第3話

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 耐えろ、耐えろ。これからオリエンテーションで、将来の婚活の為に上司や同期たちへ自分の存在を売り込むのだ。

 自己紹介は避けられない、ここで私は躓くわけにはいかない。


海老沼 光えびぬま ひかるです」


 言って、体中が一気に虚脱感に襲われた。毛穴が一気に開いて、興奮で熱くなった肌を冷たい汗が濡らしていく。

 名前を言う。ただそれだけで重たい荷物を降ろした気分になるなんて、この調子では先が思いやられる。


「海老沼さんね。これからよろしくね」

「えぇ、ですけど、同期だから名前の方で呼んで欲しいです。光って」


 妙な敬語になりつつも、私はなんとか彼女の口から【海老沼】が出ないようにお願いする。


「うん。嬉しいな。私のことも千早って呼んで、光ちゃん」

「喜んで、千早ちゃん」

「それにしても、海老沼って、おいしそうな名前ね」

「え?」


 おいしそう? この名前が? 自分の持っているイメージと、あまりにもかけ離れているせいで、頭の中が真っ白にフリーズした。


「ちょっと、理解できないな。どうして、千早ちゃんはそう思ったの……?」

「うん、じつわね! このラウンジのモーニングが大好きで、中でも海老のビスクがとっても美味しいいいぃっのよ! 海老沼ってなんだか、そのビスクにぴったりな形容詞だから、だから美味しそうなのよ」


 力説する桜木は目を輝かせて、メニューページを見せてきた。

 ビスクスープがついているワンプレートのモーニング。値段はなんと3000円である。

 あまりにもかけ離れた金銭感覚に私は唖然としてしまった。


「3000円って、ちょっと高いかな」


 ただでさえ、コーヒー1杯(税別:800円)を注文した時も抵抗を覚えたのだ。

 これからの私の目指す世界は、3000円のモーニングを平気で注文する人種が多数を占めているのだろうか。

 同期たちとの金銭感覚が、あまりにも乖離していた場合、付き合いとかどうしよう。


「え、もったいないわ。このビスクスープは朝一の市場でとれた海老を使っているから、モーニング限定なのよ」

「へ、へぇ」


 あまりの剣幕に軽くひいた。


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