サラ、元婚約者と浮気相手の魂を入れ替える。

「はぁ~! なんて簡単で楽なお仕事なの~!!」

「サラ様。今日は一段と、仕事に精が入っていらっしゃるようですね」


 サラにとって、翌日向かった職場での環境は、まさに天国の様な驚きの連続であった。

 この事務所に常駐している「クララ」というメイド風の女性も、今日は上司の喜んでいる姿に少し驚いているようだ。

 サラは早速ここの業務内容を知り、顔が綻んでいた。正直、王子の事などどうでもいい。


「だって、私のやる事が一日たったの3時間『書面の作成と署名捺印』だけでしょう!? しかも昼食もマッサージ休憩も全て用意されているなんて! それであの給料よ!? もう、あんな汗臭い電車に乗る事もなければ、一々あんなモンペどもの顔色を気にする必要もないし、子供が急な熱を出しても『保育士が適当な事をしてるからだ』と言われる事もなければ夜9時まで残業させられる事もない! もう、今の仕事がどれだけ楽なことか!!」

「あ、あのぅサラ様? 失礼ですが、先ほどから一体、何を仰っているのですか…?」


 あ、しまった。この異世界に、電車や保育士などの概念は存在しないんだった!

 そう思ったのか、サラは途端に口を塞いだ。咳払いをし、話を本題に戻す。


「ゴホン… いいえ、こちらの話よ。しかし面倒な事になったわね。あの第一王子から婚約を破棄され、2週間以内に成果を出せなければ追放の一途だけど、まぁ追い出されても今の自分のキャリアがあれば? 引き続きここで何とかやっていけそうだし。ねぇクララ?」

「あの。それが…」


「えぇ!? あのフランチェスカが代わりにここを管理するですって!?」

「はい。それも、利用者の多くがそれを望んでいるみたいでして。第一王子の手元には、すでに数百件ほど、サラ様の解任を求める署名の紙が集まっているようです。すでにこの事は、王宮内のほぼ全域へと話が広がっています」

「なにそれ… だからあの第一王子は、平然とした顔で婚約破棄なんて言い渡せたのね」


 クララから、衝撃の事実を聞かされた。

 これでは、確かに2週間で挽回するにはあまりに短すぎる。署名者を1人1人特定するのも効率が悪いし、ここは直接ロザリオとフランチェスカから事実を吐かせた方が早そうだ。


 それにしても数百もの署名など、一体どうやって第一王子の手元に集めたのだろう?

 怪しい。サラは顎をしゃくった。仕事そのものは楽なので、それだけさっさと終わらせたら、あとでロザリオ達の様子を見にいこう。しかしその後はどうするか。


 サラはハッとなった。そういえば、この異世界に転生する前――。



 『このまま転生しても殺されるだけだから、あなたに「相手と相手の心を入れ替える力」を授けてあげる。これを上手いこと使って、ざまぁ展開を起こしちゃって』



 それだ。相手と相手の心を入れ替える力。

 しかし今、その能力が自分に付与されているのだろうか? はて、どこで試そう?


 ――やっぱりあの2人・・・・かな。いきなりこっちが知らない人同士で試したってどうしようもないし、あの時の説明からして、自分自身には効果を発揮しないものとなれば。


 サラの中で、今夜行う計画が定まった。

 とにかく、ここは何としても追放だけは避けたい。宝飾ブランドの仕事を消化するためにも、サラは書面作りでパチパチとタイプライターを打ち込んでいった。




「ではロザリオ様、私はこれで。本当はもっといたいのに、時が経つのは早すぎますわ」

「私も同じ気持ちだが、また明日があるさ。おやすみ。愛しているよ、フランチェスカ」


 サラはその扉の向こうで聞き耳を立て、思わず吐き気を催しそうになった。


 もう婚約を破棄された身とはいえ、自分という女が同じ屋根の下で暮らしている中、あの王子はよくもまぁ平気で他の女といちゃいちゃ出来るものである。と、思ったに違いない。


 しかし、消灯までの時間は短い。

 サラが向かった頃には、2人は就寝のため、自分達の部屋へ向かっている途中だった。

 サラは2人に見つからないよう、廊下の柱へと身を潜めた。


 ――さて。ちょっとお試しで、あの2人の魂を入れ替えてみますか!


 サラは息を殺しながら、悪戯心に呪文を唱えた。

 天界で、案内人ベリアが発した時と同じように、遠くにいる対象へと手をかざしながら。



 ――!!



 サラの視界に、確かな非科学的現象が横切った。

 自分が手の平をかざした双方から、2つの火の玉のようなものが交差するように飛び出し、それぞれが別の肉体へと乗り移ったからだ。

 王子からヒロインへ、ヒロインから王子へ。


「ひゃっ」

 サラはすぐに呪文をやめ、自身の両手をすぼめた。


 今みえた火の玉2つは、例の「魂」だろうか? だけど、お互い気づいていない。

 どうやらその概念や能力は、サラ以外には視認できないようである。

 そうと分かれば、あとは2人の様子を隠れながら見ていくだけだ。すると――。


「へ? うぇ!? え、なんだこれ!? ひっ、こ、声が…!」


 フランチェスカが早速、その違和感に気づき、とある侍従達の寝室前で足を止めた。

 そして自ら着用しているドレスを見て、めくって、この異様な光景に驚きを隠せないでいる。しかも自分が発した声にも驚き、思わず自身の喉元を掴んだ。


「え…? 男?? え!? 私、ロザリオ様に… えぇぇ!?」


 一方、あの第一王子がいる部屋からも、そんな男の動揺と悲鳴があがる。

 気持ち悪いほど、男の裏声が出ているものだ。それもそのはず、今そこにいるロザリオは自分ではなく、フランチェスカの魂が乗り移った姿なのだから。


 そんな2人は今、お互いが離れているから、相手の様子に気づいていないのだろう。

 その中継点に立つサラは、この異様な光景をみて、つい笑いを堪えるのに必死だった。不謹慎ながら、まさかここまで面白い反応が見られるとは、思ってもいなかったからだ。


 だがサラが、自分にこんな特殊能力が備わっている事に喜ぶのも、束の間。

 そこから数十分かけて、次々と恐ろしい事実が発覚した。


(つづく)

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