第21話 頼もしい味方たち



「松澤さん、落ち着いて聞いて欲しいっス。俺達が来た理由なんですが実は俺、実名と顔を公表したうえでアイリスと一緒にダンジョン配信をしようと思うんです。今日ここへ来たのはアニゲーキングダムで連載を抱える俺が公表に踏み切っても構わないか許可をとりに来たんです」


 俺が目的を伝えると松澤さんは凄く驚いていた。しかし、困った表情はしておらず寧ろ薄っすら笑っている様にすら見える。一体何を考えているのだろうかとドキドキしながら見つめていると、松澤さんは自分なりの意見を伝えてくれた。


「淡野さんとはあくまでアニゲーキングダムと協力関係であり社員ではありません。ですから守秘義務や規定に縛られるわけではありませんし公表を禁止することも出来ません。それにダンジョン・スターに関する法整備もまだそこまで整ってはいませんからね、全て淡野さんの自由ですよ。ですが、本当にいいんですか? 今までリスクを避けて公表してこなかったというのに」


「松澤さんには前に少し話したけど俺の婆ちゃんの石化の件もあるっスから頑張らなきゃいけないんです。だけど、それは2番目の理由であって今の俺の最優先事項はアイリスの手伝いをすることなんです。詳しくは言えませんがアイリスはダンジョン・スターで絶対に成り上がらなければいけないんです」


 松澤さんに対して俺はアイリスを『日本語が上手で近代文化に触れてこなかった外国人』という厳しい設定で紹介しつつ、詳細は言えないと濁しつつクリアへの熱意を伝えた。


 こんな言い方をすれば相手によっては怒らせることになるかもしれないが、予想通り松澤さんは深入りせず、親身に俺の話を聞いてくれた。


 それでも松澤さんは企業人である以上、リスクは極力減らさなければいけないと考えているようで真剣な眼差しで釘を刺す。


「分かりました、淡野さんとアイリスさんを今ここで深く詮索したりはしません。ですが、公表+2人での新チャンネル始動はリスクがあります。今まで築き上げてきたライター&ラジオMCとしての実績に劇薬を注ぐ形となるでしょう。仮に不祥事や大炎上が起きたりすれば我が社との協力関係を切らせてもらう可能性もあります。それだけは注意してくださいね、淡野さん」


「ええ、分かっています。ご忠告ありがとうございます」


「っと、ここまでは説教じみた警告になってしまいましたが個人的にはとても応援しているんですよ? ですからウチの部署からも何か手助け出来ないか動いてみます。ツブッターでの拡散など協力できる事もあると思いますしね。他にもツテで拡散に協力してくれる人がいないか探してみますね」


「重ね重ね本当にありがとうございます! この御恩はいつか必ず!」


 それから俺達は拡散のタイミングについて話し合い、仮予定ではあるが5日後にツブッターとダンジョン・スターで公表することに決まった。会社に加えて松澤さんのツテから有名人の手も借りられれば初動から登録者3万人も夢ではないかもしれない。


 残る問題は俺のイカつい見た目がどこまで受け入れられるかだ。こればっかりはやってみないと分からない。


 最初の方の配信だけは真面目な服装やメイクをしてカツラを被ることも一瞬だけ考えたけれど、偽りの自分を晒したいとも思えない。それに俺が俺じゃなくなると芝居を見抜かれて元からいたファンも離れてしまう可能性があるからやめておくことにした。


 ふと時計を見て20分以上も話していることに気が付いた俺はこれ以上松澤さんの業務を邪魔しちゃ悪いと思い、話を終わらせることにした。


「個人的な事で長話させてしまいすいません。それじゃあ俺達は失礼しますね松澤さん」


「あ、待ってください淡野さん。最後に1つだけ質問させてください。今まで淡野さんは仕事も配信も手堅い手段をとってきてましたが、それは、やはり会社に迷惑をかけてしまうのを恐れていたからですかね?」


「それは正直あるっスね。とは言っても結局これからは危ない橋を渡ろうとしている訳ですが……」


「そんな淡野さんが私達の会社を頼ってくれるなんてアイリスさんをよっぽど大事に想っているんですね。そんな淡野さんならきっと視聴者もついてきてくれますよ。これまで書いてきた淡野さんの記事は常に作品と作者に対するリスペクトと優しさが詰まっていましたから」


 最近褒められることが多くて恐縮するばかりだ。恥ずかしくなった俺はお辞儀をして部屋を出ようとしたが、松澤さんは続けてアイリスに話しかけ始めて俺を逃がしてくれなかった。


「アイリスさんも頑張ってくださいね。ところで私事で申し訳ないのですがアイリスさん、私とフレンドになってくれませんか? 私は冒険者としては弱い方ですが、彫金師のスキルを持っているので役に立てると思いますよ。それにアイリスさん程の可愛さがあれば頼みたい仕事も山ほどありますし、個人的にも好きなアニメやゲームについて語り合いたいです!」


「よ、喜んで! やったー! 利奈さんとオジサン以外の初めての友達だ! お仕事というのが何かは分からないけど体力はそこそこあるからいつでも言ってね。ちなみにゲームはまだ遊んだことないけどアニメは昨日観たエンジェルビーコンが大好きです」


「キャー! 本当ですか!? 私も実はエンジェルビーコンが大好きで一時期は給料の大半をつぎ込んで生活が――――」


 なんだか女子2人で偉く盛り上がっているし、アイリスに至っては敬語じゃなくなるぐらい楽しんでいるみたいだ。


 アイリスの身バレは怖いけれど友達が増えるのはいいことだ。アイリスが個人的に何か頼まれた時は利奈姉にマネージャー的なポジションに立ってもらい、ケモ耳や尻尾で異世界人バレしないように守ってくれないか? と後日交渉してみよう。


 2人の雑談が終わるのを待ち、松澤さんと分かれた俺達は電車に乗って藍舞町あいまいちょうへと戻り、アイリスを利奈姉宅に送り届け終え、俺は家へと帰りついた。


 自分の部屋へ戻った俺は仕事モードに切り替えてから黙々と作業を進めていると、あっという間に時間は流れて気が付けば夜の7時になっていた。今日は絵村も四令田も家にいないから出前で済まそうかとスマホを手に取ると、松澤さんから連絡が届いていた。


 松澤さんは既に沢山の人に『俺が素顔を公開してチャンネルも新体制になる』旨を伝えてくれたらしく、拡散に協力してくれる人を増やしてくれたようだ。


 松澤さん自身の通常業務もあるはずで、いつもなら仕事を終えている時間に連絡をくれているということは俺の為に延長して頑張ってくれたということだ。


 拡散に協力してくれる人の一覧にはフォロワー数の多い有名人もチラホラいるようだ、松澤さんには本当に頭があがらない。ますます気合の入った俺は松澤さんにお礼のチャットを返した後、終わる予定だった仕事を再開させることにした。


 前倒しで仕事をしておけば、アイリスとの時間を増やす事ができるし、俺達の為に頑張ってくれている人がいるなら俺はもっと頑張らなきゃと思えてくるからだ。


 燃え上がった俺のやる気は翌日以降も続き、瞬く間に時間は過ぎ去り、遂に俺の素顔とチャンネル新体制を公開する日が訪れた。



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