まりな、おめかし禁止の国の修道女になる。

 まりなが目覚めた先は、とある修道院の一角にある、寂れた女子寮――。


 ベッドから起き上がると、顔も見た目もそのまま。

 部屋の鏡に映るは、佐藤まりな本人。


 だけど、衣服だけは中世の修道女さながら、白を基調としたワンピースを纏っている。


「おはよう、まりな」

 ドアが開き、奥から壮年の女性が顔を出してきた。

 その後ろには更に別の女性がいて、かなり歳を召した印象を受ける… が、まりなは思わず「え?」と声が出そうになった。


 この異世界には初めてきたはずなのに、周囲はなぜか自分を知っている。

 その事に驚くのは勿論なのだが、それ以上に

「紹介するわ。彼女は遠い国の孤児院から引っ越してきた、佐藤まりなよ。こちらの方は地主のカミーユさん。そして私は、ここのシスターを務めるリュドミラ。よろしくね」

「はじめまして、まりなさん。あらまぁ、なんて端正なお顔をしているのかしら。うふふ」


 まりなは目を見開いた。

 その女性達の衣服はボロボロで、しかも頭髪はボサボサ。顔や肌に至っては、ニキビや煤の様な黒い汚れがついていたのだ。言葉使いや仕草は気品があるのに、である。


「は、はじめまして」

 まりなはとりあえず相手に失礼がないよう、挨拶した。

 ここで日本式のお辞儀をして良いのかと一瞬戸惑うが、不審な動きを見せては、また・・生き地獄を味わう羽目になる。もう、あんな思いをしたくないとばかり気丈に振る舞った。


「…そうね。あなたはまだここへ来たばかりだから知らないと思うけど、この国は2年前から女性の『おめかし禁止令』が出されているの。なんでも、領土内で手に入れられる資源や原料が枯渇してきているからという理由で、いま本当にケアも何も出来ない状態で」


 最初に顔を出したリュドミラが、まりなの表情から察したのだろう説明してくれた。

 なんとなく国全体が寂れている様な気がしていたが、まさかそんな事情があったとは。


「え… そうなんですか?」

「えぇ。お陰で綺麗な服を売っている店は少ないし、化粧品も全部没収されてしまって以来、よそ行きも難しくて」

「あれよ~? リュドミラさん。どうもこの国の女王だけが、おめかしを許されているんじゃないかって噂よー。それに、私達がこんな不可抗力で醜くなっているのを、この国の男達が嫌がっていると見込んだ国王が、国外へ原料調達に行かせたきりじゃないの!」


 と、歳を召したカミーユがいう。表情からして、とても国に不満を持っていそうだ。


「それだって進展の兆しはない。一度国外へ出た男達は戻ってこないし、私達の生活は苦しくなるばかり。男がいなければ結婚もできないし、子供だって生まれないでしょう? そうやって跡取りが途絶えてしまっては、どんどん人が減って国は寂れていく一方よ」

 リュドミラがそう予見した。

 まりなは転移早々、イジメからの解放に安堵している場合ではなくなった。


 ――そこまで、国が大変な事になっているなんて! あの案内人の言う通りじゃないの。


 まりなが元きた世界の、今の日本社会を見ている様な気分だ。

 国が上流階級の一方的な搾取により、国民の貧困層が増えるほど、物品を買う機会も減るから経済が回らなくなる。結果的に物品そのものが売っても利益にならないと見なされ、どんどん国内から品目は減り、やがて人々は結婚や子育てに希望を持てなくなるだろう。

 そうなれば当然、少子化は進み、考えられる最悪のケースでは国が滅びていく。一高校生でさえ、安易に想像がつく未来であった。


「ごめんなさいね、ずっと後ろ向きな話ばかりで。という事だからまりな。今からでもその美しさを保つために、周りの汚れ仕事からは出来るだけ距離を置くよう過ごしてね。私達シスターは、神に祈りを捧げる事で、この国が救われる事を信じていくだけだから」


 そう言われても、まりなはこの先やっていけるのか、心配であった。


 だが、それとは対照的に、まりなを自信づけてくれる要素があった。

 先程、リュドミラとカミーユが示唆したように、今のまりなはこの異世界の中でも、かなりの肌質の良さと美貌を兼ね備えている事が分かったのだ。


 いや、正確にはこの国の女性達が、醜くなってしまっているせいか。

 化粧やスキンケアさえ出来れば、きっとまりなの様な地味な娘はすぐ人気が埋もれるほど、みんな元は良い素材で生まれてきたはずだと信じたい。


 だからこそ、まりなはこの国の問題を、どうにかしたいと思った。

 今の自分は恵まれているからこそ、その維持と安定も兼ねて誰かの役に立ちたいのだ。自分だけが、贅沢な思いをしながら暮らすなんて、この先絶対に不可能だから。


 ――私が授かった魔法って、確か、歌で「音をカタチにできる」んだっけ?


 まりなは転移前のことを思い出した。

 果たしてその能力を、この修道院で発揮していいのか、まずは確認してみる。


「あの… いきなり変な事をきくかもしれないんですけど、ここって、人々を救うための歌を歌っても大丈夫ですか? 私の元きた世界… ううん。国では、それが普通でして」

 と、少し下手に出るように。

 するとリュドミラが、とたんにほころんだ笑顔を浮かべ、答えたのであった。


「あら、素晴らしい提案ね! もちろんよ。とても前向きで希望が持てる歌であれば、きっと神は私達を歓迎してくれるわ」


(つづく)

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