第7話 利奈への相談



「おぉ、薫殿は今からお出かけですかな。ん? そちらの女児は?」


 最悪なタイミングで最悪な奴と出会ってしまった。俺の後ろで怯えるアイリスを安心させる為に俺は絵村えむらを紹介することにした。


「えー、見た目はヤバそうな男だけど安心してくれアイリスたん。この人の名前は絵村 康介えむら こうすけ シェアメイトだ。めんどくさがりな性格が災いして髪はベトベトで肩にかかるぐらい長いし眼鏡も油ぎってるうえに猫背で背が高いから妖怪じみて見えるが悪い奴じゃないんだ」


「拙者より10㎝以上背が高くてマフィアみたいな見た目の薫氏がそれを言いますかねぇ。まぁいいや、アイリス殿と言いましたな。ご紹介に預かりましたとおり、拙者は薫殿と仲良しこよしな間柄ですのでどうぞよろしく。ところで2人は我がシェアハウスで一体ナニを?」


 アイリスは絵村に挨拶を返すと事情説明を兼ねた話を始めようとしたが、今は1秒でも早く絵村からアイリスを引き離したいと思い、俺は強引に言葉を遮った。


「悪い絵村! 俺達急いでるっス。事情は後で説明するから、それじゃ!」


「あっ! ちょっと薫殿ぉぉ!」


 アイリスの手を握って外へ出た俺はそのまま家が見えなくなる位置までアイリスを引っ張って絵村が追って来ていないのを確認してから一息ついた。急に焦り出した俺を見て困惑したアイリスは事情を尋ねる。


「いきなりどうしたのオジサン? まるで絵村さんを避けているみたいだけど悪い人じゃないんだよね?」


「ああ、悪い人じゃないけど、あの人は漫画家で絵を描くことと美少女が大好きなんだ。だからアイリスたんをモデルにスケッチしたいなんて言いだしたら面倒だから離れたんだ。それに絵村はある意味、俺を凌ぐレベルのキモオタだからなぁ」


「私みたいな子供体形じゃモデルにはならないと思うけど、その、えっと美少女って言ってくれるのは嬉しいなぁ、エヘヘ」


「アイリスたんは俺が今まで会ってきた人の中で一番可愛いっスよ。加えてケモ耳に尻尾まであるんだから鬼に金棒っスね。あ、でも、こっちの世界の人間に獣人だとバレると厄介だから基本的には隠しておいてほしいっス」


「うん、なんとなくそんな気はしてたよ。絵村さんの前でも隠しておいたしね。それじゃあ、オジサンが信頼できる仲間の元へ急ごっか」


 上機嫌なアイリスは行き先も分からないのに俺の前をスキップしながら進みだした。まぁ方向はちょうど合っているから問題ない。それにしてもアイリスの可愛さは国宝級だ、孫娘を持つ人間は皆こんな気持ちを味わっているのだろうか。


 アイリスと歩くこと10分、俺達はシェアハウスから東に進み続けて商店街を横断し、綺麗な家が沢山並ぶ住宅街へやってきた。その中で一際ラグジュアリーでモダンな雰囲気を放つ一軒家がありアイリスが指差している、その家が俺達の目的地だ。


 おんぼろアパート住みの俺としては羨ましい限りだが、今日は嫉みに来た訳ではない。この家にいる俺の幼馴染に用があるのだ。


 インターホンを鳴らすと中からドタバタと足音が聞こえ、勢いよく玄関が開いた。中から飛び出したのは俺より3歳上でいつも利奈姉りなねえと呼んでいた姉的存在である幼馴染『狐崎 利奈きつねざき りな』だった。アイリスは利奈姉の顔を見上げると「綺麗な黒髪と黒い瞳……」と呆けるような声で呟く。


 いきなり褒められて利奈姉は硬直しているがアイリスが呟くのも無理はない。認めたくはないが利奈姉はアイリスとは別ベクトルで魅力的な容姿をしている。


 髪はまるでかぐや姫のように長く真っすぐで、身長も168㎝と高くスラっとしていて、どこか色気のある猫目は昔から男女問わず魅了している。


 だが、俺は利奈を利奈姉りなねぇと呼んではいるものの、どちらかと言えばオカン的存在だと思っている。小さい頃からよく色々と注意されてばかりで苦手意識がないといえば嘘ではない。


 それでも厳しく接するのは愛情や優しさの裏返しだと大人になった今では理解できるからアイリスの件で頼らせてもらう訳なのだが、思い出を振り返るより先に紹介を済ませなければ。


「久しぶり利奈姉。実は相談したいことがあって来たんだけど時間あるかな?」


「ん? ええ、それは構わないけど、今アタシを褒めてくれたお嬢ちゃん、まさか薫が誘拐してきたんじゃないでしょうね?」


「違うってば! この子の事も含めて色々相談したいんだよ。頼れるのは利奈姉だけだからさ、よろしく頼むよ」


「ふーん、嬉しいこと言ってくれるじゃない。分かったわ、今は家にアタシ以外誰もいないし、とっておきの接待してあげる」


 そう告げると利奈姉は俺とアイリス用のスリッパを並べ、奥の応接間に案内してくれた。やたら座り心地の良いソファーや綺麗で高そうな家具に囲まれたまま待ち続けること3分……お茶と菓子を持った利奈姉が対面に座って早速話を始める。


「お菓子は色々あるけど飲み物はちょうど缶しかなくてごめんなさい。それで薫、相談って何かしら?」


「利奈姉は俺が最近ソロでダンジョンを探索しているのは知ってるよな? 実は――――」


 俺はアイリスとの出会いから今に至るまでの全てを利奈姉に話した。利奈姉は一瞬、アイリスを見つめた後、暫く考え込んでから言葉を発する。


「つまり薫はアイリスちゃんが元の世界に帰る手伝いをしたい訳ね。そしてアタシを頼ったのはアイリスちゃんの存在を公にしないまま力を貸して欲しいと。そういうことでオッケー?」


「そういうことだ。現実世界とダンジョン・スター、どちらで情報を集めるにしても利奈姉がいれば心強いからな。利奈姉は人脈も広いし、ダンジョン配信者としても有名だし」


「薫だって仕事が仕事だけに人脈も知名度もあるじゃない。まぁ単純にアタシと薫が組めば事を運びやすいってのはあるわね。アタシは全然かまわないわ。でもいいの? 薫は頑なにソロでダンジョン探索していたのにアタシと組んじゃっても?」


「……アイリスたんの帰郷が最優先だから問題ないさ。それに俺がソロでダンジョンに潜っていたのも俺の目的に仲間を巻き込みたくなかっただけだからな。別にソロ探索そのものに強いこだわりはないからな」


「…………」


 俺との会話で沈黙した利奈姉を見たアイリスは心配になったのか俺の服の裾を軽く引っ張り、眉を八の字にして不安そうに問いかける。


「言いたくなかったら答えなくていいんだけど、オジサンの仕事と目的って何?」


「ああ、そう言えば喋ってなかったっスね。それじゃあ少し長くなるけど聞いてもらおうかな。俺の仕事とダンジョン探索をする理由を」



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