第14話 マジカル・プリティー
まさかゲサンの親衛隊が俺を潰しにくるとは思わなかった。全員倒してもいいが一層恨みを買うのも面倒だ。どうにか帰ってもらえないか説得してみよう。
「親衛隊の皆さんの気持ちは分かったっス。でも、ここは休戦にしないっスか? あんた達も見たでしょう? 荒れたコメント欄、そして社会奉仕と額に刻まれたゲサンの間抜け面を。きっと文字が刻まれたゲサンの顔はスクリーンショットされまくってネット中に広がっているだろうし終わりだよアイツは。他に好きなチャンネルの1つや2つあるだろ? そっちを追いかけた方が生産的っスよ?」
俺は説得を試みたが誰1人として納得せず全員が俺を睨んでいる。むしろ油に火を注いでしまったかもしれない。最初に現れたリーダーと思わしきバンダナ男は一層声を荒げる。
「うるせぇ! 俺達はゲサン様のチャンネルを糧にして日々を生きてきたんだ。ゲサン様の行動はモラルがなくて炎上するって? そんなのは分かってんだよ! 俺達腐った人間には腐ったヒーローが必要なんだ。俺達はゲサン様という
「へー、ゲサンの奴、あれで結構慕われていたんだな。これを機にチャンネル登録して投げ銭でもしてみるか、社会復帰頑張れよってメッセージを添えてな」
「ええい! 黙れハゲオヤジ! お前は絶対に許さん! 同胞よ、淡野とアイリスの周囲を囲めむのだ。それと淡野の横にいる黒髪の姉ちゃん、アンタはターゲットじゃない。淡野の仲間かどうかは知らないが戦いに巻き込まれる前に離れる事だな」
どうやら親衛隊はゲサンよりはモラルがあるようだ。とは言っても情に厚い利奈姉なら首を振って一緒に戦うはず……そう予想していた俺だったが利奈姉は意外な言葉を発する。
「アタシはスキンヘッドのお兄さん達とさっき出会ってパーティーを組もうとしただけだから仲間ってほど深い関係じゃないわ。巻き込まれるのはごめんだし、遠慮なく離れさせてもらうわね」
そう告げた利奈姉は親衛隊を横切って遠くへ走っていった。親衛隊は戦う相手が減ったと思い込んでニヤついているが、俺とアイリスは利奈姉が戻ってくることを知っている。何故なら親衛隊の背後20メートルぐらいの位置で振り返った利奈姉が俺とアイリスにウインクを飛ばしてきたからだ。
利奈姉は絶対に戻ってくるはずだからそれまで会話で時間を稼ぐことにしよう。俺は仰々しく両手を広げ、手に魔力を込めて口にする。
「本当に戦いを始めてもいいのかな親衛隊の皆さん? ゲサンの仲間にいた女魔術士のようにお前らをシーウィード・スライムでヌルヌルにしちまうぞ? まぁ尊敬するゲサンのパーティーメンバーと同じ状態になれるならお前らも本望かもな。視聴者層次第では盛り上がる可能性もあるぞ」
俺が煽ることで親衛隊は攻めあぐねるか怒って言い返すと予想していたがリーダーの男は肩をすくめて鼻で笑い、言葉を返す。
「女魔術士とはマリアさん、いやマリアの事か? あの女は淡野と戦ったその日にゲサン様と縁を切った裏切り者だ。故に親衛隊は全員あいつの事が嫌いだ、尊敬なんぞする訳がないだろう」
「へー、それは懸命な判断だな。ちなみに1つ聞きたいんだがマリアはゲサンと共同チャンネル化していたのか? もしそうならゲサンチャンネルを抜けたことで暫くダンジョンに潜れなくなるが」
「いいや、あの女はあくまで個人チャンネルだ。そもそも性悪を煮詰めたようなマリアが人を信頼して共同チャンネル化をする訳がないだろう。あいつは抜けた翌日にチャンネル名を変え、ゲサンチャンネルを含む他冒険者に毒舌を吐くチャンネル方針に切り替えたみたいだぞ。全く逞しい女だよ」
チャンネル方針はともかく元気にやっているならそれでいい。なんせマリアにはレアアクセサリーを貰う約束をしているから、頂く前に消えられては困る。
俺がホッとしていると痺れを切らしたリーダーが「話はここまでだ、全員武器を構えろ」と指示を送った。もう会話で時間を稼ぐのは限界だ。俺もアイリスも腰を低くして戦闘態勢をとると、親衛隊との間に静寂が流れる。
どちらが先に動き出すか探り合っていると静寂を破壊するように突然俺達の耳に爆発音が飛び込んできた。びっくりした俺達と親衛隊はすぐに視線を音のする方へと向ける。
すると、そこには利奈姉が……いや、マジカル・プリティー り~にゃんが爆炎を背にして立っていた。クリーム色の上品なフープスカートを履き、幼く見えるメイクを整えたり~にゃんはヨーロッパの女性貴族のように片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝も曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。
「ごきげんよう皆さん。話は陰で聞かせてもらったニャ。どうやら親衛隊の方々は眼帯の男性と少女を集団で痛ぶろうとしているようですわね。正義の魔法少女として見過ごす訳にはいきません。成敗させて頂きますニャ」
り~にゃんの横には
――――り~にゃん様いつものように成敗しちゃって!
