まりな、「歌姫」として生きる事を決意する。

 まりながその後見てきた光景は、まるで歴史の教科書で見てきたかのよう。

 国民から、「おめかし」をはじめとする様々な権利や娯楽を奪い、極限まで我慢をさせ、国全体を混乱へ陥らせた国王と女王は、その場にいられなくなり夜な夜な逃亡した。


 もちろん、ともに別行動だった。

 お互いの本性を知ってしまい、もう完全に冷め切った夫婦関係では、修復不可能という事なのだろう。それぞれのこだわりが強すぎたが故の、見事なまでの王政崩壊を目の当たりにしたのだった。

 あれから、男性たちは国へ戻ってきた。しかし、中には未だにこんな価値観を持つ者も。


「ふん。確かにあの王室のやる事は異常だったが、そもそも『おめかし』もしなければ我々を満足させられない女なぞ、所詮は欠陥品ではないか。今の女共は何を自惚れているのやら」


 勿論、冗談でもそんな事を言い出す男性は、最初だけ現れてはすぐに見かけなくなった。

 女性、子供だけでなく、男性からの怒りをも買ったからに他ならない。


「ま… まだこの状況でそれを言うか! その『女』である母親から、貴様は生まれてきたのだろう!? 貴様は、そうやって自らを育ててくれた母親をも侮辱する気か!!?」

「ひぃぃ~!!」


 まりなは、そんな長い月日での混乱から抜け出したばかりで、ずっと溜め込んでいたストレスを吐くのに慣れていない国民を少しでも落ち着かせるべく、なおも歌を歌い続けた。

 女性達から奪われてきた化粧品を取り戻し、農業は再び活気を迎え、まだまだ資源が豊富に取れる事が判明した今、まりながすべき事は殆どない。

 だけど、驚くべき事が起こったのだ。


「嗚呼。やはりいつ聴いても、まりなの歌声はとても心に響くわね。カミーユさん」

「ホラぁ、やっぱり歌わせて正解だったじゃないの~リュドミラさん。しかし、あの時は本当にあっぱれだったわ! あの女王達は『悪女』だなんて罵っていたけれども、私達にとっては、まりなさんは最高に素晴らしい聖女ですわよ~オホホホホ!」


 なんて、モノの生成はせず「歌」だけに留めても、国民は彼女を祝福してくれたのである。


 なんだか、不思議な気持ちだった。

 てっきり、自分はその役目さえ終えれば、みんな見向きもしなくなるだろうと思っていたのが大きい。もしそうなった場合は、住む場所を変えようと考えていたのである。


 自分には、音をカタチに出来る魔法があるのだから、その気になればいくらでも――。




「おかえりなさい。あなたの歌、素晴らしかったよ」


 目の前が、真っ白になった。


 まりなは辺りをキョロキョロと見渡す。

 あの時の天界そのものだ。目の前には少女・ベリアが、バインダーを持って立っている。


「驚いた? あなた、けさも広場で歌を披露し、皆を笑顔にしたのち疲れて寝ちゃったでしょ? ここはあの時と同じ、寝ている間の『夢』として呼んだだけだから安心して」

 と、ベリアはいう。

 まりなは、自分が何かの拍子で次こそ死んだのではないかと、一瞬焦った。だけど、ベリアの表情からしてそれはないようである。という事は、元きた世界も…?


「あなたは今も、元の世界で昏睡状態に陥っている。残念な事に、明日までに目覚めなかった場合は生命維持装置を外し、脳死にするそうだよ。家族も泣く泣くそれに同意している」

「え!? そんな!」

「ところで。少し呼び込むのが遅くなったけど、転移先でのざまぁ展開おめでとう。あなたの活躍によって、国王や女王のみならず、そこらのバカな男達十数人までをも痛い目に遭わせる事ができた。その目で見たでしょ? 女性差別をし、批判を浴びたオッサンとかさ」

「…確かに」

「という訳だから、最初に約束した通り、あなたの願いをここで1つ叶えて差し上げよう。ゆっくり考えてからでもいい。あなたの願いをいってごらん?」


 そういって、ベリアが差し出した手の平から、ほんのり赤い火の玉が浮遊しはじめた。

 まりなは息を呑んだ。それが何かは分からないけど、ついに願いが叶うのか。


 ――もう、願いは決まっている。

 そう決意するまりなの瞳が、どこか遠くを見つめている。彼女は答えた。


「私を… 元の世界で、生き返らせてください」


「!?」

 ベリアは僅かに驚きの表情を見せた。相手は気が狂ったのかと動揺した。

 まりなの口から、意外な願いが告げられたからだ。念のため、こう確認する。


「それって、昏睡状態から、目覚めさせてほしいってこと?」

「はい。もう1度、故郷で生きてみせると決意しました。残されている、家族の為にも」

「…可能だけど、願いは1つだけだよ? もしその願いを叶えたら、元きた世界で“音をカタチに”する魔法は使えなくなる。異世界では使えるけど。再びイジメに遭うかもしれないし、転移先からあなたの存在は消え、リュドミラ達が心配するだろう。それでもいいの?」


 ベリアの眼力が、強い。

 だがそれでも、まりなの意思が揺らぐ事はなかった。まりなはベリアを真っ直ぐ見据えた。


「魔法がなくても、『歌』で人々を笑顔にする事はできる。異世界でそれが証明できたから、もういいんです。リュドミラさん達には申し訳ないけど、今まで見せてきた光景は、すべて『謎の妖精が現れた』という事で――


 突然、地獄に落とされた家族を… 殺人という、身に覚えがない冤罪をかけられた父の無念を晴らし、イジメの原因となった犯罪者の娘というレッテルを覆すため、私は戦います!」


 それが、まりなの出した「答え」であった。


 本人がそういうのなら、仕方がない。そう思ったのだろう、ベリアは肩を落とした。


「わかった。元気でね。強く生きるんだよ」


 こうして、ベリアの放った火の玉が力強く瞬いた。


 その輝きが、まりなの全身を、転移した時のように包み込んだ。

 まりなが、優しい笑顔を見せる。転移前に見せた、最初の弱々しい姿が、まるで嘘のよう。


 光は数秒で、美しい音色とともに、縮小していった。

 そこにもう、まりなの姿はなかった。願い通り、元の世界へ帰ったのである。




「ふぅ。終わった… まぁ、今のあの子ならやっていけるかもね」


 ベリアは、片手に持っているバインダーへと目を通す。

 一体、何が書いてあるのか。そこに魔法で生み出したペンをスラスラと走らせ、遂にそのバインダーは浮遊と同時にフェードアウトしたのであった。


「いやぁ、今回は中々の収穫だわ。こんなに沢山、邪悪な心が集まったんだもの。やるね」


 そういって、ベリアは次に両手を器にし、そこから幾つもの火の玉を生み出す。

 それは、先に見せた赤い火の玉とは、また別のものだろうか?


「予想通り、か。まぁあれだけ因果律の高い子だし、魔法もその分、強力なものとなる―― よし。これだけ集まったし、もうあの準備・・・・に入っても良いかな?」

 そう呟きつつも、ベリアは気が変わったのか、それら火の玉をフェードアウトさせた。


 少女の目線は、どこか上の空だ。

 彼女は最後にこう独り言を呟き、天界から姿を消したのであった。




「いや。念のため、もう少しざまぁ展開を起こそう。さて、次は誰を呼ぼうか」


(第2章 完)

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