第24話 怒りの独眼鬼



「り~にゃんファンの皆、よ~~く見ててね! それじゃあいくよ、淡野さん、アイリスちゃん! レディー…………ニャン!」


 いまいち闘志が湧かない利奈姉の掛け声と同時に俺達は走り出した。後衛の利奈姉に高威力の魔術を当ててもらう為にも、まずは俺とアイリスが注意を引ければベストだが、アイリスはお世辞にも物理耐久は強くない。


 だからアイリスが確実にサイクロプスの攻撃を避けられるようにするにはまず俺が一撃防ぐことでサイクロプスの挙動をアイリスに覚えてもらう必要があるだろう。


 俺はアイテム欄から鉄の大盾を取り出し、水属性魔術シーウィード・スライムで大盾の前面を覆った。物理防御力に長けた大盾を斜めに構えてローションで滑らせる事でサイクロプスの打撃を受け流す算段だ。


 俺の狙い通り拳を振りかぶったサイクロプスは岩のように大きく逞しい右拳骨を俺目掛けて振り抜いた。俺はサイクロプスの拳撃に対し、仰々しい叫び声で応える。


「衝撃を受け流せ! ヌルヌルシールドォッ!」


 サイクロプスの拳骨は俺の想像以上に速く重かった。それでもローションは打撃の軸を逸らす役割を十二分に果たし、大盾を吹き飛ばされることなくサイクロプスの拳は滑った大盾に受け流されて地面に突き刺さった。


 拳が刺さっている今がチャンスだ! コメント欄は『ローション盾とか発想がバカすぎるwww』と変な盛り上がりをみせているが、ここが踏ん張り時だ。


 俺はハンドシグナルで攻撃サインを出すとアイリスは猫を彷彿とさせる跳躍力でサイクロプスの二の腕に着地し、そのまま肩から喉仏の方へと駆け抜け、新調したばかりの鉄爪を構える。


「オジサンがくれたチャンスをものにしてみせる! 喰らえ!」


 目にも止まらぬアイリスの鉄爪連撃てっそうれんげきがサイクロプスの喉仏へと炸裂する。声にならない声をあげたサイクロプスは慌てて体を捩じり、地面に刺さったままの右拳を引っこ抜き、アイリス目掛けて両腕をブンブンと振り回した。


 しかし、一度サイクロプスの動きを見てスピードを見切ったアイリスに雑な攻撃が当たるはずもなく、アイリスは悠々とサイクロプスの攻撃を躱し続ける。


 その間にも利奈姉は魔術の詠唱を進めており、遅れて気が付いたサイクロプスはアイリスへの攻撃を中断して回避の態勢をとろうとしたがもう遅い。利奈姉は自身の体よりも大きい炎の槍を3本も作り出すと、人差し指をサイクロプスに向けて解き放つ。


「逃さないニャン! 燃やしちゃえ、3連フレイム・ランス!」


 離れた位置にいる俺が逃げ出したくなるほど熱い3本の炎槍がサイクロプスの上半身に直撃する。炎槍は直撃と同時にバックドラフトを彷彿とさせる急速炎上を起こし、サイクロプスの体を包み込む。


「ウガガガアアァァッ!」


 サイクロプスの雄叫びが洞窟中に響き渡る。大ダメージを与えたのは間違いないはずだから、このままHPを削りきれればいいのだが。流石にサイクロプスはそこまで甘い相手ではなかった。


 サイクロプスは雄叫びをあげながらも祈るように周りを見渡し活路を探し始めると、何かを閃いたような表情を見せ、俺達に背を向けて洞窟奥へと走り出してしまった。


 一体何をするつもりだ? と困惑しながら追いかけるとサイクロプスは壁際に盛られていた土にダイヴして激しく転がり、体に纏っていた炎を見事に消してしまった。


 アイリスは息を切らしながら「頭の良いモンスターだね」と呟き、感心している。アイリスの言う通り流石は高レベルのダンジョンボスと褒めざるを得ない。


 更にサイクロプスはアイリスと火属性魔術を警戒してか、姿勢を低くして土の近くから離れないように身構え始める。一度の攻防でここまで学習するとは敵ながらあっぱれだ。


 だが、敵は相当消耗しているはずだ。ここは一気に畳みかけるべきだと判断した俺はアイリスと利奈姉に追撃を提案しようと視線を向けた。しかし、2人は肩を縦に揺らしながら息を荒くしており相当疲れている様子だった。


