第6章 子育てを知らない私、毒親に転生し、娘を幸せにします。
鈴木姫、凍えるような虐待から解放される。
「わぁ」
「姫」と書いて「プリンセスレディ」と読む独特な名前の女の子は、目が覚めるとそこは果てしなく真っ白で、何処か温かみを感じる世界であった。
白いからか。
暑さ寒さは感じないはずなのに、なぜか安心するのだ。
「お腹の痛みも、冷たい雪の感触も、ない… 私、
姫はそう独り言を呟きながら、自身の衣服の肩辺りをクンクンした。
だけど、何も臭わない。姫は何となく、自分がここにいる理由を察した。
「どうしよう。服が、汚れたままだ。神様に、怒られちゃうかも」
「怒らないよ。苦しみから解放され、ここへ導かれたのだから」
とある方向から、若い女声の声が響いた。姫はそちらへと振り向く。
そこにいるのは、外はねの長い茶髪にピンクと水色のグラデーションの瞳、そして現代的なパーカー姿の少女だった。歳は、姫より3,4つ上くらいだろうか?
片手にはバインダーを持ち、時おりそちらを見ている。
「あっ… ど、どうも。あなたは?」
姫はそういって、ぎこちなくも少女にお辞儀した。少女は答える。
「私はベリア。この天界を管理する案内人だよ。そしてあなたは、本来学校に通っていれば小学6年生である鈴木プリンセスレディ… おっと。生前不本意そうだったから、ここは『ひめ』って呼んだ方がいいかな?」
「え、っと。どっちでもいいです」
「あぁ、そう。もう察しはついているだろうけどあなた、さっき死んだんだよ。クリスマスの夜3時。あんな寒いなか締め出されたベランダの上で、その身を縮こませたまま」
姫の中で、その時の記憶が、ぼんやりと蘇る――。
痛いとか、苦しいとか、そういうのはない。
ただ、唯一の肉親であるお母さんに家に入れてほしくて、優しいお母さんに変わってほしくて、ずっと良い子でいようと耐えてきたのだ。
だけど… 最期まで、その願いは叶わなかった。
子供の願いを叶えてくれるサンタクロースなんて、結局存在しなかったんだ。
姫はそう、絶望したに違いない。
「話を本題に進めるね。今からあなたには、私が案内する異世界の『とあるお母さん』に生まれ変わってもらう。生前の経験を活かし、この先の苦難と戦ってほしいんだ」
「え? 戦う、ですか?」
「うん。でもそのまま戦いに行かせるなんて、私もそこまで鬼じゃないから、あなたには特別な魔法を授けておくよ。そいつを上手いこと使って、悪い大人を2人以上、懲らしめてしまいな。いわゆる『ざまぁ展開』ってやつさ」
姫は、これから向かう転生先が魔法の使える世界だと聞いて、少しだけ好奇心が芽生えた事だろう。僅かに、目に光が戻ったような気がした。
しかし…
「あなたの転生先の体であるマチルダ・レイノルズは、5歳の娘を育てている29歳の専業主婦。12歳で死んだあなたに、いきなり子持ちの大人の女性に転生させるなんてビックリな話かもしれないけど、これには理由があるの」
「はい。確かにビックリです! 私、いきなり子供の面倒を見る大人になるだなんて、意味が分からないし、できるかどうか自信が…」
「大丈夫。むしろ、あなただからこそ転生してほしくて私が選んだわけだから」
「え? なんで…?」
「その母親はね。自分の娘に、ひどい事をしてきたんだよ。そして、それは私があなたに転生させるその瞬間まで、続いている。このままだと、本当に子供が死んでしまう」
「え!?」
姫は驚き、ベリアと同じく悲しい顔をした。
まるで、生前の自分を彷彿とさせる話だ。ベリアが更にこう続けた。
「だから、お願いがある。あなたがその母親に乗り替わる事で、娘さんを助けてあげて。そして、その母親がおかしくなった原因を、悪党を2人以上、魔法で懲らしめてやるんだよ」
ベリアの目が鋭い。
すると、バインダーを持っていない方の片手から、仄かに光が発せられた。
「今からあなたに授ける魔法は、その辺にあるモノを、別のモノへと姿形を変える力。『物質変換』、または『錬金術』ってやつなんだけど、使い方次第で強い相手にも勝てる武器になるはずだから。くれぐれも、魔法を変な方向に使いすぎてケガをしないようにね」
「は… はい」
「ただし、その魔法にも限界はあるよ。自分の体より大きいモノと、お金は作れないから」
「あの! もし、その子を助ける事が出来たら… それと、悪い大人を懲らしめる事ができたら、私は一体どうなるんですか?」
そう訊かれたベリアの瞳が、「良い質問だね」という返事と共に、少し綻んだ気がした。
「ハッピーエンド、ってやつだね。無事にそのハッピーエンドを迎える事が出来たら… あなたをここへ呼び戻し、なんでも願いを1つ叶えてあげるよ」
「え? 願い… って、いいんですか!? じゃあ、そしたらお母さんが良い人になって、私が元の世界で蘇って、また楽しく学校へ行けるようになる願いも、叶えられるの…?」
と、姫が涙ぐんだ目で、そうきく。ベリアは陰でこう思った事だろう。
嗚呼。この子は、なんて純粋な心の持ち主なのだろうか。と。
だけど、すぐにはその「答え」を出さない。
相手がせっかく転生先へ向かおうとしている意欲を、削いでしまうからだ。
「それは、先にちゃんとやる事をやってからでも良くない? 1つしか叶えられないわけだし、ゆっくり考えてからそういうのを決めようか」
「あ… はい。すみません」
姫は少しだけ、しょんぼりしている様子だった。
気を取り直し、ベリアが光っている方の片手を構えたまま、姫のいる方向へと歩いてきた。
「いよいよ時間だね。それじゃあ、肩の力を抜いて。ゆっくり深呼吸をして――」
そういった瞬間、ベリアの光った手が、姫の胸へと押し当てられた。
「きゃ!」
姫は生前の癖で、ついガードの姿勢をとる。もちろん、これは虐待ではない。
姫の胸中からはほんの少しの熱さと、眩しい光が増大していった。
そして姫の姿が、12歳の子供から30手前の大人の女性へと、変貌していく。
こうして数秒ほどして、姫の体は光の縮小と共に、フェードアウトしていったのであった。
「これでよし、と」
天界で1人となったベリアが、バインダーを手に持ち、そこにペンでスラスラと何かを書き記していく。
姫についてのレポートか。そしてバインダーをフェードアウトさせると、ベリアは姫がいた方向から背を向け、静かにこう呟いたのであった。
「お母さんが良い人になれる願い、か――。
フン。どうせ叶えたところで、本人が改心するまでの過程を省いている以上、その人は
(つづく)
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