第23話 コメント欄の変化
俺は半目になっていた目をゆっくりと開き、自己紹介を始める前に恐る恐る利奈姉のコメント欄を覗き込んだ。
――――淡野って奴、どうみてもヤ〇ザじゃねえかw
――――アイリスちゃん可愛すぎるだろ、り~にゃんの存在感を喰っちまうかも?
――――アイリスちゃんとのコラボは賛成だな。マフィア顔のオッサンは百合の間に挟まるな!
――――美女2人と並ぶと淡野ってオッサンがA〇男優にしか見えないぞ
――――アイリスちゃん、オッサンよりもり~にゃんと共同チャンネル化した方がよかっただろw
分かってはいたが、やはり利奈姉のコメント欄は俺への悪口だらけだ。幸い俺のチャンネルのコメント欄は驚きのコメントが大半を占めているだけで否定的な言葉はほとんどない。
アイリスが両チャンネルの視聴者から第一印象でバッチリ好かれているのが救いではあるものの、俺への評価を何とかしなければ共倒れだ。
俺は少しでも上手く喋って好印象を与えられるよう大きく深呼吸をして自己紹介を始める。
「皆さん、素顔では初めまして……ですね。ご紹介にあずかりました通り、俺はライターの淡野薫と申します。こんな見た目ですがゲームやアニメが大好きで、り~にゃんさんと手を組むことになったのも彼女の熱いアニメ愛に惹かれたからです。俺は冒険配信を通してオタク産業を広め、ランクを上げ、必ずや3人でダンジョン・スターをクリアしてみせます。だから応援のほどよろしくお願いします!」
それからも俺はオタクとして愛を語りつつ、アイリスと利奈姉へのリスペクトを口にして自己紹介を終えた。
数日前に松澤さんから『婆ちゃんの石化を解きたくてクリアを目指している』ことを自己紹介で伝えた方が好感度が上がるのでは? と提案されたから喋った方が良かったのかもしれないが、俺はどうしてもオタク愛一本でダンジョン・スターを成り上りたかったから自己紹介の挨拶には含めなかった。
自己紹介を終えてもなおコメント欄が荒れている現状、素直に松澤さんの言う事を聞いておいた方が数字の伸びは良かったかもしれないと思えたが後悔は微塵もない。
俺は自己紹介のバトンをアイリスへと渡すことにした。アイリスは自分自身への好意的なコメントが多い状況に安心したのか、さっきよりも落ち着いた状態で話し始める。
「皆さん初めまして。私の名前はアイリスと言います。深くは話せませんが私にはどうしてもダンジョン・スターを頑張らなければいけない理由があってオジサンとり~にゃんさんに助けてもらうことになりました。2人は何も分からない私へ本当に優しくしてくれて先日も――――」
アイリスの話は上手く纏まってはいないものの、心から俺と利奈姉を慕ってくれていることが分かる話しっぷりだった。両チャンネルの視聴者は荒れていたのが嘘のように親身になって聞いてくれていた。
アイリスの優しさと純粋さと感謝の気持ちが視聴者のハートを掴んだのだ。それでも未だにコメントは俺への批判が多く、アイリスの自己紹介が終わった後、どういう進行で流れを変えるべきか利奈姉も迷っている様だった。
やはり男で強面の俺なんかじゃ利奈姉とアイリスの邪魔になってしまうのだろうか? アイリスには『俺が歌詠みの塔へ連れて行ってやる』と啖呵を切ったにも関わらずこの様だ。
現状打破の糸口が見えないが、このままサイクロプス討伐の流れにいっていいのだろうか? ダンジョン・スターを始めて以来過去一番の弱気になっていた俺は下唇を噛みしめながら再度利奈姉のコメント欄を覗き込んだ。すると俺の目には信じられない光景が飛び込んできた。
――――り~にゃんファンの皆は一度、淡野の記事を読んだ方が良い
――――淡野ほどオタク愛とモラルが詰まっている奴はいないよ、見た目がこんなに怖いとは思わなかったけど、それとこれとは別だろ
――――淡野はアイリスって子の為に頑張ってんだな、解釈一致だわ
――――この見た目でオタクやってるのが逆に好感持てるな。どんな見た目だろうがこれまでの淡野の活動を見てきた身としては応援せざるを得ない
――――り~にゃんファンへ教えてあげる。淡野ほど信頼できる変態紳士はいないってね
なんと俺を今まで応援してきてくれた視聴者が利奈姉のコメント欄に移動して俺の事を応援してくれているのだ。
コメント欄で視聴者同士が会話をすれば問題は起きてしまうものだが、不思議と俺のファンが利奈姉のチャンネルに流れても荒れることは無く、利奈姉のファンも段々と俺の事を認めてくれる人が増えてきていた。
――――まぁ見た目が怖いだけで言動はまともっぽいからな
――――り~にゃんと熱愛報道……とかにならなければ別にいいや
――――こんだけ弁護する奴が流入してくるなんて。淡野って結構凄い奴なんじゃね?
