第9話 大嫌いな親父



「利奈姉にはアイリスたんを預かってほしいんだ」


 俺の頼みを聞いてよっぽど驚いたのかアイリスは立ち上がって俺の方を見ている。一方、利奈姉は俺の考えていることがある程度分かっていたようで落ち着いて言葉を返す。


「成人男性が3人も暮らしているところでアイリスちゃんを生活させるのは申し訳ないと思ったのかしら?」


「流石は利奈姉、お見通しだな。絵村えむらたちが信用できない訳じゃなくて、あくまで倫理的にというか教育的に良くないと思ってな。それを言ったら俺とアイリスたんが2人で並んで歩いているだけでも職質案件なんだけどな」


「異世界人であるアイリスちゃんにどこまで法律が適応されるのかは分からないけど薫の考えは理解したわ。薫は言動が変態じみたところがあるけど根っこはいつも真面目よね」


「変態って……まぁ否定はしないけどよ。で、預かってくれるのか?」


「ええ、勿論。むしろアイリスちゃんみたいな可愛い娘と一緒に暮らせて嬉しいわ。アイリスちゃんには後で他2人のシェアメイトも紹介するわね」


 この大きな家に利奈姉は1人で住んでいる訳ではなく、同僚2人と合わせて3人で暮らしており、その2人も利奈姉に負けず劣らずの優しさと器のデカさを持っている。


 だから、ここにアイリスを預けておけば大丈夫だろう。男臭くて18禁グッズが堂々と並べられている俺のシェアハウスよりよっぽど健全に暮らせることだろう。


 しかし、アイリスは未だに不安そうな表情を浮かべており、俺の手を握りながら首を横に振る。


「利奈さん達と一緒に暮らすのが嫌って訳じゃないけど、それでもやっぱりオジサンと離れるのは寂しいよ……。私は全然平気だからオジサンの家で暮らしちゃ駄目かな?」


「あくまで寝食を利奈姉の家でするだけであってお別れする訳じゃないんだから大丈夫っスよ。俺の仕事は大半が自宅でのデスクワークだから朝昼晩いつでもアイリスたんに会えるしな」


「それなら……うん、分かったよ。利奈さん、これからお世話になります!」


「ええ、任せてちょうだい。あ、ちなみにちょっとだけ家事とか仕事とか手伝ってもらうこともあると思うからよろしくねアイリスちゃん。働かざるもの食うべからずってね」


「了解です!」


 アイリスは元気よく返事をすると敬礼に似たポーズを利奈姉に返した。向こうの世界にも敬礼があるのかと思ったが、よく見てみると手は握りこぶしになっていて手の甲を額に当てるようなポーズになっている。あのポーズが異世界の敬礼なのか? とちょっとだけ胸の高鳴りを感じる。


 何はともあれ無事アイリスの家が決まってよかった。あとは服とか現代日本の知識とか与えなければならないものは色々あるけれど、明日から頑張ればいいだろう。


 俺は明日の昼になったら3人でダンジョン探索へ行こうと約束を交わし、2人に別れを告げて家へと帰る事にした。







 俺が家に帰って台所に行くと、もう一人のシェアメイトである四令田 遊作しれいだ ゆうさくが絵村と会話しながら飯を食っていた。


 四令田しれいだは目が隠れるほどに長い前髪を携えたマッシュヘアでロボットみたいな無機質な喋り方をする奴だが、絵村と違ってまともな奴だ。口数が少なくてやたらと合理性を求めるところがたまにめんどくさいが仲間想いでなんだかんだ良い奴である。


 四令田しれいだは俺の帰宅に気付くと開口一番答え辛い質問を投げかける。


「おかえり淡野君、聞いた話によると少女を部屋に連れ込んだんだって? 詳しく聞かせてよ」


「絵村め、もう話しやがったのか。言っておくが誤解だぞ四令田しれいだ。アイリスたんは仕方なく飛ばされて来たんだ。あー、今日は説明ばっかりしてるけど仕方ないな。2人にも大事な話がある、聞いてくれ」


 俺は利奈姉に話した時と同じようにアイリスとの出会いから順に今日あったことを全て話した。2人とも案の定相当驚いてはいたが、やはり9年前のダンジョン出現で不思議な現象に耐性が出来たのかすんなりと俺の話を信じてくれた。加えて手伝える範囲でアイリスの帰郷を手伝うとも約束してくれた。


