第28話 異質なメール



「えー、今日は急な呼びかけに応じてくださり本当にありがとうございます。実は我が社からお願いがありまして伺いました。単刀直入に言います、アニゲーキングダムと協力して新たにネット配信番組を初めて頂きたいのです」


 松澤さんは朝の電話よりも更に踏み込んだ取引を持ち掛けてきた。彼女が言うネット配信番組とは俺が今までやってきたようなラジオの類ではなく、実際にスタジオやダンジョン・スターの配信機能を使い、生身を晒したうえで放送する企画らしい。


 その番組では異世界満喫チャンネルの活動を主体に宣伝しつつ、時々アニゲーキングダムが扱っている商材の宣伝を俺達にしてほしいとのことらしい。


 俺的には魅力的な話だとは思うがアイリスが異世界人だとバレるリスクを少しでも下げたい現状、信用できる人間以外とは関わらない方がいいだろう。そういった意味では松澤さん以外のスタッフと接触する機会が増えてしまう番組はリスクがあるように思う。


 俺の考えたリスクを松澤さんに聞こえないように利奈姉とアイリスに伝えていると、俺の考えを部分的に読んだ松澤さんが言葉を続ける。


「アイリスさんに何か事情があってリアルが露呈するのを避けたい……と淡野さんは考えているんですよね。ですが、アイリスさんを守る為には逆に協力という名のマンパワーを使った方がいいと私は考えています。私が何を危惧しているか淡野さんは分かりますか?」


「リアルでの住所や活動域がバレた際に過激なファンやアンチが集団で接触してくる危険があると言いたいっスか?」


「その通りです。SNSや特定技術が発達した昨今では僅かな風景情報から場所を特定されたケースもありますし、中には瞳に映った景色から特定するような人もいます。勿論、ネットに写真をあげなければそれらのリスクは大幅に下げられますが、運が悪ければ街を歩いているだけでも接触される可能性はあるでしょう」


「そうか、利奈姉やアイリスはいわばアイドル的な人気を考慮したうえでリアルの行動を決めなきゃいけないっスよね。特にアイリスはり~にゃんと違ってダンジョン内外で同じ見た目な訳だし」


「こんな言い方はしたくありませんが、容姿が美しい方は狙われやすい傾向にありますからね。なので信頼できる社員たちで可能な限りアイリスさんを守りたいんです。ネットゲームでいうところのギルドのようなものですね」


 俺も利奈姉も常にアイリスと一緒にいられる訳じゃない事を考えたらボディガード的な意味でスタッフについてもらうのはありかもしれない。


 ここは松澤さんの言葉を信じてネット配信番組をやりつつ、ギルド体制でアイリスを守ってもらことにしよう。俺が提案すると2人とも首を縦に振ってくれたものの、利奈姉は少し不機嫌そうにしていた。俺が「何か不満なのか?」と尋ねると利奈姉は唇を尖らせる。


「アイリスちゃんが可愛いのは分かるけど、アタシだって一応人気者の女の子なんだけどなぁ~。薫も松澤さんもアタシの身は案じてくれないんだね。ぐすん……」


 ヤバい……クサい芝居を始めてしまうほどに拗ねてしまった。何とか機嫌を取り戻させる言葉を言わなければいけない状況なのに全く言葉が出てこない。言葉を扱う仕事をしているというのに情けない話だ。俺はフォローが浮かばず自分を攻めていると松澤さんが冷静に言葉を返した。


「り~にゃんさん、いえ、狐崎さんはこれまで人気配信者として活動してきたにも関わらず一度も身バレの危機がありませんよね? だから我々は信頼しているんです。私も実際に狐崎さんと会うまではり~にゃんさん状態の可愛らしいイメージが強かったのですが、良い意味でイメージが変わりました」


「良い意味で?」


「はい。リアルの姿を見たうえで、更に実績も考慮した結果『窈窕淑女ようちょうしゅくじょ』『仙姿玉質せんしぎょくしつ』という言葉は狐崎さんのような女性を指すのだと思いましたから」


「ヨウチョウ? センシギョク? な、なるほどね。む、難しい言葉はアイリスちゃんが分からないから一応説明してあげなさい、薫!」


 利奈姉も絶対に分かってないだろうとツッコんでやりたかったが、今日の利奈姉は珍しく意地を張っているから逆らわずに従っておこう。


窈窕淑女ようちょうしゅくじょは頭が良くて顔も綺麗な品のある女性って意味だな。仙姿玉質せんしぎょくしつも並はずれた美人って意味だからどっちも誉め言葉だぞアイリスたん」


