第17話 事情聴取



「わ、分かった! 知っている事は全て話すから勘弁してくれ!」


 俺の説得でようやく親衛隊リーダーが口を割る決断をしてくれた。リーダーはアイリスの事を指差すとゲサンに起きた出来事について話し始める。


「ゲサン様、いやゲサンは淡野と遭遇する数時間前に奇妙な男と出会ったんだ。その男は『ジャンズ』と名乗り、そいつ自身は普通の見た目をしていたらしいが横にいる部下みたいな奴らは獣耳と尻尾を生やしていたそうだ。そこの少女のようにな」


 突然指差されたアイリスは何かを思い出しハッとした顔で語り出す。


「ジャンズって名前は聞いたことがあるよ。確かリファイブの研究員が噂しててジャンズ様が云々って言っていたもん。様付けで呼ばれているぐらいだし偉い人だとは思うから横にいた獣人族はリファイブの職員かも」


 リファイブが縦にどれくらい広がっている組織かは分からないがジャンズの名は覚えておいてよさそうだ。俺が名前と状況をメモしているとリーダーは更に話を続ける。


「ゲサンはジャンズの横にいる獣人間が珍しいと思い、配信のネタにしようと襲い掛かったんだ。だけどジャンズ達は指一本触れずに無詠唱で即発動した魔術だけでゲサン達を瀕死に追い込んだんだ」


 ダンジョン・スターの魔術やスキルは基本的に時間・手間・声の大きさに比例して威力とMP消費が増える仕様である。


 威力も上から『魔術名を叫び、時間をかけて発動』→『魔術名を叫ばず、時間をかけて発動』→『魔術名を叫び、時間をかけずに発動』→『魔術名も叫ばず、時間もかけずに発動』の順番で下がっていく。


 これらのルールが証明する事実はジャンズ達が相当な手練れということだ。いくら雑魚のゲサンでも流石にここまで不様な負け方はしないはずだ。


 その後もリーダーは次々と驚きの事実を教えてくれた。


 ジャンズ達はゲサンや他の冒険者たちに対して取引を持ち掛けていて、その内容が




1,アイリスを捕獲すること


2,最悪倒してしまった場合は手首の飾りを取ってジャンズに渡すこと


3、成功者には莫大な褒美を与える




 だったらしい。失敗や裏切りに関する事は言われていないものの、ジャンズ達の放つオーラは強く、とても断れるものではなかったらしい。


 ゲサンの調べによると既に10以上のチャンネルがジャンズに取引を持ち掛けられているらしく。今回の襲撃計画以外にも他チャンネルが別ダンジョンで構えているらしい。


 今回、親衛隊に遭遇したのはたまたまゲサンの担当ダンジョンが此処だっただけのことらしい、嫌な偶然もあるもんだ。


 リーダーの話を聞く限り、ジャンズとリファイブの最優先はあくまで手首飾りであり、アイリスの身柄よりも大事なようだ。


 アイリスの顔を見る限り全然ピンときていないみたいだが、秘められた価値でもあるのだろうか。そういえばアイリスがずっと付けている手首飾りが何なのか一度も聞いたことがなかったから聞いてみる事にしよう。


「アイリスたん、どうやら手首飾りが狙われているみたいだけど心当たりはあるっスか?」


「ううん、だって手首飾りはあくまでリファイブの研究員が研究対象を見分ける為に付けたものだもん、意味なんてあるとは思えないけど。あ、でもちょっと待って、私がリファイブの仲間達と脱走計画を立てている時、研究員の中で一人だけ私達を手助けしてくれたローザって名前のお姉さんがいたの」


「え? ローザって人は組織を裏切ったってことか?」


「そこまでは分からないかな。で、ローザさんは手首飾りに細工をしてくれて、その時に『頼れる者が誰もいなかったら手首飾りについた宝石を時計回りに回してね、そうすれば助けになるかもしれないから』と言ってくれたの。回してみてもいいかなオジサン?」


「もちろん構わないっスけど、その前に1つ質問していいっスか? アイリスたんはどうして今まで手首飾りの仕掛けを触らなかったんだ?」


「え? だって細工をしてくれた研究員のお姉さんは『頼れる者が誰もいなかったら』って言ったんだよ? 私にはオジサンがいるから条件に当てはまらないもん」


 アイリスは当たり前だと言わんばかりに首を傾げている。だが、そこまで信用されていると思わなかった俺は正直ニヤけ顔を抑えるのに必死だった。改めてアイリスをしっかり守らねばと気合が入る思いだ。