 これでアイリスの帰還計画に携わる人物は俺と利奈姉を含めて4人となった。もし、利奈姉のシェアメイトも協力してくれれば6人となり、色々と活動の幅も広がりそうだ。


 とはいえ、アイリスと一緒にダンジョン探索をする以上、リファイブと遭遇する可能性もあるから一緒に探索を出来る仲間は変わらずアイリスと俺と利奈姉の3人になりそうだ。







 話し合いも一段落したところで俺達3人はお茶を飲みながらのんびり雑談を続けていた。すると絵村が遠い目をしながら昔話を始める。


「拙者たちのルームシェアも昔は5人いたでござるが、彼らが帰ってきてくれればもっとアイリス殿への支援が捗るのですがねぇ。あの頃はまだ薫殿もライターになりたがっているだけのアルバイトでしたな」


「ああ、そうだな。プロレスラーだった親父のツテでプロレス道場の雑用をさせてもらっていたが、いつの間にか選手をやらされたりして、あの頃は大変だったわ。まぁ今、思い返せばそれなりに楽しかったけどな、館長も優しかったし。あの人が俺の本当の父親だったらって何度思った事か」


「相変わらず御父上のことが嫌いなようですな。まぁ今の御父上は我々の仕事からすると敵対するような立場の人間になられましたからな…………あー、薫殿、その~、御父上の状態は相変わらずでござるか?」


 絵村が俺に気を遣いながら恐る恐る親父について尋ねてきた。絵村が俺に気を遣っているのにはもちろん理由がある。


 元々、俺の親父は『グレート・ケンスケ』という名の有名なプロレスラーで40歳前半で引退した後もコメンテーターや格闘技の解説など、忙しい日々を送っていた。


 そんな親父と俺の仲が悪くなったのは俺が小学校高学年の時だ。親父は知名度を活かして政治家の道に進み、あろうことか表現規制派の人間たちと手を取り合うようになっていったのだ。


 『トゥルー・エクスプレッション』を創設した利奈姉の父親ほどではないけれど、親父のオタク嫌いは日に日に増していき、俺が大切にしていた漫画・ゲーム・フィギュアなども捨てられて大喧嘩をした記憶もある。


 そんな親父との別れは本当に突然だった。家を留守にして連絡もろくによこさない事が多かった親父に対し、俺も母さんも『いつもの事だ』と放置していたある日のこと。一緒に仕事をしていた政治家・タレント、表現規制派の人間たちが一斉に『グレート・ケンスケ』が消えた! と騒ぎ始めたのだ。


 俺も母親も他の大人達も親父を探し続けたが見つからず、ようやく見つかったと思ったら親父は婆ちゃんの家の倉庫で婆ちゃんと全く同じ『石化解除日数?????』の状態で石化しているのが見つかった。


 今は石像と化した2人を母親の家で保管してあるけれど母親から日数表記が変わったという連絡は全くこない。親父はともかく何で婆ちゃんがこんな目に合わなくちゃならないんだ! と俺は腹が立って仕方がなかった。


 それに到底ダンジョン・スターに参加するとは思えない2人が石化しているのも納得できない。とにかく分からない事だらけで頭がおかしくなりそうな時期に俺を支えてくれたのが絵村たちシェアメイト4人と利奈姉だった。


 親父の歪んだ教育でオタク離れの時間が長かった俺にとってオタク仲間たちとの時間は最高に幸せだった。絵村は漫画について熱く語ってくれるし、四令田はゲームプログラマーとして色々な知識を与えてくれた。


 他2人の元シェアメイトも『ライトノベル作家の卵・声優の卵』という立場の人間で毎日オタク語りで盛り上がり、共に今の家で成長していった大事な仲間だ。もっとも作家の卵と声優の卵だった2人は売れっ子になってシェアハウスを出て行ってしまい、俺は正直寂しい思いをしている。


 利奈姉も今でこそ近所に住んでいるけれど利奈姉が経営するコスプレショップとコスプレ喫茶がもっとビッグになってしまったら同じように俺の近くからいなくなってしまうのかもしれない、と日々別れに怯えている。


 だけど、アイリスの保護者的存在になった今の俺はセンチメンタルになっている時間などない。明日からは効率よく仕事をこなしてアイリスとの時間を増やして精力的に帰還計画を進めなければ。


 親父の事を聞いてきた絵村に対し「変化はないっスね」と返した俺は早めに雑談を切り上げ、明日に備えて休むことにした。


 アイリス帰還の為に何から頑張ればいいのか分からないが、とにかく思いついたことは手当たり次第にやっていこう。最高の出会いがあった今日は良い夢が見られそうだ。



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