ソウちゃん、願いを叶える猶予を与えられる。

 「お前達、何をしている!?」


 そこへ、現実の「警察」に相当する兵隊が数人駆けつけてきた。

 実はこれもソウちゃんが読心で根回しをし、今このタイミングで彼らが来るよう、仕向けたのである。


「すぅ」

 ソウちゃんは大きく息を吸った。そして――


「きゃあぁぁぁ!! どうして、お母様がこんな目に!? あなた達は何なの!? 教官から移動の許可を得て、お母様とヌールお嬢様にだけダンスを見せようと思って、ここへ誘ったのに何故こんな事に!!? やめてぇぇぇ!!」


 と、今日一番の悲鳴を上げたのだ。

 これにはヌールも、ならず者の男達も驚き、硬直する。兵隊が、すぐにソウちゃんを保護するよう移動し、残りは男達の身柄を確保しにいった。


「確保! お前達を、婦女暴行の現行犯で逮捕する!」

「さぁ、大人しく立つんだ!」


 男達は所詮無防備なならず者なので、屈強な兵隊相手では歯が立たない。そう諦めているのだろう、彼らは腕や胴体を縛り付けられたまま、あっさりと連行されていったのだった。


 こうして、残るは半数ほどの兵隊と、負傷して倒れているアメリア、ヌール、そしてソウちゃんだけとなったのだが…


「うえぇ~ん! 兵隊さん、お助けを~!」

 ソウちゃんは怒涛の演技で、すぐ兵隊の元へと駆け寄る。そして更にこう叫んだ。


「さっき、なんでヌールお嬢様は『その人は違う!』といったら、あの男の方達は暴力を止めたんですか!? まさかお嬢様、あんな汚らわしい男たちと知り合いなの…!? 本当は、誰を襲わせようとしたの!!?」

「ギクッ…! な、何を可笑しなことを言っているのかしら? ゴ、ゴホン」


 ヌールは震えた手と口を必死に隠す様に、咄嗟に羽扇子の裏で咳払いをする。

 それでもソウちゃんは容赦なかった。


「まさか、ここへ移動するよう教官に頼まれた、この『私』を…?」

「ちがう!!!」


 と、ヌールが即座に全力否定をした。図星だからだ。

 すると、その様子を見た兵隊の一人がこういう。


「…確かに、この流れは妙だな。さきほど、それらしき声も微かに聞こえた」

「ひっ!?」

「ヌール・シェリーメイ令嬢。貴殿も重要参考人として、男達と共に連行する。何も疚しいものがなければ、じきに解放されるだろう。だが、もし彼らと何らかの関係があれば…」

「無いわ! 私は由緒正しき貴族よ!? この女のいう事はデタラメよ!」

「なら、その証明をしてもらうまでだ。今は、兵隊である我々の指示に従いなさい!」

「そんな…!」


 こうして、ヌールまでもが兵隊たちに腕を掴まれ、呆気なく連行されていった。


 ヌールは終始、犯行を否定する。

 この時のソウちゃんには、そんな令嬢の末路など、最早眼中になかった。


「はぁ… はぁ…」


 アメリアが、震えながらも何とか起き上がり、息を切らしていた。

 頬は赤く腫れ、鼻血が出ている。かろうじて強姦には至らなかったものの、とても痛々しい貴婦人の姿が、そこにはあった。じきに医者も到着する頃だろう。


「あの令嬢に、俺を追い詰めるよう依頼したんだろう? もう全部分かってんだよ」

「!?」


 予想通りの反応。

 ソウちゃんは邪悪な笑みを浮かべ、最後にこう捨て台詞を吐き、去っていった。


「残念だったな。娘相手に、女の醜い嫉妬を向け続けた結果がこのザマだ。人の婚約者を、横取りしようとした罰が下ったんだよ。ざまぁみやがれ」




 このあと、ソウちゃんは何事もなかったかのように発表会へ戻った。

 その観客席に、アメリアの姿はなかった。仕事を抜けてここへ来た立場上、負傷してそれどころではないためだ。きっと今頃、娘に敵意を向けた事を後悔しているに違いない。


「ほ、本当にごめんなさい!」

「今まで、あんな態度をとってすみませんでした」

「誠に、申し訳ございませんでした!」


 コンサバトリーでお茶を嗜んでいたあの女性達も、あれからヌールの悪行が暴かれた事でソウちゃんの潔白が証明されるや否や、別人のように頭を下げてきた。

 ソウちゃんは表向き許しているが、内心では彼女達の事を信じていない。なぜなら、



 ――シェリーメイ家がダメになった今、次に目上のティートリー家に媚びを売るわよ~

 ――ここは将来の公爵夫人に頭を下げ、女の面子メンツを保たないと!