「なるほど~確かに利奈さんはニルトカシムでも見かけないぐらい綺麗な人だと思う! 松澤さんも素敵だし故郷に招待することができればきっと2人とも大人気になるだろうなぁ」


 松澤さんとアイリスのフォローで利奈姉の表情は一転して笑顔に戻った。こういうところは単純な人だからホッと一安心だ。だが、今アイリスがサラっと『ニルトカシム』の名前を出したことで松澤さんが首を傾げて「ニルトカシムって何ですか?」と尋ねてきた。


 いくら松澤さんでもアイリスが異世界人だという情報は伏せておきたい。そう考えた俺は聞こえてないフリをして話を逸らす。


「そういえば松澤さんに報告しておきたい事があるっス。俺達の次の配信なんですけどリスナーや他の配信者から来た要望を幾つかピックアップして答える企画をやろうと思っているんです。要望が多い順にリストアップしたので俺のスマホメモを見て欲しいっス」


「……分かりました。では淡野さんのスマホを失礼しますね」


 ニルトカシムの話題を何とか逸らす事ができたようだ。


 松澤さんがリストを見終わった後、俺達4人は次回の配信でどんな会話を展開するかを事細かく話し合った。基本的に松澤さんは反対してくることはなく、利奈姉とも仲を深め合っているようだった。


 一通り話し合った後、俺達は親睦も兼ねて雑談を交わし続けた。すると松澤さんは急に真剣な表情になり、仕事モードで語り始める。


「アイリスさんと狐崎さんと話してみて改めて分かりました。2人は淡野さんと同じく優しくて思慮深い人なんだと。これなら一度バズりさえすればたちまち登録者は2倍3倍と増えていくでしょう。ですが、ファンの母数が増えたうえにアイドル的な人気を得てしまうと起こりやすいトラブルというのも存在します」


 それから松澤さんは過去に他の冒険配信者の身に起きた事例を参考に話してくれた。


『厄介配信者が売名目的で接触してきた事件』『たかり・ゆすり行為を受けた事件』『炎上狙いのフェイクニュース』の怖さなど生々しくも尖ったエピソードは俺達の気持ちを引き締めてくれた。


 歴戦の戦士である利奈姉はともかく、アイリスには中々刺激が強かったようで動揺を隠しきれてはいなかった。実際に俺へ届いたDMもイタズラや脅迫まがいなものが混じっていて辟易していないと言えば嘘になる。


 ここは社会勉強の意味も兼ねて刺激が強すぎない悪質DMを1通ぐらいアイリスに見せておいてもいいだろう。俺はスマホをタップしてダンジョン・スターのアプリを開いた。


 喫茶店で話している間にも10件の新着メールが届いていると表記が出ていて良いスタートが切れたもんだと実感がわいてきた俺は早速受信箱タブをタップした。


 すると1通だけ差出人名が文字化けのような状態になっている不気味なメールが存在していた。そのメールは欄の背景が赤色、文字色が灰色になっていてどうみても普通じゃない。


 ダンジョン・スターのアプリでは基本的に冒険者からのメールは文字色が黒、背景が白色で届くはずで、ダンジョンマスターからお知らせが届いた時でも背景が水色になる仕組みの筈だから冷静に考えてもやっぱりおかしいメールだ。


 おまけにアプリ内で文字化けなんて一度も見たことが無いし他冒険者からも聞いたことが無い。若干の寒気を覚えながらメールを開くと本文には短く



――――アイリスを渡せ、渡さなければ容赦はしない



 と書かれている。これは明らかに異質だ、すぐに情報共有をした方がいいと判断した俺は松澤さんがいるのも構わず3人にメールを見せた。


 アイリスと松澤さんは声にならない声で短く悲鳴をあげ、利奈姉ですら下唇を噛んで身構えている、恐がるのも当然だ。俺は不可思議な赤いメールの存在を知っているか3人に尋ねたが全員が首を横に振り、利奈姉は自身の推理を話し始める。


「これってもしかしてリファイブが送ってきたんじゃないかしら? ダンジョンマスタ―が作った仕様に介入できそうなのって向こう側の人間だけだと思わない?」



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