サボテン

@stone28

サボテン

サボテンは砂漠のオアシスと言われることがある。しかしそれは砂漠にあるからであって、街中に生えていても誰一人なんのありがたみを感じることはない。

これは人間も同じで、今現在80億人いる人間を街中で見たからといって、ありがたいと思う人はいない。むしろ、人間関係のごちゃごちゃに嫌気がさして、「今日は誰とも喋りたくない」だのと贅沢なことを言う始末である。


つまり、他人の存在に価値を感じるときは、当たり前ながら孤独を感じている時である。

時々、人はそのサボテンの中に、サボテンであること以上の価値を見出そうとする。全身に生えた棘は、その中に何かを守り隠しているからなのではないかと考える。攻撃的であるとより一層興味を掻き立てる。


しかし結局中身はただの水である。



男は大事そうにサボテンの乗った植木鉢を抱えて自分の拠点に帰ってきた。

この男が誰であるかは今ほとんど関係ない。しかし、名前があった方がわかりやすいかと思う。今日本で一番多い苗字は「佐藤」だという。それだと少しつまらない。一文字加えて「齋藤」と名付けよう。なんだかとてもしっくりとくる。


齋藤がサボテンを飼うことになったのは理由があった。

もちろん、最近になって彼の周りでは植物を飼うことが流行っているというのもあるのだが、最大の理由は振られたからだ。


齋藤は建物の中へと入っていった。小さなプレハブ小屋のような建物で、おもちゃや漫画などが散乱している。見た目通り物置小屋であった。


ここにあるものは全て彼の思い出の品である。

サボテンを部屋の真ん中にある机に置くと、近くの棚からチェス盤を引っ張り出した。

そうして、サボテンとチェスを始めた。

もちろんサボテンに腕が生えているわけもなく、全て齋藤の一人芝居なのだが、彼の想像力のおかげか腕が見えてこないでもない。


結局、齋藤はサボテンに負けた。クイーンがキングを跳ね除けた時の音が、平手打ちの音にも聞こえる。チェスをしていた時の齋藤の頭に浮かんでいた景色が、無意識に勝敗を決めた。

しかし齋藤はそれで満足そうである。


数日経って、部屋の棚を見てみると霧吹きやピンセットなど一式揃っていた。

少しずつ彼の日常の中にサボテンが入り込み、それが日課となった。

特にサボテンの棘を気に入ったようで、痛いことをわかった上で棘に触りその痛さを確認すると、人には見せられないような笑顔を見せる。


ふと、彼はサボテンを見る。

毎日のように見ていたことで、サボテンの姿形がくっきりと彼の頭の中に焼き付く。しかしそれは今彼の目の前にあるサボテンではない。

サボテンから得た視覚的情報が作り上げた「像」である。

その像は、齋藤が目の前のサボテンを認識し、他のサボテンや植物と区別するとき彼の元に現れる。いわば名前のようなものである。


サボテンの像は齋藤の頭の中で作られた像の世界へと辿り着いた。

そこはさっきまでいた物置小屋と全く同じ見た目をした場所であった。

ここでは対象年齢が低そうなおもちゃほどぼやけて上手く視認できない。

齋藤はいないが、部屋のさまざまな場所に人がいる。

全員死んだようなふうでそこにいた。そのうち2人が起きた。

どちらもスイッチを入れられたロボットのように起き、必要最低限の労力で部屋から外へ出た。

彼らが動いていると言うことは、元の世界の齋藤は寝てしまったということだ。

戻ってみると、ほらこの通りグースカと寝ている。


その頃、齋藤を振った女はちょうどその振った現場あたりを歩いていた。

振った現場は物置小屋の近くであり、今彼女がいる場所からもその小屋が見える。ここから見える物置小屋には、折れた木がもたれかかっているように見える。

彼女の中で振った振られたなど特ダネになることではないのだろう。

そうでなければこんなところでふらふら歩いているわけがない。

彼女は隣の雑木林に、スマホを持って木の側に立つ男を発見した。


女「何してるの」


その男がスマホから目を離すことはなかった。別に大したものを見ているわけではない。そこにいる女と目の前の光る板とを天秤にかけた時、光る板が勝ったと言うだけのことだ。


男「木になろうとしてる。」


女は一瞬「はあそうですか」と思ってしまった。心の底から納得したわけではもちろんなく、彼女の中でそういう癖があるのだ。最近では物事への関心が薄れがちであったがために、反射的に考えてしまったというだけである。


