第4話 報い



「分かった、お前らは殺さねぇ。その代わりと言っちゃあなんだが、一つ取引しようじゃないか。それが終わればアンタらを解放する」


 俺に胸ぐらを掴まれたゲサンは「と、取引ですか?」と声を震わせて聞き返す。ゲサンに最早イキっていた時の面影はなく敬語まで使って助かろうとしている。


 ゲサンチャンネルのコメント欄も




――――ゲサン、超だせぇ~


――――ずっと応援してたけど正直滑稽だわ


――――やっぱり悪人には報いがくるんだよなぁ




 とファンとも登録者とも思えない好き勝手なコメントが流れている。結局、ほとんどの視聴者がゲサンという人間が好きなのではなく、単にゲサンというフィルターを通してノーリスクで下劣な言動を見たがっていただけなのだろう。


 こんな空間はアイリスの目を汚してしまってよくないからさっさと終わらせることにしよう。俺は取引の内容を説明する事にした。


「取引は2つ、1つはゲサンの顔に俺が言ノ葉飛ばしことのはとで文字を刻ませてもらう。もう1つはゲサンを含むパーティーメンバーの装備を全て俺に渡せ。まぁ女魔術士は坂道を滑って遠くへ行ってしまったから特別に勘弁してやろう。顔に刻む文字も1日で消えるように威力を調整してやる」


「い、1日ならまぁ大丈夫ですが、装備はちょっと……それに俺達の装備を全て渡したらアクセサリー込みで20個以上になりますよね? 1人が持てるアイテムの数は装備を含めても10個までですし、貴方やアイリスさんに合う装備があるかどうか……」


「ごちゃごちゃ言ってないで早く渡せ。ちゃんと俺には考えがある。余計な心配をするな」


「わ、分かりました。取引条件を飲みます。すぐに仲間の装備を取ってきます!」


 ゲサンは倒れている槍術士そうじゅつしと男魔術士の間を往復して装備を全て引っぺがすと俺の前へと並べた。


「す、全て持ってきました。あ、後は文字を刻むだけですよね?」


 これで命は助かるとゲサンは安堵の表情を浮かべているが、俺の考えたお仕置きはゲサンが考えるほど甘いものではない。俺はゲサンが並べた装備品の1個である盾を持ち上げ、ゲサンチャンネルの視聴者に向けて語り掛ける。


「よく見ておけよゲサンのファンども。お前らは俺が追剥すると思っているかもしれないが、そんな下らない真似はしない。俺は害悪なゲサンチャンネルが再起不能になればそれでいい。だからこいつらの持つレア装備はこうしてやる!」


 俺は声を張り上げると盾を思いっきり地面に叩きつけ、能力板ステータス・ボードからアイテム消去のボタンをタップした。地面に転がった盾は光の粒となって消失し、ゲサンは今にも嗚咽を漏らしそうな顔でうなだれている。


 正直、アイテムを消失させるだけなら叩きつける必要はないのだが、この方がゲサンの敗北感が出るだろうし、視聴者も目を覚ましてくれるだろうと思って叩きつけているのが本音だ、つまり演出ってやつだ。まぁ、ほんのちょっぴり八つ当たりも入っているかもしれないが。


 ゲサンチャンネルのコメント欄は意外にも色々な意見が飛び交っており




――――ゲサン様の冒険が終わったわ


――――アイテムを自分の物にしないなんてオッサンは意外と筋が通ってるじゃん


――――あくまで復讐ではなく罰を与えているんだな。長生きしているだけあって冷静だなオッサン




 と肯定的な意見も多々見える。


 俺は老けて見えるが、まだ24歳だし、大勢からオッサンオッサンと言われるのは引っ掛かるが、意外とゲサンチャンネルの視聴者たちも捨てたものじゃなさそうだ。だからオッサン呼びに言及するのはやめておいてやろう。


 今まで必死に集めてきた装備を失ってゲサンはうな垂れているが、やる事はまだ残っている。


 俺は言ノ葉飛ばしことのはとを撃つ為に手に魔力を込め、ゲサンの額に向けて放った。


 威力を抑えた言ノ葉飛ばしことのはとはゆっくりとゲサンの頭へ飛んでいくと、ゲサンの額には赤い文字で『社会奉仕を誓います』と刻まれた。余談だが文字のフォントは太く、美しい行書体にサービスしておいてやったからファンも大喜びだろう。


 刻まれた文字が分からないゲサンはコメント欄のざわつきから不安感を覚えたのか、慌てて能力板ステータス・ボードに備えられた鏡機能で自分の顔を確認する。


「なんですかこの文字は! 俺は社会奉仕なんかするつもりは……」


「そんな事は言っていられないと思うぞ? 配信者はチャンネルのトップ画面に全身が映るだろ? だから今も視聴者たちは滑稽な顔をスクリーンショットしているはずだ。これが意味するところは……分かるだろう?」


