サラ、初っ端から婚約破棄を言い渡される。

「サラ・エンドリヒ! 本日をもって、貴殿との婚約を破棄する!!」


 ――ここは?


 三保… 否、サラの視界には、真っ白な世界とは異なる光景が映し出されていた。


 かの天界にいた案内人の言う通り、中世ヨーロッパ風の装飾が施された謁見えっけん豪華ごうか絢爛けんらんなドレス、格式の高さを醸し出す肩章、そして自身をさげすむように見つめる衆目。

 そんなサラの目前には、金髪碧眼の若い男と、その男の腕に抱きつきながらサラを警戒する、淡い桃色のドレスに身を包んだ若い女。


 ――あー。私、本当に転生したんだ。で、この2人が第一王子とその浮気相手のヒロイン。


 サラはすぐに状況を飲み込む事が出来た。

 だが、転生のタイミングには妙な悪意を感じる。なぜなら、婚約破棄を言い渡された瞬間から、サラの人生がスタートしたからだ。


「サラ・エンドリヒ。君には失望したよ。今の私には、フランチェスカ・ランドゥメンヌという素晴らしい女性が、ここにいる。倹約家で、だけども気品があり、この様に衆目からも好感を得ているのだよ。それに比べ、ただ派手に着飾っただけで中身は空っぽな、人付き合いの好き嫌いが激しい君みたいなヒステリックさときたら!」

「ロザリオ様。もう、そのくらいにしてあげましょう?」

 と、第一王子に上目使いでなだめるヒロイン。


 ロザリオとフランチェスカ、か。サラはまだ転生したてで状況が飲み込めない中、まずはじっくりと登場人物たちを覚えていくところからはじめた。

 表向きは、平然としているつもりだ。

 それこそ、黒髪に赤を基調としたドレスという、いかにも悪女の雰囲気を見纏った――。


「ロザリオ。お前のその意思は、まことか?」


 玉座から、王冠を被った白髭の男性が立ち上がった。

 その人が、この国の王様か。サラはそう解釈した。これ以上に重量感のある衣装を着用した人物が見当たらないからだ。

「父上。私の意思は、未来永劫変わることはありません。フランチェスカがアカデミーに転入してから、あのサラのフランチェスカに対する態度には目に余るものがあります。侍従達とサラの仲は日に日に険悪となり、落ち度のないフランチェスカにまで怒りの目を向けるばかり。その事は、既に何人もの目撃情報が出ているのです」

「そうか。しかし、サラ・エンドリヒは一流宝飾ブランドの役員であり、会長である父の後を継ぐため、ここへ修行に来たはずだ。仕事の腕は上々で、我がフライマル王国の経済の一部を支え、ジュリオ第二王子の医療費にも貢献している。そんなお方と、婚約の破棄を?」

「それだって、最近は売り上げが下がっているとの報告が来ているのですよ! 民衆からは多数の苦情と、弟の病状は一向に改善しない。明らかにフランチェスカが来てから狂い始めている。このままでは、そんな役員を匿っている我が国の信用が落ちるのは明白です!」


 というのが、ロザリオ第一王子の言い分らしい。

 もちろん、サラはそんな話をすぐに鵜呑みにはしなかった。前世でつちかった経験と勘だ。


 ――状況を整理しましょう。

 この国には王子が2人いて、1人はさっき私に婚約破棄を言い渡してきたコイツ。そしてもう1人は、今は見当たらないけど第二王子がいるのね。で、恐らく学校の事でしょうアカデミーに転入してきた、あのフランチェスカという女。

 一方、私は一流宝飾ブランドの会長を父にもつ役員。という肩書きだから、一応やり手のキャリアウーマンって事よね? で、この国の王様はそれが経済の支えになっていると申した。つまり気に入られているという事。だから婚約に至ったんだろうけど、それもあの女が来てから一気に崩れ始めていると… この問題、どうも裏がありそうね。


「さっきから何も言わず、また何かよからぬ事を考えているようだがな、サラ。もうこれ以上の嘘や言い訳は通用しないぞ! 君には、近くこの国から出ていってもらうからな!」


 ロザリオの煩い怒声が、サラへ浴びせられた。

 サラはそれでも特段「怖い」とも「悲しい」とも思わない。突然の転生だったので、まずはこの状況をどう打開するべきか、精一杯なのである。

「もうよい、ロザリオ。あとで私の方から、事実確認を急ぐとしよう… ところで、サラ・エンドリヒよ。あまり信じたくはないが、もし今回の騒動に相違がない場合、我が国とて擁護のしようがない。君の父である会長とも、今後について話をしなくてはならぬだろう」


 サラは息を呑んだ。

 そういえば、この世界の自分の家族は遠方にいて、簡単に連絡が取れないのだときいた。


「だが、私も人の子だ。すぐに追放などという非道な行為はせぬ。よって、今から猶予を設けるとしよう。今日から『2週間』だ。それまでに、ブランドの名誉を挽回してほしい」

「に、二週間?」

 サラにとって、意外な通告だった。ロザリオは場の空気を振り払うように激高した。

「二週間だって!? そんなに長い期間、彼女をこの国にいさせるおつもりですか!?」

「サラの実家は遠い遠い国にあるのだぞ、ロザリオ。ものの2,3日で出来ることではない。寧ろ2週間は仕事の量からして、かなり切り詰めた方だ。これ以上の前倒しはできぬ」

「くっ…!」


 ――あー、なるほど。このロザリオって王子はなんとしても私を早く追い出したいから、恐らくこの後、父親に内緒で独断で追放を計画するのかもね。それもたった「3日後」に。


 サラはそう解釈した。ロザリオは歯痒そうに眉間にしわを寄せていたが、これ以上衆目が見ている前で怒り続けるのは良くないと判断したのだろう。

 彼はフランチェスカの腰に手を回し、きびすを返した。

「フン、いいだろう。父上のご厚意にはせいぜい感謝する事だな。まぁ、どうせ2週間では挽回なぞ出来もしないだろうがね。いこう、フランチェスカ」


 婚約破棄を言い渡してきた男は、嵐の様に去っていった。

 サラをヒステリックな女だと揶揄やゆしていたが、寧ろそれはお前だろ、とサラはほくそ笑む。


「サラ・エンドリヒ。この様な結果になってしまったが、何かいうことはあるかね?」


 国王が、残されたサラに質問の機会を与えた。

 サラはあくまで冷静に、一宝飾ブランドの役員らしく、静かに答える。


「この度は、2週間もの猶予を設けて下さったこと、誠に感謝いたします。必ずや、期日までに名誉を挽回いたしますので、どうかご健勝のこととたまわりますよう」


 そんな余裕綽々そうに見える悪女のカーテシーには、一種の恐怖を覚えた衆目もいたようである。


(つづく)

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