男「最近植物が流行ってたから自分も育ててみたけど、それ以上の考えに辿りつい

  た...。木は良いよ。生き物の行き着く先だよ。」


女「よく分からない。流行ってるからってなんか気持ち悪い。」


男「俺たちはこうしているのが最善なんだ。そこの木だって前は人間だったん

  だ。」


男は近くにあった一本の木を指差して言った。

それが済むと、男はまた情報をに頭に流し込むことに集中した。

彼はとても哀れな存在であった。

女は自身の中で最善であると考えた「関わらない」という決断をし、またふらふら歩き始めた。



齋藤の頭の中で作られた像の世界では先ほど起動した2人が外を歩いていた。

すると急に食堂のような場所が現れ、赤髪の男が料理を持ってきた。

なるほど齋藤は夢を見ているに違いない。


2人「いただきます」


黒髪の男は一瞬食べることを躊躇した。

それは当然の反応で、彼らの目の前にあるのは炒めただけの韓国春雨のようなほぼゲテモノのような料理である。赤髪の男はそれをガツガツと食べている。

黒髪の男はその様子を見てもしかしたらと一口食べる。

案の定、見た目と味はガッツリと手を組んでいた。


赤髪の男「...どうした、食べないの?」


黒髪の男「んん...なんていうか、あんまり食欲が湧かないんだよな。」


赤髪の男「え、そうなの?でも朝ごはん食べてないって言ったじゃん。」


黒髪の男「んん...まぁそうだな。」


このゲテモノと今の空気、どちらが不味いかと言われたら答えは明らかだったので、仕方なくもう一度口へ運んだ。


赤髪の男「これさ、ルートパウダーってやつでさ、なんか木の粉からできてる香

     辛料らしくてさ、かけると頭冴えるんだよ。」


そう言って両方の料理にかけた。

この粉は齋藤の想像の産物ではない。実際に木の根を削ってできた香辛料である。最近の植物ブームの影響で、だんだんと普及してきたものの一つである。

なんでも特別な木からのみ採取できるらしく、高級である。


黒髪の男は少しずつ不快感を溜め込んでいた。赤髪の男がくちゃくちゃとゲテモノを食べる様を目の前にしながらの食事は地獄であった。


黒髪の男「いや、はっきり言おう。これは正直言って...不味いぞ。」


赤髪の男「そうなの?ああ、自分で作ったからってのもあるかな。」


黒髪の男「そういうもんなのか?つまり、母親みたいなものなのかそれは。」


赤髪の男「ああ...ええと、そうなのかもな」


気にせずまたガツガツと食事を始めた。

黒髪の男の注意はほとんど咀嚼の様子に向けられていた。

不快感は絶頂に達し、黒髪の男はポケットにあった拳銃を目前の不快な存在に向けて発砲した。


銃声と共に、齋藤は夢から覚めた。


ふと窓から外をみると、服を掴んだりなんだりしながら喧嘩をする人たちがいた。彼は最初夢をまだ見て居るのかと思ったがそうではなかった。

しかし、次の瞬間には消えていた。

そうして、ほぼ完全に齋藤の認識下においての像の世界と現実との境界線は消えてなくなった。

したがって、急に彼の目の前にステージが現れても、なんの疑問も湧かなくなるだろう。


白い仮面にシルクハット姿のショーマンは自信ありげにステージの真ん中へと進んだ。ステッキを掲げながら喋り始めた。


ショーマン「この世は...驚きで満ちています。これからみなさまには奇跡をお見せ

      いたしましょう。

      まず、この帽子からウサギを出して見せましょう。

      行きますよ...。3、2、1」


ウサギは出てこなかった。杖から鳩も出なかった。


ショーマン「で、では私の背を大きくして見せましょう!


      ...さ、最後に、この中に願い事がある方はいらっしゃいますか」


この中と言っても、観客は2人しかいなかった。1人はもちろん齋藤である。

もう1人は、ショーマンの友人であるが、観覧席に座っていないので、実質1人である。一応形式を守るため、齋藤は手を挙げた。


齋藤「このサボテンを、喋れるようにしてください。」


ショーマン「いいでしょう。その願い、叶えて差し上げます。...行きますよ、

      3、2、1...」


サボテンがしゃべることはなかった。

ショーマンは諦めて、トボトボと裏へ逃げ帰った。

舞台袖では先ほど奥の方で見守っていた友人が待機していた。


ショーマン「いやぁダメダメさ。ここまでやってダメなんじゃもうやめるしかな

      いかな。」


友人「まあ、否定はしないよ。他に楽しいこともあるだろうしよ。

   あれ、てかお前なんか背でかくなったか?」



齋藤は物置小屋の中でサボテンの絵を描いていた。

彼自身が思い描く、彼の中にあるサボテンの像を出力したままの絵である。

すると、齋藤は誰かの声を聞いた。

サボテン以外考えられなかった。


齋藤「今、しゃべったか?」


その声を聞いたのが間違いではなかったとわかると彼の中で急激な嫌悪感が湧き出てきた。

彼が好きだったサボテンは今目前にあるものとは違うことが証明されると、居ても立ってもいられなくなった。

彼は描いていたサボテンの絵をぐちゃぐちゃにしてしまった。

しかし像の世界ではサボテンの像がまだ残っている。

自身の状態を完全に理解していたわけではないが感覚的に頭が理解し、一つの解決方法へと進んでいた。



雨の日、サボテンはゴミ捨て場にポツンと置かれていた。

また元の、ただのどこにでもあるサボテンに戻ってしまった。

やはり、中身はただの水であった。

さまざまな方向に向く棘がなんだか虚しいように見える。

突然、サボテンに今まで当たっていた雨が無くなった。

そこには傘を持った女がいた。

皮肉なことに、それは齋藤を振ったあの女であった。


抱えられたサボテンはもう二度と喋ることはない。




齋藤のことを身勝手なやつだと最初は思った。しかし考えてみれば、恋愛はもちろんペットやぬいぐるみだってこの仕組みで成り立っている。破局を説明するならば、自分の中の相手の像が一緒に生活するにつれて段々と相手そのものになっていくからだといえるだろう。なぜなら、好きになった相手は像の方であり本人そのものではない。この像はキャラともいえるか。

なんにせよこの木はいいものを見せてくれた。色々なことを考えるきっかけを作ってくれた。


そうして私は、物置小屋に横たわる木の根からお土産用の粉を採取し、家路についた。また後でいただこう。






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