第3章 逆行転生で、まさかの半獣王子様に溺愛される未来

エレノア、不幸になる前の時系列に逆行転生する。

 怖かった。

 嫌な最期だった―― のだろうか?


 村娘にして、商人の家へ嫁がれた幼妻おさなづまエレノアが目覚めたのは、床も壁も天井もないような、真っ白な空間。

 暑さ寒さも感じない、静かな場所。


「ここは…? 私、しんだの?」


 エレノアが、弱々しく呟きながら自身の胸元を見る。


 いつもの格好だ。

 緑を基調とした、シンプルなワンピースを、おもむろに触る。

 途中、糸ほつれが見つかるものの、それ以外に目立った傷や汚れはなかった。


「それ、この世界だと刺される前の状態に戻るんだよ」

「きゃあ…!」


 エレノアは肩をすぼめた。

 後ろから人の声がした。若い女性の声だ。


 エレノアは、恐る恐る振り向く。

 そこにいるのは茶髪の、瞳がピンクと水色のグラデーションがかかっている少女だった。恰好は、エレノアの世界に合わせたディアンドル風の衣装だろうか?

 少女の手には、バインダーが握られている。なぜか怖くて、エレノアは怯えていた。


「大丈夫、ここは私とあなた以外に誰もいないから。あなたに酷い事はしないよ」

「え… え?」

「エレノア、だったね? 私はベリア。この天界で、案内人を務めているの。もう気づいているだろうけど、あなたさっき死んだんだよ。あの旦那さんの不倫相手によってね」


 少女は、ベリアといった。

 エレノアは怯えるのを止め、涙ぐんだ顔を上げる。


「生まれてからずっと、辛い人生だったと思うけど、まずは本題に移るね」


 ベリアがそういうと、バインダー片手に、空いた手の平を上にした。

 するとその手の平から、光る魔法の玉が現れたのだ。エレノアは息を呑んだ。


「『逆行転生』って知ってる? あなたの元きた世界は珍しい事に、時を巻き戻せるんだよね。私が今から、あなたがバッドエンドを迎える前の時系列に戻してあげるから、次の人生こそはハッピーエンドを迎えてほしいんだ」

「ハッピー、エンド… 彼が、不倫をする前に、ってこと?」


 エレノアの顔が、少しだけ綻ぶ。生き延びるチャンスを与えられた、と思ったからだ。


 だが、ベリアは違った。

 今の発言に、その少女は静かに首を横に振った。


「残念だけど、不倫を止めようが否が、あなたは嫁ぎ先では絶対に生き延びれない。それ、実は最初から全て計算されているから。

 あなた、村の男達から金と引き換えに、その旦那の『妻』という名目で売りに出されたんだよ。あなたの父親を名乗る男と村長が、『もしも交渉前に傷物だと判明したらすぐ殺してもよい』と、旦那さんと不倫相手に許しを与えてね」

「!!」


 衝撃の事実であった。

 エレノアの視線が、一気に絶望へと変わる。ベリアの表情がさらに険しくなった。


「これまで沢山の輪廻転生を見てきた身として、いわせてもらうけど、あなたの故郷である村の男達は最低だ。人間のクズの集まりだ。


 村の女が少ない理由、知ってる? 村で生まれた女は思春期を迎える前から慰み者にされ、一定の歳まで子供を産めるだけ産まされ、そして殺されてるの。顔の良い村娘は、金になるから他所へ売られている。先祖代々、村で行われてきた風習だよ。

 はっきりいって狂ってる。あなたの父親もそう。女をモノとしか見ていない悪魔だ」

「っ…!」

「私の手にあるこの光は、あなたに授ける魔法の力。動物に変身できる力だよ。

 あなたが傷物にされる前の11歳頃まで遡らせるから、目が覚めたらすぐに魔法で変身して、その村から逃げて。あんな汚い連中共に頭を下げても、報いは一生こないから」

「そんな… 私、1人でどうやって生きれば」


 そういって、エレノアが再び肩を震わせながら、涙を流す。

 やっと、あんな劣悪な環境の村から解放されたと思ったのに、まさかの嫁ぎ先まで… と思ったのだろう。

 ベリアは肩を落とし、エレノアへと歩み寄った。


「大丈夫。動物に変身中は、人間では生きられない様な環境でも余裕で暮らせる。

 おすすめは『ネコ』だね。ネコ科は動物カーストの中でも上位だから、天敵も殆どいないし、逃げ足も早い。村を出て、街へ辿り着けば、飼い主候補の人達に沢山巡り合える。

 その後の人生は、あなた次第。もし、無事にハッピーエンドを迎える事ができたら、あなたを一度ここへ呼び戻し、なんでも願いを1つ叶えてあげるよ!」


 ベリアが、手の平の上で生成していた光を、エレノアの胸中へと取り込ませた。

「うっ…!」

 少しだけ、苦しい。だけど、その苦しさは本当にほんの僅かで、すぐに引いてなくなる。


 エレノアにとっては、不思議な感覚であった。

 まるでもう1人の自分が、心の中で眠っているかのような。


「さぁ、行っておいで。次こそ、悔いのない人生を」


 エレノアの体は、すぐに魔法の力で小さくなっていった。

 全身が発光し、エレノアの姿はやがてフェードアウトする。無事に、逆行転生が成功したのであった――。




「ふぅ… あ」


 ベリアは1人になったあと、はっとなって気まずい表情を浮かべた。


「やっば、『ざまぁ展開を起こせ』って言うの忘れちゃった! …ま、まぁいいか。村から逃げさえすれば、あの王子様に出会えるだろうし」


 ベリアはそう独り言を呟きながら、冷や汗気味にバインダーへと目を通したのであった。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る