第10話 利奈の性癖



 アイリスとの出会いから1日経った朝、いつもより早起きして仕事の原稿を進めた俺は昼で一旦切り上げて、アイリスを迎えに家を出た。


 利奈姉のシェアハウス前に着き、インターホンを押そうとした瞬間に玄関が勢いよく開き、逞しい俺の体が後ろへ吹き飛ばされてしまった。


「痛ってぇぇっ、何っスか一体……えっ?」


 俺は玄関から飛び出してきたアイリスを見て我が眼を疑った。なんとアイリスがタキシードを着ているのだ。俺の存在に気が付いたアイリスは俺の後ろに隠れると半身で玄関を睨んでいる。


 半開きになった玄関扉から中を見てみると利奈姉とシェアメイトの2人が服や装飾品を手に持ち邪悪な笑みを浮かべている。訳の分からない状況を整理する為に一旦アイリスに話を聞こう。


「一体何があったんだアイリスたん? まるで追いかけられているみたいっスけど」


「利奈さんとカナミさんとマナミさんが何度も何度も私に服を着させてくるの! しかも色々なポーズを要求してきて何度もスマホのカメラで写真を撮ってきて……ここはきっと悪い組織のアジトに違いないよ!」


 可愛いもの好きである利奈姉の悪いところが出てしまった。利奈姉は自他共に認めるショタコン&ロリコンなのだ。持ち前の服飾知識を振りかざし、気に入った子をひたすら着替えさえて写真を撮る悪癖があるのをすっかり忘れていた。


 確か一緒に住んでいる双子のシェアメイト『カナミ&マナミ』も利奈姉と似た思想を持っているからアイリスに怖い思いをさせてしまったみたいだ。


 これは利奈姉を叱るかアイリスに諦めてもらうしかなさそうだ。それにしてもアイリスは早くもスマホや写真という存在を勉強したようだ。利奈姉を叱るにしても知識を与えてくれた事はありがたいから後で褒めておこう。


 俺はアイリスの前で両手を広げると家の中からこちらを見ている利奈姉に注意を促す。


「止めるんだ利奈姉! その性癖が災いして今までどれだけ多くの少年少女から距離を置かれたか忘れた訳じゃないだろう? 今、止めればアイリスたんからの評価がちょっとキモいお姉さんぐらいに留まるはずだ!」


「薫……アタシはとっくに自分がキモいと自覚しているんだよ。これがアタシの運命ディスティニーなのよ! 昨日も散々我慢したんだから……もう誰もアタシを止められない!」


 これだから開き直った変態はタチが悪い。こうなったら利奈姉には酷だが弱みを突いて脅すしかなさそうだ。それにはバラされたくない情報をバラすぞ! と脅すのが一番いいだろう。俺は利奈姉にとっておきの言葉をかけることにした。


「だったら俺も手段は選ばないぞ。これ以上、利奈姉が暴走するなら利奈姉の正体が『マジカル・プリティー り~にゃん』だとネットに公開しちまうぞ。それでもいいのか?」


「ま、ま、ま、待ってよ! それだけは勘弁して! それをバラされたらアタシは冒険配信者か店長のどちらかの立場を捨てなきゃいけなくなるわ……ごめんなさい2人とも、アタシが悪かったわ」


 利奈姉は破産して心が壊れた人間のように土下座のポーズで声にならない声をあげている。一時はどうなることかと思ったが何とか利奈姉の暴走が収まってよかった。これで家の中に戻っても大丈夫だ、と俺が告げると会話の内容が気になったアイリスが首を傾げて俺に尋ねる。


「オジサン、マジカル・プリティー り~にゃんって一体何なの? 一言で利奈さんの暴走を止めるなんて相当凄い存在みたいだけど」


「う~ん、異世界人のアイリスたんに説明してもどこまで分かってもらえるっスかね。 まぁ今は分からなくても俺達と暮らしているうちにオタク知識がついてくるだろうから後々分かるようになるかな。オッケー説明するっスね」


