを倒せるほどの私って実際、どれくらい強いんだろう? そこも一応熟知しておくか。


 と心の準備をし、このあと届いた注文を食し、食堂を後にしたのであった。


(つづく)

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