「……本心がどうであってもゲサンチャンネルは『社会奉仕に励むという噂が広がっていく』……そう言いたいんですか?」


「もの分かりが良いじゃないか。SNSやダンジョン配信が大盛り上がりの現代社会なら拡散スピードは凄まじいだろうな。まぁ頑張ってくれ。これで俺の取引は終わりだ」


「…………くそぉ……ちくしょう……」


 全てを諦めたゲサンは薄っすら目に涙を浮かべながら俺の前から去っていった。仲間のHPが0……つまり戦闘不能状態が長引くとそれだけで死亡扱いとなってしまうから回復させに行ったのだろう。


 長くなったがこれでアイリスを救う事が出来た訳だ。俺はアイリスの元へ駆け寄ると彼女は疲れを帯びた笑顔で迎えてくれた。


「オジサンお疲れさま。見ず知らずの私の為にここまで頑張ってくれて本当に……本当にありがとう。あとは1人で頑張って出口を探してみるね」


「困っている幼女がいたら助けるのが変態紳士の務めっス。それよりもまた1人で無茶するのは無しっスよ。そもそもアイリスたんはダンジョンの脱出方法を知らないでしょ?」


「うぅ……恥ずかしながら……。ダンジョンへ逃げ込んだ時も急いでいて着の身着のままで突入しちゃったから何にも知識が無くて」


「え? ダンジョンへ逃げ込んだってどういうことっスか? 外で一体何があったっスか? 話せる範囲でいいから話して欲しいっス」


「うん、分かった。お世話になった人のお願いは極力きかないとね。本当に話せる範囲になっちゃうけどごめんね」


 そう告げるとアイリスはダンジョン突入前の暮らしから順に話し始めた。どうやらアイリスはダンジョンに突入する前は『リファイブ』という謎の組織に軟禁されていたらしく、同年代の子供達と一緒に治験ちけんじみた生活を送らされていたらしい。


 幸いアイリスや同年代の子供達に健康面での問題は起きなかったらしいが、子供達は全員どこからか拉致されてきた境遇らしく、アイリスもリファイブに攫われる3年前までは普通に両親と暮らしていたそうだ。


 リファイブは警備が厳しく、中々脱出の機会が得られなかった子供達は長い時間をかけて脱走計画を立てて実行したらしい。しかし、逃げ出せたのはアイリスを含む3人だけだったとの事だ。


 当のアイリスもリファイブの建物内に置かれていた『見上げる程に大きな丸い機械』を適当に触った結果、偶然ダンジョンに逃げられただけとのことだ。


 アイリスのいう大きな丸い機械がダンジョン・スターを起動しただけなら帰還と同時に肉体は機械の横へ戻るはずだから追手が必死になる理由はないと推測できる。つまりアイリスは通常のダンジョン・スター起動者(冒険者)と違い、現実の肉体が傷つくリスクを背負ったまま丸ごと肉体をダンジョンへ移動させた可能性が高そうだ。


 これらの過去を整理するとアイリスが最初に言っていた『2つのグループに追われている』という情報はリファイブとゲサン達となるわけだ。


 俺が嘘をついて誘導した男達がリファイブの人間だと最初から分かっていれば一発懲らしめてやることができたのだが……いや、どのくらい強いか分からない連中相手に攻撃を仕掛けるのは危険すぎてよくないか。


 とにかく今はリファイブに見つからないようアイリスをダンジョンから脱出させることが重要だ。ダンジョン・スターは基本的に脱出ゲートを見つけるか、最奥のボスを倒すなどの条件を満たさないと出られないから、まずは追手が進んだ方向とは逆方向に進んで脱出ゲートを探す事にしよう。


 とはいえゲサン達と戦ったエリアから未踏のエリアへ進んでいくには女魔術士を滑らせたヌメヌメの下り坂を進んでいくしか手はなさそうだ。自業自得とはいえちょっとだけ気が重い。


 俺が下り坂の前で溜息をついていると首を傾げたアイリスが問いかける。


「オジサン行かないの? 早く行かないと追手がきちゃうし急ごうよ」


「そうっスね。ヌルヌルになるは嫌だけど仕方ないっスよね。俺が放った魔術のせいでアイリスたんにまで迷惑かけちゃってごめんな」


「ううん、助けてもらっただけでも大感謝だから気にしないで。あ、でも私だけなら濡れないですむ方法があるにはあるけど……疲れているオジサンには酷かな……」


「ん? 何か考えがあるっスか? 聞くだけならタダだから聞かせて欲しいっス」


 俺が尋ねるとアイリスは少しモジモジしつつ、意を決した顔でアイデアを告げる。


「オジサンは体が凄く大きいから私を抱きしめた状態で滑って欲しいの」



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