 きっとアイリスは不慣れな戦闘による緊張でいつも以上に息が上がっており、利奈姉は一撃で仕留めるつもりで魔力を注ぎ込み過ぎたのだろう。俺達が俄然優勢だと思っていたが、意外にも戦況は厳しそうだ。


 俺達とサイクロプスの間に静寂が流れる。このままアイリスと利奈姉の回復を待つのも手かもしれないが、それはサイクロプスの回復も許してしまうことになる。


 MPはHPより回復が遅い性質がある以上、近接物理主体で最大HPも高いであろうサイクロプスを放置するのは危険だ。HPの自然回復量は状況・状態・体質など個人差はあるが大体数十秒で最大HPの1%ほど回復するからだ。


 最大HPが高いであろうサイクロプスの回復を許すということは俺達が攻撃面でガス欠を起こす可能性を高めることになる。ここは2人の呼吸が整う程度の時間を稼ぎつつ、サイクロプスの自然回復を妨害する手を打つのがベストだ、それを実行するには俺のスキルを使うしかない!


 俺は両手に魔力を纏い、視聴者の気持ちを盛り上げつつ、スキルの説明が出来るように自分なりに大袈裟な身振り手振りで言葉を発した。


「視聴者の皆さん、楽しんでくれているっスか? 2人は爪攻撃に炎の槍とカッコいい攻撃を魅せてくれたけど、俺だって負けてはいられないっス。このままではローションで打撃を受け流しただけの男になっちまうからな! ここからは俺の個性型スキルで視聴者を楽しませちゃうっスよ!」


 俺はスキル言ノ葉飛ばしことのはとを発動して『逃げ鬼』と大きめに書いた罵倒の言葉を視聴者が見やすいように浮かばせて、サイクロプス目掛けて射出する。


 すると技の性質を理解していないサイクロプスは両腕をクロスさせて防御し、見事に『逃げ鬼』の3文字がサイクロプスの右腕へと刻まれた。何が起きたか分からない視聴者たちに俺がスキルの説明をすると彼らは




――――面白いスキルだ!


――――全然戦闘力にならないスキルで笑えるわw


――――でも、人間相手に使えばカラーボールみたいに使えそうだな




 と大いに盛り上がっている、作戦成功だ。


 一方、何が起きたか理解できていないサイクロプスは腕や顔を斜めにしながらなんとか文字を読もうとしたり、文字を消そうと服で擦ったりして頑張っている。困惑具合がちょっとだけコミカルで可愛く見える。


 スキルのお披露目も出来てアイリス達の呼吸も整い始めたから、そろそろ攻撃を再開させるかと俺は棍棒と大盾を構えた。するとサイクロプスは自身の腕に刻まれた文字を眺めている最中に突然怒号をあげはじめ、殺意が滾る目で俺を睨みだした。


 サイクロプスが激怒したのは文字が刻まれた直後ではなく、読み始めて暫く経ってからなのが妙だ。もしかしたらサイクロプスは書かれた言葉の意味を理解しているのだろうか?


 考えてみればダンジョン・スターを自国語で喋っても翻訳されて外国人に伝わるし、ダンジョン内の看板などに書かれている文字も言語関係なく誰でも読めるようになっている。


 これは裏を返せばダンジョン・スタ―内であれば、たとえモンスターであったとしても言葉が通じるという事なのかもしれない。まぁ通じるとはいっても人間に近い形をしているサイクロプスみたいな種族だけが言葉を深く理解できているだけの可能性もあるのだが。


 もし、俺の仮説が正しければ言ノ葉飛ばしことのはとをもっと有効に活用してサイクロプス戦を有利に運べるかもしれない。俺は再び両手にスキル発動の為の魔力を練り出し、仲間と視聴者に宣言する。


「皆、聞いてくれ! もしかしたらサイクロプスには言葉が通じるかもしれない。だから俺は通じる可能性に賭けて今から言ノ葉飛ばしことのはとでサイクロプスのメンタルをかき乱して隙を作ってみせる。隙が出来たら一斉に畳みかけるぞ!」



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