第19話 ローザのおとぎ話



「それじゃあ、皆が気になっているおとぎ話について話すね」


 アイリスはどことなく緊張しているように見える。何から話そうか迷っているアイリスを急かすことなく待ち続けること10秒、彼女はローザとの出会いから語り始める。


「ローザさんはリファイブの研究員の中では1番新人で出会ったのも3年前ぐらいだと思う。私を含む研究対象を雑に扱う研究者ばかりだったけどローザさんだけは優しかったの。そんなローザさんは子供達に娯楽や楽しみを与えた方がいいと常々言っていて、おとぎ話もローザさんなりのプレゼントだと思ってた。そのおとぎ話はこんな文章だったの」




――――昔々とある小さな島にシルフと呼ばれる風の妖精、ノームと呼ばれる地の妖精がいました。2つの種族はどちらとも妖精の数が多く、互いに仲が悪かった為に住む場所を分けて暮らしていました。


――――植物にはシルフ族、土にはノーム族と住み分かれることで大きな争いは起きませんでしたが、事件は突然起こりました。なんと島が嵐に覆われて陸地が大きく削れてしまったのです。


――――植物も大地も大量に海へ流されてしまったことで島は随分と狭くなりました。その結果、シルフ族とノーム族は同じ場所で住むしかなくなり、互いを傷つけあう争いが頻発することとなりました。


――――互いに消耗し、両種族の憎しみは増すばかりでした。しかし、そんなある日、シルフ族とノーム族が争っているところへ1匹の竜と人間が降り立ちました。竜は持ち前の魔力で両種族の動きを止めると、竜の背に乗っていた人間が杖を掲げて空に絵を描きました。


――――人間が言うには空に描かれた絵は未来のシルフ族とノーム族であり、両種族は狭くなった島を広げる為に互いに協力して手を取り合っているのだと語ります。今の両種族では考えられない未来を見せられて両種族は笑っていました。


――――しかし、人間は話を続けます『未来は確定していないが、平和な未来を作れる可能性は必ず存在する。我は未来の可能性を垣間見ることが出来る占星術師、そして竜はあらゆる可能性を可視化することが出来る。正に『現実と夢の狭間を駆ける存在』である。どんな未来を選ぶかは君達次第だ』と。


――――占星術士と狭間の竜は言葉を伝え終わると両種族の前から姿を消しました。両種族は不思議な言葉を聞いて以降、互いに手を取り合い、空に描かれた未来を実現させました。平和な島が完成した頃、再び占星術士と狭間の竜は島へと降り立って告げました。


――――未来を掴み取った者達よ、我々は貴方達に敬意を払う。いつか君達が島の妖精だけでなく世界中から『想いの力』を受け取れる存在になった時は我々の住む『歌詠みの塔』へ招待しよう。その時、空に描き切れないほどの輝かしい未来について語り合おうではないか。と



「これがローザさんの語ってくれたおとぎ話だよ。この話から察するに歌詠みの塔で待ってくれている人は平和を愛する存在だと思う。だけど、世界中から『想いの力』を受け取れる存在っていうのがよく分からないよね?」


 思ったよりスケールのデカいおとぎ話でビックリだ。順を追って情報を整理するとおとぎ話は実際に起きたニルトカシムの歴史をボカしたもので、きっとシルフ・ノームと同じように争った種族があったのだろう。


 そして争った種族は最終的には手を取り合って仲良くなり、占星術士から称えられたというわけだ。だけど、占星術士は平和を掴み取った種族がもっとビッグな存在になれるように期待している感じにも見える。


 これらの話を今のローザやダンジョン・スターに当てはめたらどうなるだろうか。その場合『世界中から想いの力を受け取れる存在』がそのまま世界規模のダンジョン配信者という事になりそうだが、そんな簡単に繋げていいものだろうか?


 俺は脳内で組み立てた仮説を2人に伝えると利奈姉は突然笑いだした。


「アハハハッ! 面白い仮説じゃない。ダンジョンなんてものを配置して石化ペナルティまで用意しているような性悪ダンジョンマスターが人気配信者になれと促しているのよ? なのに平和を愛する優しい占星術士さんが性悪ダンジョンマスターと同じ目的を設定するかしら? だとしたらどっちかが善人のフリか悪人のフリをしてそうね」


「あくまで俺の拙い仮説だけどな。ダンジョンマスターが言うクリア扱いと占星術士が言う招待条件は細部で違う可能性もあると思うぞ。例えばダンジョンマスターは人気者を作り上げて何かに利用したいのかもしれないし、占星術士は平和の為に人気者の力を借りたいのかもしれない」


