まりな、美を掌握したせいで命を狙われる。

 教会の聖堂にて、1人、ふぅと深呼吸をする。


 空を見上げるように、決意の目を向け、まりなは歌を歌う。

 元きた世界で、いじめの被害に遭う前まで披露していた、得意分野の音楽を活かして。


『甘いチョコレートが目の前に 気分晴れやかに、目いっぱいおめかしもして』


 と、転移前にベリアから教えられた例文と、今回の情勢にフォーカスを置いた歌詞を綴る。

 すると、


 パァッ

「「え!?」」


 礼拝に使われる会衆席から、聖堂全体にかけて、リュドミラ達の声が響き渡った。

 なんと、歌を歌ったまりなの目の前から、本当にチョコレートと化粧パクトが浮遊した状態で生み出されたのである。


「うそ」

 まりなは歌を中断し、その浮遊した2品をゆっくり手に取った。

 形や質は、まりなが歌いながら想像したものが、そのまま反映されている感じだ。ベリアの言う通り、この魔法は主の歌が上手なほど、高クオリティの形を生成できるようである。


「それは、化粧品! それと、これは何のお菓子? まりな、あなた魔法が使えるの!?」

「嗚呼。まりなさんの歌で、私達の求めていた物が生み出されるなんて! 奇跡だわぁ」

 と、女性2人も感激だと言わんばかり、まりなの元へ駆け寄る。

 自分にそんな力が備わっている事が嬉しい反面、緊張感が拭えなかった。

 まりなは2人に魔法で生み出した品を手渡し、これが決して幻覚ではない事を証明した上で、こういった。


「す… すみません。久しぶり・・・・だったので、今はこの程度しか、歌を発揮できなくて」


 と、あくまでこれが本気であるかのように謙遜する。

 どんな相手であれ、自身の弱みを握られる様な一面を出してはならないと、元きた世界で学んだのだ。異世界へ来ても、未だにいじめられっ子体質が抜け切れていないのは悔しい。


「いいのよ、まりな。あなたにそんな力が備わっていたなんて知らなかったわ。きっと、国民もあなたの魔法を見て喜ぶはずよ。再び、私達がおめかし出来る日も近いかも。なんて」

「あらぁリュドミラさん、本音が漏れちゃってるじゃないのー。でも、確かにその歌の才能をここだけに留めるのは勿体ないわねぇ。ねぇまりなさん、あなたならもっと外の世界で活躍できるんじゃないかしら? 慌てなくていい、ゆっくりでいいから… どう~?」

 なんて、予想通りまりなの能力に期待しだしたリュドミラとカミーユ。


 彼女たちが内心、まりなを私利私欲で利用しようとしているのかは、定かではない。

 だがそれは見方を変えれば、こうしてまりなが常に周囲を警戒しつつ、何かあった時にすぐ魔法で対処できるよう、練習の機会を与えられているという事だ。

 それに、自分がこの異世界へ転移した一番の理由は、



『あなたには国を牛耳っている悪党を最低2人以上、お仕置きしてほしいんだよね。もし、任務を無事に成功させたら、なんでも願いを1つ叶えてあげるよ!』



 という、ベリアから命じられた任務と、報酬である。


 果たして、あの少女が言っていた「悪党」とは誰の事だろう?

 今までのリュドミラ達の会話からして、恐らくこの国の女王と国王を指している可能性はあるが、果たして――。まずは自分が強くなるために、まりなは決心を固めた。




 外へ出てみると、街はどこも女性や子供ばかりで、男性は見当たらない。みな、国王の命で遠方へ出向いているのだろう。

 だが、ベリア曰く男性らは「女性に魅力を感じないから国を出ていった」とあった。

 それが本当なら、なんて無責任な人たちなのだろうと内心、不信感が芽生えてならない。


 まりなはそんな女性子供だけで一生懸命働き、生活をしている人々に向けて、歌を披露するための練習を行った。元きた世界で隠し持っていた才能を、再び開花していった。

 歌詞の通りにモノを生成し、それを提供する。

 歌った分の消費された体力は、生成した食べ物で補う。まさに「歌う永久機関」。

 最初は小さなパクトや、ティータイム2~3人分程度の食料が生み出せるくらいだったが、やがて自分と同じ大きさのものを一度に生み出せるまでに成長した。


「見て! あの人が噂の魔法使いさんだよ。ニホンという遠い国からきたんだってー」

「噂で聞いたわ、あの人がきてから凄くお肌の調子がいいの。こんな気持ちは久々だわ」

「おっほっほ。今や国中、お嬢ちゃまの噂で持ちきりじゃのう。将来が楽しみじゃ」


 まりなは自分に自信がついてきたと同時に、少しずつ、その時が・・・・近づいてきている・・・・・・・・のを実感していた。

 それが、まりなの予想している“未来”だ。自分という魔法使いのチートが、この国の人々が求めるものを生み出せる存在だと知られたら、一体どうなる事か。


「!!」


 その時、聖堂ドアから大きな開閉音が鳴り響いた。

 神聖な場所で、とても乱暴な物音だった。罰当たりな行為と捉えられてもおかしくない。


「あの女だ! ひっ捕らえろー!!」

「「おおおーー!!!」」


 この異世界に来て、初めて目にする男性たちだ。

 だけどまさか、こんな殺伐とした初対面になるとは、何とも皮肉なものである。

 男性たちは兵士の姿で、一斉にまりなへと襲い掛かってきたのだ!


つるぎの舞よ! 我をまもたまえ!』


 まりなは怯まなかった。

 彼女は歌った。戦いを意味する歌を、歌詞を。

 すると、まりなの周囲を取り囲むように、無数の剣が浮遊して生成されたのだ。まりなは兵士たちが迫ってくる方角へと指をさし、さらに力強く歌う。


『皆のもの、進め! この苦境を打ち破れ!!』


 まりなの歌声に従い、浮遊していた無数の剣が、一斉に兵士たちへと発射された。

「「うわぁぁぁー!!」」

 無数の剣の飛来は強力だ。兵士たちはそんな予想外の攻撃に驚き、戦陣を退いた。

 中には手に持っていた盾を、まりなの攻撃で弾かれ、足がすくんだ者もいる。この異世界には魔法なんてないのか、もしくは珍しいのだろう、まりなにとって有利な戦況であった。


 まりなは一人心の内に留め、いずれきたるこの最悪のパターンを予知していた。


 それは、「自分」という存在を狙う敵対勢力が現れること。

 この事を今日まで誰にも告げなかったのは、まりなの弱みとなる情報を耳にした敵に、先手を打たれてしまうと思ったからだ。これも、過去のイジメ被害から学んだことである。


(つづく)

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