エレノア、獣人たちが住まう国に招待される。
馬車から見える景色は、まるでこの世のものとは思えなかった。
最初は、どうして街はずれにある古びたトンネルを… 奥へ進めば進むほど、ボロボロの恰好をした人達が暮らしている地下街を走っているのだろう? そう思っていた。
しかし、やがてそんな薄暗いトンネルを抜けると、そこには美しい森と泉が広がっていた。
周囲を山や塀で囲まれ、外部からは見えない場所。
林からは二足歩行の可愛らしい獣人達がひょっこり顔を出し、泉の
――わぁ。
エレノアは目を大きく見開いた。
馬車はシンプルな城門を潜り抜け、
「ここが僕の家だよ。世界中から獣人や人魚、そして妖精といった人外が寄り集まって、ここで平和に暮らしている。人間にはそう簡単に理解されない存在だからこそ、こうしてお互いに手を取り合う環境が必要だと、父上が建国した楽園なんだ」
ロイは馬車を降り、エレノアへと振り向きながら人差し指を立ててウィンクをした。
フードを脱ぎ、獣耳を露わにしたその王子の姿は、とても輝いていた。
エレノアは、もしも自分が人間の姿なら確実に頬を赤らめていただろう。王子のその仕草に、ドキッとしたのである。
こうして城の扉が開き、口ひげを生やした男性を始めとする多くの使用人、メイド達に招かれながら、エレノアはやがてロイの父親がいる謁見の間へと案内されていった。
「ただいま」
先頭に立ったロイが、そういって玉座に座る男性の元へと歩み寄る。
ロイ同様に獣耳を生やしており、しっぽは黒の長毛。
首には懐中時計をぶら下げたアクセサリーと、少し毛むくじゃらで野生的ながら、上質な衣服を身に纏ったハンサムな獣人。彼こそがこの国の王・リゲルであった。
「おかえり、ロイ。その猫はどうした?」
口調からして少し粗暴な印象がある。エレノアはイカ耳になり、腰を低くした。
猫としての自分は、明らかに大きな男性を警戒している。
「この子はエレノア。猫に変身できる人間だよ。さっき路頭に彷徨っている所を保護してね。きっと何かとても辛い事情を抱えているとみて、この国へ連れてきたんだ」
「…ほう? これまた珍しい娘がいるもんだな。なんだ、腹を空かせているのか」
「うん。だからお願い、この子に美味しいものを食べさせたいんだ。良いかな? …あ、大丈夫だよ、怖がらないで! 父上は、こう見えてとても優しいんだ」
そういって、エレノアの目線に合わせてしゃがみ、笑顔を向けるロイ。
ところで、エレノアがずっと猫の姿のまま変身を解かないのは、村での暮らしで薄汚れた「人間としての自分の姿」を見られたくないからに他ならない。
リゲルが軽く肩をすくめると、ここで使用人たちに向けて指を振り、指示を煽った。
「ふん。褒めても期待するほどのものは出てこねぇぞ。ヤコブ、ネニータ。とびきり栄養価の高い食事と、女児用の衣類をここへ持ってこい」
名指しされた使用人とメイドが礼儀に
すぐに使用人たちはダイニングへ、メイド達は衣服をエレノアの元へと持ち運んできた。
「にゃ、にゃあ?」 ――うそ。そんなにキレイな服を、私に?
「なに。そのまま風呂も入らねぇで、飯にありつくよりはマシだろ? あいにく、ネコ用の餌は確保していない。だからダイニングへは人間の姿で来るんだ。ロイ、浴室へ案内しろ」
「わかった! さぁ、こっちだよ」
ロイは嬉しそうに、衣服を持ったメイド達を連れて、エレノアを手招きした。
何もかもが、夢のようである。
自分は幼少期を、物心ついた頃からずっと村で暮らし、結婚後も不幸な結末が待ち受けてていた。だけど魔法を授かりし今は、こんなにも手厚く歓迎されている。
この世界が、突然夢で終わるのではないかと、心配になるくらいだ。
「大丈夫、僕はダイニングで待ってるよ。終わったら、誰でもいいから声をかけてね」
と、ロイが微笑み、案内を終えた所で歩いてきた道を戻っていった。
メイド達が浴室へと続く扉の両脇に立ち、案内の手を添えているその先を、エレノアは恐る恐る足を進めたのであった――。
(つづく)
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