 俺は『り~にゃん』が何者なのかを1からアイリスへ説明することにした。


 『り~にゃん』とは利奈姉が猫とロリータファッションを融合させた衣装を身に纏い、目元を怪盗じみた仮面で覆った自称謎多き魔法少女であり、登録者数10万人越えの大人気ダンジョン配信者でもある。


 非難を恐れないゴリゴリのぶりっ子ボイスと良く出来た童顔メイクは多くの視聴者を魅了し、ド派手な火炎魔術はバトル好きな視聴者も取り込んでいる。


 それだけでも充分凄いのだが、利奈姉の一番恐ろしいところは『り~にゃん』の見た目の可愛らしさを追求する為に肉体的な負荷をかけているところだ。彼女は中世時代の貴族が履いてそうなドーム状のスカート……確かフープスカートとかいう名称のスカートを履き、スカートの中で膝を曲げる事で低身長に見せかけて子供っぽさを演出しているのだ。


 元々小顔な事もあり、視聴者たちは完全にり~にゃんを小柄な女の子だと思い込んではいるが、実際には利奈姉がスカートの下でガニ股になって膝を痛めながら頑張っているわけだ。さながら水面下で足をバタバタさせる白鳥を彷彿とさせる苦労っぷりである。


 幼い頃に見たアニメの影響から脳内でり~にゃんを生み出したらしく、自分自身で再現する為に声色を変えて服飾の知識まで付けたのだから大したものだ。


 これらの成り立ちを説明するとアイリスは俺の想像以上に姿形を理解しており、魔法少女アニメや中世時代のこともある程度分かっている様だった。これは恐らく昨晩、利奈姉にアニメを視聴させられて解説を受けたのだろう。たった一晩で凄まじい勉強量だ……と褒めていいのだろうか?


 アイリスは納得したのか笑顔で頷くと、さっきまで恐れていた利奈姉に近づき、そっと手を差し出して語り掛ける。


「利奈さん、もう私は逃げないし正体をバラすつもりもないから元気を出して。お着替えと写真撮影もちょっとぐらいなら構わないから」


「ほ、ほんとなのアイリスちゃん? それなら1日数枚だけ撮らせてもらうね。あ、あと1日3回でいいから抱きしめさせてほしいかな。あわよくばアタシの膝の上に座ってほしいのだけど」


「だ、抱きしめるのは私が許可した時しかダメ!」


「せめて回数券だけでも……」


 微妙に会話がおかしいが何とかアイリスは利奈姉との暮らしに戻ってくれそうだ。俺はアイリスに「何かあったら連絡してくれ」と耳打ちすると、アイリスは俺と利奈姉の顔を交互に見ながら呟く。


「えーと、連絡はどうやってとればいいのかな? 私はスマホって板を持っていないからダンジョン・スターを始めることも出来ないよね? どこかで拾えるかな?」


「利奈姉はアニメの知識は与えたのにスマホやダンジョン・スターの事は教えてないのか……それじゃあ、今から3人でササッとアイリスたんのスマホを買って簡単なダンジョンにでも入ってみるか! そこで纏めて色々説明しよう」


 俺とアイリスと利奈姉は近所のスマホショップに行き、俺とお揃いのスマホをアイリスにプレゼントしてから利奈姉の家へと帰宅した。


 昨日も話をしていた応接間でスマホの初歩的な使い方やダンジョン・スターの起動方法など教え終わり、いよいよ3人でのダンジョン潜入の時が訪れようとしていた。


 若干緊張気味のアイリスをほぐす為に笑顔を作った俺はダンジョン侵入前最後の説明を始める。


「それじゃあ、お待ちかねのダンジョン突入だ。今回の突入は簡単なダンジョンへ行くのが目的だ。だから3種類ある突入方法のうちの1つ、ナンバー突入を選択するぞ」




=======あとがき=======


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