――――ゲサンチャンネルは前からクソだと思ってたし、消えて欲しいわ
――――今日もり~にゃんの華麗な魔術が見れるのかな? でも、スキルで倒す姿も捨てがたい
――――つーか、眼帯のオッサンも悪者臭がすげえな。あと関係ないけど栗色の髪の幼女カワイイ
分かってはいたがり~にゃんの人気っぷりはやはり相当なものだ。コメントも拾い切れないほど流れていて正直羨ましい。俺なんか5分で3コメントぐらいしか流れない過疎っぷりなのに……。
そんなり~にゃんのムーヴに腹を立てた親衛隊リーダーは剣先を俺からり~にゃんに向けて、怒鳴り散らす。
「黙れよ女ァッ! テメェが人気者かどうかは知らないが親衛隊を配信の餌にさせてたまるかよ。おい、お前達! 淡野より先にまずはふざけた貴族女をぶっ倒すぞ!」
親衛隊は武器を構えると一斉にり~にゃんに向かって走り出した。しかし、り~にゃんは一切慌てることなく、ゆっくりと手のひらに魔力を込めると、目にも止まらぬスピードで親衛隊の剣士らしき男に極小のファイアーボールを放った。
ファイアーボールは剣士の腹に直撃すると軽鎧の腹部を破砕して剣士を大きく後ろへ吹き飛ばした。剣士は仰向けで倒れたまま涎を垂らして気絶している。とんでもない破壊力だし、あれでは火炎魔術というより硬球のデッドボールだ。
たった一発の魔術で親衛隊の足は止まり、膠着状態が続く。攻めあぐねている親衛隊をり~にゃんが鼻で笑うと怒りが頂点に達したリーダーは俺達の事を完全に忘れて意識を完全にり~にゃんへ向け、包囲作戦を指示する。
「お前達! 前衛・中衛・後衛を1組として3人グループを組んで三角形に包囲しろ! 俺の合図を皮切りにプレスをかけるんだ。ただし、絶対に横並びになるな。広範囲魔法でやられるにしても最前列の奴だけになるようにするんだ、いいな?」
怒ってはいてもリーダーは効果的で冷静な判断をくだしている。ゲサンよりよっぽど戦闘面で頼りになるのではないだろうか? 流石にり~にゃん一人では厳しそうだから加勢した方がいいと判断した俺はアイリスと共に駆けだしたが、すぐにり~にゃんがこちらを見て首を横に振る。
「加勢は結構。わたくし1人でも9人程度の雑魚を蹴散らすぐらい造作もないニャ。一見、1対9に見えても、わたくしは1人ではありませんので。わたくしの内なる魔法少女達が力を貸してくれるニャ」
り~にゃんがよく分からない事を言い始めた。り~にゃんには何か特別な設定でもあるのだろうか? 設定といえばさっき利奈姉が『り~にゃんは変身できる設定にしている』と呟いていたが、それと関係があるのかもしれない。
り~にゃんは意味深にフフッと笑うと、どこから取り出したのか分からないステッキを手に持ち、得意気な顔で宣言する。
「それでは見せてあげるニャ。斬撃の魔法少女サリーの強さを!」
また新しい設定が出てきた……もうお腹いっぱいだからさっさと終わらせて欲しいものだ。
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