サラ、今の人生を目一杯に楽しむ。

 この後の、国王による侍従達への命令と、第一王子達に下した罰は凄まじいものがあった。


 まず、第一王子とヒロインは真っ先に別室へとしょっ引かれた。

 その間も、サラが発現した魔法のせいで2人の心が入れ替わっているままだからか、彼らが自分で自分を罵倒するような姿は、見ていてとても滑稽こっけいであった。

 正確には、いつ元に戻してあげようがタイミングが分からず、放置したわけだが。


 次に、フランチェスカと肉体関係を持ち、証拠隠滅や捏造の手助けをしたとされる侍従数人も尋問を受けた。

 彼らの手元からは事務所の合鍵と、ティーカップの銀に反応しないタイプの睡眠導入剤、果てはフランチェスカが無断でアクセサリーを使用していた形跡までもが見つかり、サラは酷く頭を抱えたものだ。

 だが、これはまだ序の口。最後はロザリオが計画していた暗殺の件だが、なんとフランチェスカが通うアカデミーの学友数人に、殺し屋の依頼を渡していたことが判明。

 しかも彼らがそんな無茶な依頼を引き受けた理由が、自分達の妹や若い女家族を意味深に名指しされたという、一種の脅迫概念であった。


 当然、そんな非道な計画を企てた第一王子を王宮に置くわけにはいかないと、国王の命により、ロザリオは厳格なシスターや修道院たちが住まう離れへと飛ばされた。

 フランチェスカについては不明だが、恐らくアカデミーの籍ごと、追放された事だろう。


 こうして名誉を挽回したサラは引き続き、事務所を持つために王宮に住むか、もしくは実家へ帰れるよう手配してもらうかの選択肢を、言い渡されている。

 時間は無制限なので、いつでも帰りたくなったら言ってほしいと、国王は告げた。

 サラはどうしようか、現在も悩み中だが――。




「おかえりなさい。そして、悪党たちに無事下したざまぁ展開、お疲れさま」


 目の前が、真っ白になった。


 あの時と同じだ。

 真っ白なこの「天界」に、あの案内人の少女ベリアが、目の前に立っている。


「ここは…? 私、まさかまた死んだの…!?」

 サラは不安な表情を浮かべた。ベリアは首を横に振る。

「あなた、あの騒動の後に疲れがドッとでて、早めに寝ちゃったでしょ? 今はあなたが寝ている間の『夢』として、ここへ招待しただけだから、大丈夫」

「え? あ、あらそう…」


 ベリアはコクリと頷いた。

 最初の時と同じように、バインダーを手に持っている。サラはとある疑問をたずねた。


「私に、授けられたあの力… あれから、ずっと放ったらかしにしちゃっているけど、大丈夫かな?」

「あー、そういえばソコ説明してなかったね。ごめんごめん。あの力は、3日も経てば自然と元に戻るから、放置しておいて大丈夫だよ」

「そうなの!?」

「うん。そうそう、それで本題だけど、この度無事に悪党を制裁した報酬として、あなたの願いを1つ叶えてあげる。ここまで来れたんだし、今なら私の言葉も信じられるでしょ?」

「…まぁ」


 サラがそういうと、ベリアがここで手の平から1つ、火の玉のようなものを浮かび上がらせた。それが願いを叶える「素」らしい。

 サラが異世界で見たような、あの魂たちと同じ様に見えるが、気のせいだろうか…?


「さて。どうしたい? なんでもいいよ。出来る限り、あなたの願いを叶えてあげよう」


 そう、穏やかな笑顔で告げるベリア。彼女はサラの返事を待ちつづけた。


 サラは、今日までの経験を得て、おおむね今後の人生設計は立てている。

 だから、いつまでも悩んでいる暇はないと思ったのだ。彼女は両手を腰に当てた。


「そうね… 前世はもう死んでいるし、仮に願いを使って蘇る事が出来たとしても、もうあんなストレス社会へ戻るつもりはないわ。私は、今のサラ・エンドリヒの人生を目一杯楽しむつもり。働いた分、ちゃんと報われるシステムですからね。だから特段、自分にかけたい願いというのは無いけど――」


 サラの言葉は、続いた。


「その力を、病気で苦しんでいる第二王子の治療に使ってほしい。医療費をネコババした第一王子達の仕業とはいえ、その悪行にずっと気づけずにいた私にも、責任はあるもの。国王と、まだ良く知らない相手だけど、第二王子となら、上手くやっていける様な気がする」


「わかった。それじゃあね」

 ベリアは、サラの願いを快く承諾した。


 すると、その火の玉はサラのいる方向へと浮遊し、次第に眩しい光を発する。

 その光は、サラを包み込むほどの規模となり、やがて綺麗な音とともに縮小した。


 そこに、サラの姿はなかった。

 サラは、願いが叶ったと同時に、元の異世界へと戻されたのである。


 これでもう、ベリアと暫く会う事はないだろう。サラが異世界で生涯を終えない限りは。




「終わった… 今のあの人なら、第二王子と仲良くやっていけそう」

 ベリアがそう独り言をつぶやきながら、バインダーにスラスラとペンを走らせた。


 そして数秒後、バインダーが静かにフェードアウトする。本案件が終了した証拠だ。


「さて。これで邪悪な心を2つ手に入れて、1つは願いに使ったから、もう1つは…」

 気を取り直し、次の仕事を取り掛かる体勢に入ったベリアが、顎をしゃくる。




「邪悪な心」とは、一体何なのか?


 それを知る者は、ベリア以外に誰もいなかった。


(第1章 完)

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