第3話 海藻由来成分
「触るんじゃないわよオッサン! まさかアタシを殴るんじゃないでしょうね? 男のあんたが女のアタシを殴っていいと思ってんの? そんなことしたらアンタは即炎上でしょうね」
さっきまで散々の俺の事をファイアーボールで痛ぶっていた女魔術士が性別を盾に我が身を守り始めた。
昨今、色々な男女平等論が蔓延していて言動が難しい世の中だが、正直俺は炎上なんて怖くないほどに登録者数が少ないから脅しにはなっていない。とはいえ、女性を殴りたくないというのは確かだ。
正直、この女魔術士は『仕返しだ』『これが真の男女平等だ』と言い返されて殴られてもおかしくないクズだが、それを差し引いてもやっぱり俺に女は殴れない。それは俺が自身の人生で培ってきた美学であり、ルールだからだ。
何も言い返せなくなった俺が数秒沈黙していると女魔術士は攻撃されないことを確信して笑みを浮かべる。続けて
映し出されたコメント欄には
――――論破されててウケル
――――正義が勝つとは限らないんだよなぁ
――――オッサンが若い女の子に歯向かうこと自体が間違ってる
などと散々な書かれようだ。類は友を呼ぶってやつだろうか。
「アハハ、オッサン何も出来なくなってて笑えるぅ~!」
女魔術士は殴られない事を確信しているから絶対に負ける事はないと腹を抱えて笑っている。確かに俺は女性を殴れない……だが、殴れないからといって勝利を確信しちゃってる時点で女魔術士は三流冒険者だ。
ここからは俺が独自に開発した究極の魔術を披露してやる。俺は両手を合わせるとMPを大量に消費して水属性の魔力を練り始めた。女魔術士は魔術で攻撃されるのではないかと今になって焦りだし、杖を構えながら距離をとって呟く。
「ま、まさか、直接殴るんじゃなくて魔術で攻撃すれば暴力にならないって言うんじゃないでしょうね? 魔術だとしても痛い思いをしたら立派な暴力なんだからね!」
「ホントによく口の回る女だな。安心しろ、痛みは全くない、むしろ逆だ。アンタは気持ちよくなれるし視聴者も嬉しくなる……そんな夢のような魔術を喰らわせてやる」
「はっ? 意味わかんないんだけど?」
「今から教えてやるよ! 轟け! 海藻が生み出し卑猥の水流よ……究極水魔術 シーウィード・スライム!」
俺が魔力を帯びた両手を前に突き出すと、ヌルヌルとした液体が濁流の如く放出され、女魔術士の足元と後方の細道が液体で浸された。何かしらの破壊的な魔術がくると思っていたのか女魔術士は首を傾げて鼻で笑う。
「へ? 何よ今の魔術、見た目が派手なだけで全然……って、なんなのこの液体! めちゃくちゃヌメヌメしてて……キャーッ!」
足元が
女魔術士は転ぶ度に眉間の皺が増えていき、しまいにはさっきまでの面影がなくなるほどにドスの利いた声で荒ぶる。
「ふざけんじゃねぇぞテメェ! こんな馬鹿げた技でアタシをどうするつもりだ、アァッ!?」
「ありゃりゃ、そこらへんの暴走族よりよっぽど恐いっスね。安心してくれ、アンタはこれから下り坂の細道を粘液まみれで滑っていって戦線離脱するだけだ。つまり痛い思いはしないってこと。まぁ、全身がヌルヌルになってちょっと卑猥だけど視聴者サービスと思って割り切ってくれ、じゃあな」
「なっ! イカレたこと言ってんじゃ――――」
言葉を言い切るよりも前に俺は棍棒の先端で女魔術士の肩を軽く押した。すると女魔術士はカーリングのようにツルツルと地面を進んでいき、長い下り坂を滑っていった。女魔術士は最後まで罵声を吐き続けていて耳が腐りそうだったけれど、姿が見えなくなるギリギリまで女魔術士のコメント欄が
――――ローションプレイキター!