 が、本心だからだ。

 ソウちゃんは思った。女社会って怖いな、と。


 ちなみに、アメリアは治療を終えてもなお、あの日を境にソウちゃんの元へは顔を出してきていない。お灸を据えられた事で臆したか。

 稽古の教官も、アメリアの根回しで追い詰められるという事がなくなったため、今のソウちゃんの実力であれば一人前の公爵夫人として振る舞えると、判を押してくれたのだ。


 となれば、あとはまだ会った事のない婚約者との結婚を、待つだけだが…




「お?」


 視界が、真っ白になった。

 見覚えのある空間だ。つまりこれは本人が待ち望んでいた――。


「最初はあれだけ悪女転生を嫌がっていたあなたが、目的のためなら努力を惜しまず、理不尽に耐え続けてきた結果、今となってはすっかり向こうの生活に馴染んでいる様で。演技力の高さと機転が利く所は、さすが元営業マンだね」


 ベリアだ。

 あの日と同じバインダーを手に取り、ソウちゃんにそう激励を送った。


 ソウちゃんは息を呑む。ベリアが、空いている片手から火の玉を発現させた。


「というわけで、ざまぁ展開おめでとう。どう? 相手の心さえ読めれば、敵を見つけ出すのは意外と簡単でしょ?」

「…まぁ」

「では早速、あなたの願いを1つ、ここで叶えてあげよう。なんでもいいよ。さぁ、願いをいってごらん?」


 その手に浮遊させているのが、願いを叶える素らしい。ソウちゃんはそう解釈した。

 本来ならこれが彼、否、彼女の望んでいたものとなる。


 しかし、


「一旦、保留にしてもらえないかな?」


「え?」


 まさかの回答だ。

 すぐにソウちゃんから欲望むき出しの願いを言われるかと思いきや、これだ。今までにない展開に、ベリアは自分の耳を疑った。


「なぜ? あなた、あれだけ願いを叶えたそうにしていたのに!?」

「まぁ、そうなんだけどさ… その、向こうでの生活が忙しすぎて、肝心の『何を叶えたいのか』を考えていなかったわ」

「はぁ!?」


 信じられないとばかり、ベリアは怪訝な表情を浮かべた。

 ソウちゃんとしても、まさか案内人からそこまで驚かれるとは、思ってもいなかったのだ。けど、ここは頭を下げて懇願する。


「なので、申し訳ない! その願い、あとで向こうで叶えたい時に使う… て、ダメっすかね?」

「え? まぁいいけど… 分かったよ。じゃあ、これはあなたの胸中に預けておくから。願いが決まったら、その時は心の中で真剣に『唱える』んだよ? 一度きりだから、努々ゆめゆめ後悔のないように」

「マジか! ど、どうもっす」


 意外とあっさりだった。ソウちゃんは驚きながらも感謝を述べた。


「じゃあ、いくよ?」


 すると、ベリアが静かにその火の玉を、ソウちゃんの胸中へと押し込んだ。

「うっ!」

 ソウちゃんの全身が、再び眩しく発光する。

 あの時と同じ、熱いけど不思議な感覚のそれ・・を、静かに受け止めた。


 そして数秒後―― ソウちゃんは、この天界からフェードアウトしていったのであった。




「はぁー。ホント、予想外過ぎる」


 こうして1人になったベリアが溜め息交じりに、バインダーへと目を通す。

 ペンをスラスラと走らせると、それらはフワっと消滅。ベリアは最後にこう呟き、天界から姿を消した。




「人の心を読むべきは、私の方なのかもしれないな」


(第5章 完)

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