第22話 素顔公開日



 アニゲーキングダムでのやりとりから9日後の土曜朝――――チャンネル新体制始動&俺の身分公表は予定より数日遅れることとなり、今日の昼12時半にダンジョン・スター内で行われる流れとなった。


 遅れたのはプラスの理由が大きく、俺の想像以上に公表・拡散に協力してくれる人が多くなって日程調整に難儀したのだ。だけど、遅れたおかげで好評のタイミングが視聴者の多くなりやすい土曜日となったから全然かまわない。


 俺はダンジョン突入前の最終チェックを行う為に利奈姉の家を訪れた。2人には俺が考えた公表配信用の台本を渡してあるから今日の段取りはバッチリ頭に入っているはずだ。


 今日の基本的な流れは




1,ツブッターで告知をした後、ダンジョンに突入して配信を開始する


2,最初は俺とアイリスだけ大きい木板の裏に隠れて待機する


3,利奈姉が司会を担当し、俺が公表に踏み切った経緯を『異世界の存在やアイリスの都合』は伏せたうえで説明


4,木板から姿を現した後に俺とアイリスは自己紹介してから決意表明


5,最後に強敵サイクロプスを倒すチャレンジをしますと宣言して3人で華麗に倒す




 となる予定だ。この洞窟は幸い雑魚敵は存在せず、最奥のサイクロプスさえ倒せばクリア扱いとなる。


 俺達のパーティーなら倒せる力量はあると思うが、配信を盛り上げるような倒し方が出来るかどうかは若干不安だ。まぁ、それ以上に不安なのは俺の見た目が受け入れてもらえるがどうかなのだが。


 スマホを手に持った俺は利奈姉に最後の確認をとることにした。


「利奈姉にはやってもらう事が多くて大変だがよろしく頼む。もうすぐ突入の時間だが準備はいいか?」


「ええ、台本は完璧に覚えたわ、任せてちょうだい。アイリスちゃんも準備はいい?」


「う、うん! 沢山の人に見られるのは緊張するけど私頑張るよ! いこう、利奈さん、オジサン!」


 互いの顔を見て頷き合った俺達3人は円陣でも組むかのようにスマホを中心へと掲げた。俺は2人の前でツブッターでの呟きを完了させ、続けてダンジョン・スタ―のアプリを長押しする。


「今日が俺達にとって本当の旅立ちだ! ダンジョン・スターという名の大海原へ乗り出すぞ!」



 ツブッターへ大量のイイネ通知が届く中、俺達の意識はダンジョン・スターへと導かれる。







 俺達の体は事前に調べておいた洞窟へと辿り着いた。能力板ステータス・ボードには『独眼鬼の洞窟 レベル40』と書かれている。


 ダンジョン名の後に記されているレベルはパーティーメンバーが4人いることを想定したパーティーの平均レベル目安を示している。ゆえに今回攻略する独眼鬼の洞窟は合計レベルが40×4=160を想定されている訳だから俺達では半分程度しか満たせていない。


 数値だけ見れば俺達にクリアは難しいと視聴者に思われるだろうが、利奈姉とアイリスがいればきっと大丈夫だ。それに大きな事を成し遂げるぐらいじゃないとインパクトのあるデビューを飾ることが出来ず、視聴者を獲得できないだろう。だからここが頑張り時なのだ。


 俺は能力板ステータス・ボードを操作して事前にアイテム欄に詰め込んでいた大きな木板を近くの岩に立て掛け、全身を隠した。


 本当はアイテム欄に木板なんか入れずにポーションを持ち込みたかったが、現地で体を隠せる物品がある保証はなかったから仕方がない。


 利奈姉も自身の姿をり~にゃん状態に変え、電源を入れられない見せかけだけのマイクを持って構えている。これで配信開始準備は整った。


 遠くからサイクロプスが巡回している足音が聞こえる中、俺と利奈姉は同時に能力板ステータス・ボードで全閲覧モードを起動した、勿論俺は顔がカメラに映らない状態にしてだ。