――――これからの行動次第だけど、とりあえずり~にゃん様の下僕として配信に映るのを許可するわ
追い風が吹き始めると同時に俺は松澤さんの言葉を思い出していた。彼女は俺に『これまで書いてきた淡野さんの記事は常に作品と作者に対するリスペクトと優しさが詰まっていましたから』と言ってくれていたが、実際に読者へ気持ちが伝わっていたようだ。
人あっての配信、人あってのオタク道、というのが身に染みる。こんな俺の為に噛みついてくれたファンへの感謝で今にも泣いてしまいそうだが、俺達には配信を盛り上げる為にやらなければならないことが残っている。
俺は利奈姉に目線を送ると彼女は小さく頷き、再びマイクを構える。
「それじゃあ2人の自己紹介も終わったところで、本日のメインイベントをはじめちゃうニャン! 勘の良いリスナーは分かっているかもだけど、今から3人だけでサイクロプスを討伐しちゃいますニャン! 3人のランクを足しても80にすらならないから皆は負け確定だと思うでしょ? ノンノン、異世界満喫チャンネルの2人はとっっっても強いから心配いらないニャン!」
レベルも人数も足りないパーティーでは流石のり~にゃんファンも心配らしく『戦わない方がいい』というコメントで溢れかえっている。ファンは利奈姉の実力こそ信頼しているけれど、俺とアイリスの戦闘力は全く知らない訳だから敗北による石化を恐れるのも当然だ。
逆に言えば誰もが勝てないと思い込んでいる状況で魅了する勝利を演出できれば追い風は更に強くなるはずだ。俺達はリスナー達の心配を背負いながらサイクロプスが待機しているポイントまで歩いていった。
1分ほど奥に歩いていくと俺達の目の前に身長7メートルほどの馬鹿デカい筋肉質な巨人の背中が現れた。間違いない、奴こそがサイクロプスだ。
サイクロプスは俺達の足音に気付きこちらを向くと顔には目玉が1つしかなく、古代ギリシャ人的な片方の肩に布を掛けた服装から露わになるムキムキの上腕は1発殴られただけで大ダメージを受けそうだ。
幸い武器を持っていないのは救いだが、サイクロプスの顔は正に鬼の名が付くに相応しい凶悪さと立派な一本角を有しており、いつ襲い掛かってきてもおかしくないほどに鼻息を荒くしている。
サイクロプスとの間に戦闘開始前の静寂が流れる中、俺達は後衛に利奈姉、中衛にアイリス、前衛に俺が並ぶ一直線の陣形をとった。
利奈姉は両手に火の魔力を練りだすと戦闘開始を告げる。
「り~にゃんファンの皆、よ~~く見ててね! それじゃあいくよ、淡野さん、アイリスちゃん! レディー…………ニャン!」
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