第6話 異世界の情報



「アイリス……たん? なんで俺のベッドに?」


 本来ならアイリスはダンジョン突入前にいた場所へ帰るはずだ。アイリスも『丸い大きな機械を触ってダンジョンに逃げ込んだ』と言っていたし。


 帰還したらすぐにチャットを送り合って一緒にアイリスの安否と脱出後の現状確認をする約束もしていたのだが……考えようによっては安全な俺の家に転移できて良かったと喜ぶべきだろうか。


 問題は少女が俺の家のベッドで寝ているという状況が事案案件すぎるわけなんだが、とりあえずそれは後で考えよう。それより今はアイリスを起こすのが先決だ。俺はアイリスの肩を優しく揺すると彼女はゆっくりと瞼を開けてボーっとした表情で俺を見つめる。


「んぅ~ん……あれ? 何でオジサンが私の隣にいるの? えっ? そもそもここは何処なの?」


「あー、落ち着いて聞いて欲しいんだが、どうやらアイリスたんは俺の家に飛ばされたみたいなんだ。例のリファイブとかいう秘密研究機関の元に戻されなかったのは幸いっスけど、両親の待つ家に早く帰りたいっスよね?」


「そっか、ここがオジサンの家なんだ! 可愛い女の子の人形がいっぱいだね! あっ! こっちには可愛い女の子が描かれた色付いろつき紙が貼ってある、面白い部屋だね」


「人形はともかくポスターの事を色付いろつき紙と呼ぶなんて変わってるっスね。そういえばアイリスたんの本名も出身地も聞いてなかったけど何処なのかな? 警察に保護してもらうにしても情報は整理しておきたいっスからね」


「アイリスは本当の名前だよ? 生まれはニルトカシムって街でね、人口の半分以上が獣人族なうえに獣人族の7割が銀狼ぎんろう系の珍しい地域なの。あ、銀狼系の特徴は人型の時の耳と尻尾で判断できるんだよ? ほら、こんな風に」


 俺は自分の目に映るアイリスの姿を見て夢を見ているのかと疑った、何故なら俺の部屋という現実世界に帰ってきているにもかかわらずアイリスに獣耳と尻尾が生えたままだからだ。


 アイリスの獣要素けものようそは全部ダンジョン・スターの中だけで起こせるユニークスキル的なものかと思っていたのに。いや、まだアイリスがイタズラを働いている可能性も無くはない。ここは一つ確かめてみよう。


「アイリスたん、落ち着いて聞いて欲しいんだが、俺は今までの人生で獣人族なんて見たことがないんだ、それこそ創作の世界でしかな。正直、今もアイリスたんが付け耳と付け尻尾を装着しているようにしか思えない。他に何か獣人族だと示せる要素はあるか?」


「そっか、オジサンの国って獣人族がいないんだね。それじゃあ完全に狼化して証明してあげる、えいっ!」


 やたら『国』というワードを呟くアイリスは俺の目の前で本当に銀狼になってしまった。流石にこれはアイリスの言葉を信じるしかなさそうだ。となるとアイリスが元々いたところは日本どころか海外ですらない、別世界ということになる……そんな馬鹿な。


 だが9年前、全世界にダンジョンなんて非現実的な存在が現れて、誰でも挑めるようになった時点で常識なんか捨てた方がいいのかもしれない。


 となると、まずはアイリスのいた国やリファイブを掘り下げた方が良さそうだ。下手に警察へ保護を頼んだら存在が公になってリファイブの耳にも届き、アイリスの身に危険が迫る可能性もあるからだ。


 とりあえずは俺達が今いる場所の説明から始めることにしよう。


「分かった、アイリスたんが獣人族だと信じるっスよ。だが、幸か不幸か今いるこの場所はアイリスたんの故郷から随分と離れた場所みたいだ。ここは俺が友達とルームシェアしている家だ。日本という国の渦島市藍舞町うずしましあいまいちょうってところにあるんだけど知らないっスよね?」