 とはいえ手首飾りの価値も危険性も分からない以上、放置しておくわけにはいかない。俺達は親衛隊から少し離れた物陰に移動し、俺が合図を送るとアイリスは手首飾りの宝石を回し始めた。


 すると手首飾りから青白い光が放出されて、光は半透明の立体映像を作り出した、まるで能力板ステータス・ボードのようだ。映し出された立体映像には1人の女性が映っており、それを見たアイリスが「ローザさんだ!」とびっくりしている。


 ローザは如何にも研究員らしい白衣を着ており、名前とは裏腹に見た目はポニーテールの黒髪に茶色の瞳をした日本人女性寄りの綺麗な人だ。


 ローザはビデオレターのように視点に向かって手を伸ばして何かを触る様子を見せると、咳払いをして話を始める。




――――この映像を見ているのはアイリスかしら、それとも別の子供達かしら? 最悪、リファイブの誰かに見られていちゃマズいから子供達にだけ分かるように用件を伝えさせてもらうわね。いつか私が話したおとぎ話『占星術と狭間の竜』を思い出してほしいの――――


――――あのおとぎ話はニルトカシムの歴史と真実をボカして伝える物語なの。だから物語に出てきた『歌詠み』という存在は本当に実在するし、出会うことさえ出来れば貴方は安全を保障されるはずよ――――


――――だけど、歌詠みに出会うまでの道のりは果てしなく遠く険しいと言われているわ。だから映像を見ている貴方が向こうの世界で平和に暮らしているのなら、危険を冒してまでダンジョンを冒険することはないわ。そっちで幸せに暮らしてちょうだい。


――――だから向こうの世界で貴方にすがるものがなければ物語を思い出して『歌詠みの塔』を目指してみて。出会う事さえ出来ればきっと貴方はニルトカシムへ送り届けてもらえるはずよ。いや、それどころかリファイブの子供たち全てを救うための手助けすらしてくれるかもしれないわ


――――だけど、自分が皆の為に頑張らなきゃ! なんて気負う事だけはしないでね。最優先はあくまで映像を見ている貴方の幸せよ。歌詠みの塔を目指すのは選択肢の一つに過ぎないわ。だって、歌詠みの塔へ入るのに時間制限なんてないのだから


――――歌詠みの塔を開ける方法は物語を伝えた子供達なら分かるはずよね? どの選択を選ぶにしても貴方達が幸せに暮らせることを祈っているわ。さようなら私の愛する子供達。




 そう告げると手首飾りの映像は消えてしまった。映像のローザも横にいるアイリスも泣きそうな顔をしていたのが印象的だった、きっと向こうの世界では仲が良かったのだろう。


 歌詠みだの、塔だの分からない言葉だらけだが物語の詳しい内容を知っているアイリスがいれば多くを知ることが出来るだろう。


 本当は今すぐ長々と話し込みたいところだが、親衛隊も回復して逃げ出す可能性もあるし、一度釘を刺しておいてからダンジョンを脱出してアイリスに話を聞く事にしよう。


 俺の考えをアイリスと利奈姉に伝えて、再びリーダーの前に立った俺は改めて今後の動きを伝える。


「待たせたなリーダーさん。晴れてゲサンを裏切ったアンタは俺達側の人間になった。とりあえず今後は俺達を色々と手伝ってもらうぞ。互いに助け合う為にもまずはフレンド登録を済ませておくぞ。用事を頼みたくなったらチャットを送るから無視しないでくれよな?」


「……分かっている。もうお前達を敵に回すのは懲り懲りだからな。だが、俺がゲサンから粛清されそうになったら本当に助けてくれよ? もう俺がすがれるのは淡野たちだけなんだからな」


「分かってるって! それじゃあ、親衛隊が脱出ゲートに到達するのを見送ったら俺達も別のゲートを見つけて帰るとするか。家に着いたら改めて映像の話とり~にゃんのスキルについて話す事にしよう。それで構わないな?」


 全員が頷いたのを確認した俺は親衛隊に肩をかして脱出ゲートまで運んでから帰還を見届け、俺達のパーティーも無事脱出を終えた。


 時間にして1時間もいなかったはずだが、感覚的には随分と長くいた気がする。アイリス達との話を終えたら皆で上手い飯でも食いに行きたいものだ。



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