「なるほど、そういう考えもあるわね。だとしたら占星術士さんが納得するレベルまで人気になったらダンジョンマスターよりも先にアタシ達の前に現れて歌詠みの塔へ導いてくれるかもしれないわね。ってアタシと薫だけで話を進めちゃったわ、アイリスちゃんは結局どう動きたいのかしら?」


 利奈姉の問いかけにアイリスは過去最長に長い唸り声をあげて考えていた。アイリスの帰還と人生をかけた決断になる可能性もあるから慎重になるのは当然だ、ここはいくらでも待ってあげよう。


 俺と利奈姉はアイリスにゆっくりと考えるように伝えると、アイリスは首を縦に振ってもう1度改めてローザさんの映像を見返していた。


 アイリスが悩み続けること20分、自分なりに指針を決めた彼女が自身の考えを口にする。


「私の1番の目的はニルトカシムに帰ることなのは今も変わらない。けど、ローザさんの話を聞いて他の子供達を救える可能性を知った今、より一層星詠みの塔へ行きたい気持ちが膨れ上がってる。一緒に育った仲間達は私自身の命と同じぐらい大切だもん」


「アイリスたんらしいっスね。ローザさんに似てるとも言えそうだけど」


「ローザさんは私が心から信頼できる人だからそう言ってもらえて嬉しいよ。だから私はローザさんの言葉を信じて歌詠みの塔を目指すことにするね。つまり平和の為にいっぱい行動して超人気者になってみせるってこと! これからもサポートよろしくねオジサン!」


「あくまでアプリに明記されたクリアを目指すんじゃなくて歌詠みの塔に行って占星術士に帰還をお願いするってわけっスね。ダンジョンクリアの為に多くの人と装備品争いをしたりするより、人気者を目指す方が平和でいいよな。よし、俺がアイリスたんを歌詠みの塔に招待されるぐらい人気者にしてみせるぞ!」


「あ、でもオジサンはダンジョン・スターをクリアしてお婆さんの石化を解くって目標があるんだよね……下手すれば占星術士はダンジョンマスターと敵対する関係かもしれないって考えたら私を手伝うのは……」


「大丈夫、なんとかなるっスよ。その気になれば占星術士と狭間の竜の両方とダチになってダンジョンマスターをボコってもらってから石化を解いてもらうっスから。喧嘩はツエー奴で囲んじまうのがベターだからな」


「伝説の存在と友達に? ふふっ、あははっ! オジサンはスケールが大きくて面白いね。やっぱりオジサンについていって良かったよ。それじゃあ目標も決まったところで今後私達が人気者になる為にどうすればいいか話し合おうよ」


 アイリスの顔が今までで1番吹っ切れている気がする。揺るぎない目標が出来て、行動に迷いがなくなることが精神的に1番の薬となるのだろう。


 アイリスの言葉を皮切りに俺達は登録者数増加について話し合うこととなった。人気配信者である利奈姉が改めて配信における基本やタブーをレクチャーしながら話し合いは進み、気が付けば15分が経っていた。


 当面はアイリスのダンジョン慣れとリファイブの様子見も兼ねて難易度の低いダンジョンをリストアップして順番にクリアしていく流れとなった。


 侵入するダンジョンがあらかた決まったところで利奈姉は俺のチャンネル活動について疑問を投げかける。


「そういえば薫はチャンネル名を『F・Wファンタジーライター淡野 ケモっ娘アイリスの異世界満喫チャンネル』に変えてライターである身分と顔を公表するのよね? タイミングを教えてくれれば告知を手伝うわよ? やっぱり初動で上手く動けるかが人気を得る為に重要だからね」


 利奈姉の言う通り『呟きSNSアプリ ツブッター』やブログなどでの公表はスタートダッシュの鍵となるだろう。利奈姉の拡散力は心強いし、俺には他にも頼れる人達がいるから、全員が同じタイミングで拡散してもらった方がトレンドに乗る確率も上がるしいいだろう。


 上手くトレンドランキングに乗れた日には鬼に金棒だ。だから俺は利奈姉に自分なりの狙いを伝えた。


「ありがとう利奈姉。とりあえず俺は明日、お世話になっているゲーム雑誌会社『アニゲーキングダム』に行って公表の事を伝えつつ、力を借りれないか頼んでみようと思う。その時はアイリスたんにもついてきて欲しいっス」


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