まりな、女王の醜い美への執着を歌で制裁する。

「お前たち、何をしている! 逃げるんでない!」


 敵陣の奥から、酒焼けのような女性の声が響いた。

 まりなは、これまた初めて耳にする声だ。だが今までの流れからして、その主が何者かは何となく想像がついた。


 その女性は、残った兵士たちに護られるような形で、聖堂へと姿を現した。

 濃い厚化粧に、贅沢なほどジャラジャラと宝飾が施されたドレス。そして、気持ち悪いほど香水のかけ過ぎで臭い。明らかに美的センスの麻痺した女。


 そう。その王冠を被った人物こそ、この国の女王であった。


「見つけたぞ、この悪女め!! よくも、世界で最も美しいこの私の顔に泥を塗ってくれた!! 国家反逆罪で、お前を死刑に処する!!」


 女王はそう汚い声で叫びながら、少し距離のあるまりなへと震えた指をさした。まりなは、この国が寂れている理由が、よく分かった気がした。

 剣を浮遊するのをやめ、この世界にて見様見真似で覚えたカーテシーを披露し、こういう。


「『はじめまして』、ですよね? 女王陛下殿。初対面早々、いきなり死刑だなんて。一体、私が何をしたというのでしょう?」

「ぐぬぬ…! 知らないフリをしても無駄だ、罪人が! お前は、我が国の『おめかし禁止令』を破り、国民に不要な贅沢品をばら撒いた! お前の家族を人質に取ろうと思ったが、まさかニホンという存在しない国の者と偽り、反逆を行っているスパイだったとはな! もう逃げられないぞ!!」


 女王の、そんなヒステリックな言葉をきいてハッとなった。

 ――だからか! ベリアが、転生者ではなく転移者として、私をここへ送り出した理由。


 つまり、今のまりなは失うものがないという事だ。彼女はグッと拳を固め、こう反論した。


「女性たちは皆、おめかしだけでなく、日々の不衛生な環境と向き合いながら生きています。なのに、そんな彼女たちを醜くなったという理由で国の男性たちが離れていき、生活がどんどん苦しくなっているのだと聞きました。だから、少しでも皆の手助けになりたく…」

「だからぁ!! 今、その為の資源が枯渇しているから、禁止令が出されているのだとなぜ分からぬ!?」

「だったら、その資源を生み出せる私の歌でまかなえばいいだけですよね? お言葉ですが陛下。本当は、自分より美しい人が現れてほしくないから、皆からおめかしを奪い、資源を独り占めしているんじゃないんですか!? その化粧といいドレスといい!」

「うあぁぁぁぁー!! あぁぁ…! 耳障りだ! あ、あの女の声なんか聞きたくない…! お前たち!! あの女の喉をかっ切れ!!! 早く殺せー!!!」


 図星か。

 見た目は美しく纏っているつもりなのに、中身が信じられないくらい、醜い。

 そんな異常な精神状態の女が、この国の女王とはなんと悲しいことか。

 まりなは頭が痛くなった。だけど向こうがその気なら、こちらも再び歌で対抗するまで。


そびえ立つ壁を前に 私は願う この世界の平和を 誰もが美しくいられる権利を!』


 まりなの前に、3mほどの石の壁が地面から伸びた。

 それが大きな盾となり、兵士たちによる2度目の襲撃、砲弾を、全て弾いたのだ。

「なに!?」

 女王は更に目を充血させ、まりなを睨んだ。まりなの歌は続く。


『さらけだしなさい! あなたの本当の姿を! 今の自分を見てみなさい!』

「ぎゃああああああー!!!」


 まりなの歌が、女王の厚化粧を、ドレスについている宝飾を容赦なく剥がしていく。


 女王の身から、おめかしで誤魔化されている部分が、全てさらけ出された。

 ドレスまで脱がせないでおいたのは、まりなのせめてもの優しさだ。今の女王の姿は、ひどい肌荒れに無数のシワ、そして油ぎった頭髪で塗れていたのである。


「あぁ…! あぁぁ…!! やめて! 見ないで! こんな姿を、夫に見られたら…!」


 女王は、自らの顔と頭を手で隠した。

 王冠が脱げ、カランコロンと転がり落ちる。はだけた頭頂部からは、大量のフケがぽろぽろと剥がれていった。なんか異臭も漂っている。

 まりなは鼻が曲がりそうになりながらも、ここは気を強く引き締め平静を保った。その時、


「『こんな姿』とは、一体何ごとだね? 久々に男達をこんな所へ呼び戻す羽目になった、例の悪女を囲んだのではないのか?」


 野太い男声だ。その中年男性は、後からこの聖堂へとズカズカ入ってきた。


 比較的ハンサムな顔立ちだが、身なりと態度からして、少し戦闘狂いに感じるその男。

 まりなは確信した。この人が国王、つまり女王の夫という事か。


「なっ…! 何者だね!? そ、そこにいる汚い魔女は!!」


 国王は顔を青ざめた。

 彼が目を見やったのは、もちろんその場でうずくまっている女王。まりなの歌で化けの皮が剥がれ、とても醜く汚い姿と化している。それは、どんなに手で隠そうとも無理があった。


 まりなは、もうこれで兵士が襲ってくることはないと判断し、歌で石の壁を消し去る。

 周囲が驚いている中、女王の時と同様、カーテシーののち挨拶を述べた。

「お初にお目にかかります、国王陛下。

 ところで、女王様。今、どういうお気持ちでいらっしゃいますか? 国民は2年もの間、今のあなたと全く同じ境遇に立たされてきたのです。その『痛み』、思い知りましたか?」


 初対面の君主相手に、随分と生意気な口を利いているなと、まりなは我ながら思う。

 だが、見ても分かる通り先の襲撃があって、まりなはそれらを一蹴してきたのだ。その実力誇示のため、敢えて強気に振る舞ったのであった。

 国王が、怖いものを見ているかのように後ずさりをした。


「そ、そんな…! 嘘だ!! そんなバケモノが、じょ、女王だと!? 私が知る女王は、この国で最も美しく、私がその存在価値を認めた唯一の人なのだぞ!? そ、それなのに!」


 女王は、そんな自身を避ける様に離れていく国王を、涙目で睨みつけた。

 女王は怒りの限り叫んだ。

「バ… バケモノですって…!? 最低よ、あなた! 大体、あなたがそうやって女性を見た目で判断し、浮気ばかりで宮殿の修繕もロクにしてくれないから、私が気を引くために一番美しくあろうと努力してきたのに! 一体、誰のせいでこうなったと思ってるの!?」


 ――そういう理由だったのね。そんな単純バカな男に振り回され、生き辛くなったから、人々の美を権力で奪うしか道がなかったと。

 まりなは内心呆れた。それと同時に、

 ――だからといって、女王のやってきた事を許そうとも思わない… 一度消えかけた命だけど、そんな私を殺そうとか、そこまでする人なんて誰が許すか!


 と、更なる怒りを覚えたのも事実だ。

 すると、その想いが届いたのか、周囲からこんな掌握の声が、兵士たちからも掲げられた。


「わ… 私達の生活を返せ! 女王が、全部隠し持っている事はもう分かっている!」

「返せー! もうこんな生活はゴメンよ!!」

「わ… 我々も騙されたぞ! 妻と娘に謝らせろ! 何度資源を補給しても、この国の女性達が別の所へ売って金にし、酒浸りに贅沢をしていたなんて話は嘘じゃないかー!!」

「ふざけるなー!!」

「王政反対ー!!」

「「わあー!!」」


(つづく)

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