「ニホン? ウズシマシ? 全然聞いた事ないなぁ」


「オッケー、オッケー、それじゃあまずは日本が何処にあるか、アイリスたんの国が何処にあるか知っている情報を擦り合わせていこう。確か地球儀のアプリがあったはず」


 十中八九アイリスは別世界から来た存在なのだろうと思いつつ、俺は一応日本が何処にあるのかの説明を始めた。すると案の定アイリスは日本どころか地球という存在すら知らず、紙に見たことも聞いたこともない大陸図を描いて故郷ニルトカシムの説明を始めた。


 要約するとアイリスのいた大陸は『イヨフターナ』と呼ばれているらしく人語を扱う種族が人間以外にも沢山存在し、町や村の外にはモンスターが沢山いるらしい。


 個人差はあるが魔術やスキルという概念もあるらしく、ダンジョン・スター内での行動に対して現実との乖離をほとんど感じなかったそうだ。


 地球人のように自分達が惑星の上に立って暮らしている事実は知っているものの、イヨフターナを含む『向こう側の世界』は科学があまり発展していないようでイヨフターナ全体を描いた地図はまだ存在しないようだ。


 話を聞けば聞くほど『向こう側の世界』はRPGなどのファンタジー作品そのものだ。割と肝が据わってそうなアイリスも流石に不安になったようで弱音を吐き始める。


「私、とんでもないことをしちゃったのかも……。ちゃんと故郷に帰れるのかな……陸も海も空も繋がってなさそうなのに」


 アイリスがこうなるのも無理はない。正直な話、ファンタジー好きな俺ですらワクワク半分恐怖半分といったところなのだから。アイリスやリファイブが現れたことで現実世界……いや、こちら側の世界に何か影響が出始めるのではないだろうか? と嫌な未来が頭をよぎり、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


 だが、一つだけ確かなのはアイリス自身は全く悪くないという点だ。これから先、こちら側の世界と向こう側の世界で何が起ころうともアイリスだけは守ってあげなければ。


 とりあえずは今日起こった出来事を信頼できる人間にだけ打ち明けてアイリスを守る体制を整えつつ、故郷ニルトカシムへ帰る方法を見つけてあげよう。俺はアイリスに今後の計画を話す事にした。


「アイリスたん、君がいつ故郷ニルトカシムに帰れるか分からないけど必ず帰してみせる。だから今は俺を信用して他の仲間に今日起きた事を相談したいと思う。構わないか?」


「……うん、オジサンが信じる仲間なら私も信じるよ。オジサンが私を助けても何も得しないのに、ここまで世話を焼いてくれて本当にありがとう」


「いやいや、全然気にしないでいいっスよ。ロリを守るのは変態紳士の務めっスからね」


「ロリ? ヘンタイシンシ? 地球って不思議な言葉が多いんだね、勉強しなきゃ」


「そんな言葉は覚えなくてもいいかな……あれ? そういえば何で向こう側の世界の住人であるアイリスたんと日本語で話せているんだろうか? まぁ、それ以上に不思議なことが起きまくってる訳だし後で考えればいいか。それより今は仲間の元へ行って助けを借りないと。準備はいいっスか?」


「うん、いつでも大丈夫だよ。レッツ・ゴ~!」


 日本語だけじゃなく外国語も使えるみたいだ。ダンジョン・スター内だったら自動で言葉を訳して声自体を別言語に変える機能が備わっているから理解できるのだが。アイリスたんはまるでダンジョン冒険者の状態を維持したような存在だ。これらの謎も仲間達と共に解明できればいいのだが。


 話せば話すほど謎が増えていき困惑する一方だ、一旦頭をリセットしなければ。俺はアイリスと外へ出る為に2階にある自分の部屋から1階に降りて玄関のドアノブに手をかけた。


 すると力を加えていないドアノブが突然下がり、ドアノブごと俺の体は奥へと引っ張られて体勢が少し崩れてしまった。


 どうやら扉の向こう側に人がいて同時に開こうとして引っ張られたようだ。つまりはルームシェアをしている仲間がこのタイミングで帰ってきてしまったわけだ。アイリスは俺の後ろからそっと顔を出し、俺と一緒に外へ視線を向ける。すると立っていたのは案の定シェアメイトの1人である男 『絵村えむら』だった。


 絵村はいつもと変わらない猫背のままボサボサ髪と分厚い眼鏡をテカらせて問いかける。


「おぉ、薫殿は今からお出かけですかな。ん? そちらの女児は?」



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