 いつもの利奈姉目当てで集まる視聴者と淡野薫のリアル顔を一目見てやろうと興味本位で訪れた視聴者たちでコメント欄は大いに盛り上がっている。


 そんな視聴者たちを前に利奈姉はステッキの先端に火の魔力を宿し、手持ち花火の如く発火させると新体操のような華麗な舞で一瞬にして視聴者の視線を釘づけにしてみせた。


「みんな~! こんにちニャン! り~にゃんの美しい炎舞を見てくれたかニャ? 今日は事前に告知していた通りF・Wファンタジーライター淡野さんのチャンネルとコラボだよ。そこの木板の裏で待機してくれている淡野さんとアイリスちゃんのお披露目も兼ねているから今日はり~にゃんを含めた3人を応援して欲しいニャン、分かったかニャ?」


 その後、利奈姉は簡単に俺とアイリスの人となりを説明したり、今後3人でパーティーを組んで探索する事が多くなることを説明してくれた。


 利奈姉の視聴者たちは手放しで応援してくれる層が多い印象があったけれど、流石に『知らない2人との絡みがいきなり増えます』と告げられた衝撃は強かったらしく、俺のチャンネルのコメント欄とは対照的に利奈姉のコメント欄は少し荒れていた。




――――俺達はり~にゃんとサリー様だけ見られれば良かったんだけどな……


――――バトルの時だけ他の奴らと組めばいいんじゃね?


――――り~にゃんは俺達だけのハニーだって信じてるよ


――――淡野って奴は男だろ? あんまり男とコラボしてほしくないわ




 まぁ、ガチ恋勢はコメントする確率が高いからコメントの流れが今みたいになるのはしょうがないだろう。俺の事は幾らでも悪く言ってくれても構わないが利奈姉のメンタルとチャンネルにダメージがいきすぎないかが心配だ。


 俺はカメラに映らないように慎重に体を動かして利奈姉の横顔を見てみると意外にも利奈姉の表情はやる気、というか闘志に満ちているように見えた。


 あくまで幼馴染の経験値から顔色を判断したに過ぎないが、きっと誰がみてもコメントを気にしているようには見えないだろう。流石は大人気配信者り~にゃんだ。


 そうこうしている内に利奈姉の進行は素顔お披露目フェーズ直前まで進んでおり、利奈姉は指を立ててカウントダウンを始める。


「それじゃあいよいよ、淡野さんとアイリスちゃんのプリティーフェイスをお披露目するニャン。みんな~! 準備は出来てるよね? いくよー! 10,9,8,7…………」


 まるで死の宣告を彷彿とさせるカウントダウンが始まり、俺のスキンヘッドから汗が吹き出し、流れた汗は剃り上げた眉毛の跡を滴り目に入る。


 実は人前に出るのが結構苦手な俺は緊張で心臓がおかしくなりそうだった。しかし、俺の震えを止めてくれたのは俺の手を弱々しく包み込むアイリスの指だった。俺以上に緊張していたアイリスは震える指を俺の指に絡めている。


 こんなアイリスを前にして震えているだけでは駄目だ。俺は自分に言い聞かせるように「大丈夫、絶対に上手くいくっス」と呟き、アイリスの目を見つめて頷く。


 アイリスは弱々しくも笑顔を浮かべてコクリと頷きを返す。あとはもう覚悟を決めるだけだ。カウントダウンが最後の1秒を刻んだ瞬間、俺とアイリスは一層強く手を握り、同時に立ち上がる。


 木板越しに俺とアイリスの頭が同時にカメラへ映った瞬間、利奈姉が火属性魔術で小さな花火を演出し、同時に大きな声で祝いの言葉を掛ける。


「新体制 異世界満喫チャンネル発進おめでとう! 視聴者の皆さん、こちらの二人がり~にゃんの新しい仲間だニャン! ちょっぴりワイルドな見た目の淡野さん、そしてり~にゃんに匹敵するプリティーガールアイリスちゃん。2人ともとっっっても良い子だから、これから応援よろしくニャン! それじゃあまずは2人に自己紹介してもらおうか、まずは淡野さんから」


 口の中が猛スピードで乾いていくの感じる。俺は遂に素顔を披露してしまったわけだ。利奈姉と俺、どちらのコメント欄も見るのが少し怖いけれど、配信者というものはコメントを見ながら話さなければいけない存在だ。


 俺は半目になっていた目をゆっくりと開き、自己紹介を始める前に恐る恐る両チャンネルのコメント欄を覗き込んだ。



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