――――オッサンは名男優だな
――――服を着ててもヌルヌルだと卑猥だな
と祭り状態で盛り上がっていて少し溜飲が下がる思いだ。
これで暴力を振るわずに無事ゲサンだけを残す事が出来たはずだ。俺は視線をゲサンの方へ戻すとゲサンはアイリスに向けていた攻撃を止めて俺の方を見ていた。
アイリスは俺が合流するまで無事攻撃を避け続けてくれたようだ。あとは俺に任せてもらおう。俺がアイリスの元まで駆け寄るとアイリスは獣化を解除して人間の姿に戻り、倒れるように俺へ寄りかかる。
「ハァハァ……時間は……ハァハァ……稼いだよオジサン。もう休んでもいいよね?」
「ああ、アイリスたんは最高の仕事をしてくれた。後は俺に任せろ。向こうで座って見学しててくれ」
「うん、ありがとう。オジサンなら心配ないと思うけど……ハァハァ……油断しないでね」
アイリスは想いを託すと近くの岩壁を背にして座り込んだ。息切れ具合といい、汗の量といい相当ギリギリだったのだろう。後は俺に任せてゆっくりと休んで欲しい。
俺とアイリスのやりとりを眺めていたゲサンは血が出そうなほど爪を食い込ませながら拳を握ると全閲覧モードの
「さっきから
「おいおい、集団リンチの次はチャンネルリンチか? 人の力を借りなきゃ何にも出来ないって言ってるようなもんだぜ? それに7万人と言っても全員が視聴している訳じゃないだろうに。まぁ1つだけ褒めるところがあるとしたら俺が一言もローションなんて言ってないのに海藻由来の粘液って情報だけでローションだと分かったゲサンの性知識だな。お前も俺と一緒で立派なエチエチお兄さんだな」
「だ、黙れ! どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ! もうオッサンが疲弊しきっているのは分かっているんだ、このまま俺の剣に刻まれろ!」
顔を真っ赤にしたゲサンは怒りに身を任せて剣を大きく振りかぶった。冷静さを失い、隙が大きい斬撃を繰り出そうとしている時点でゲサンも三流冒険者だ。俺は剣が振り下ろされるよりも先にゲサンの懐へ入り込むと、みぞおち目掛けて拳撃を放つ。
俺の拳がゲサンの軽鎧にヒビを入れると、ゲサンは呻き声を出しながら後ろへ大きく転がった。
「ぐはぁっ!」
暗い洞窟でも分かるくらいに埃を巻きあげながら倒れるゲサンにすかさず近づいた俺は剣の柄を掴み、強引に奪い取って遠くへ投げる。
金属音を響かせながら跳ねる剣を横目で見たゲサンは勝利を諦めたのか、座ったままの姿勢で両手を挙げる。
「わ、悪かった! 完全に俺達が悪かった! だから頼む、殺さないでくれ……。何百日も石化で眠ってしまえば俺の視聴者がチャンネルから離れてしまうからよ! そうなったら定職に就いてない俺達は稼ぎも失って人生終了なんだ……」
どうやらゲサン達はダンジョン配信で得たファンたちに向けて何かビジネスを展開しているようだ。
ダンジョンで得たアイテムはダンジョン外に持って帰れないルールがあるから、せめてダンジョン配信で得た人気を活用して稼ごうとする配信者は多く、それ自体は俺も悪いとは思っていない。
だが、それはあくまで真っ当なチャンネル活動をしているのが前提だ。こんな腐りきった奴らを野放しにするのはダンジョン配信界隈にとってよろしくないだろう。かと言って俺がゲサンを殺せばゲサンの長い石化生活が始まってしまう、悪人とはいえ殺すのは避けたい。
となれば俺が取れる選択肢は自然と限られてくる。俺はゲサンの胸倉を掴み、一際ドスを利かせた声で語り掛ける。
「分かった、お前らは殺さねぇ。その代わりと言っちゃあなんだが、一つ取引しようじゃないか。それが終わればアンタらを解放する」
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