ブンコの旅日記
@asuka_manba
第1話 阿那神村 弌
――知ってますブンコさん? その村では、よくよく新しい洞窟が生まれるんですって。
知り合いの彼女がそう言った。数日前のことだ。
学生時代にネットカフェで働いていて、その時に仲良くなった男が、彼女が出来たから見せびらかしたいと言ってきたので会ってやった。
彼女が出来たくらいなんだ、と思うだろうが、彼は自分がいかに女性恐怖症なのかというのをバイト中、永延にぐだぐだ語っていたような男だから、あれから十年、三十半ばにしてようやく彼女が出来たというのは、この世の奇跡を見るようなものなのだった。
久しぶりに会ってみると、彼はあまり変わっていなかった。
ようブンコ、相変わらず死神みたいな顔してんな、などとアルバイト時代と何ら変わらない軽口を叩き、隣にいる女性の肩を誇らしげな顔で抱いた。
馴れ初めは合コン(オタク限定)で、デートはもっぱら宅飲み、相手の美徳は『人間を信じていないとこ』まで聞いたあたりから、ブンコは二人の話に飽きて来た。それが顔に出てしまったのだろう、彼女が言った。
――でさ、ブンコさんは? どんなお仕事をしているの?
いつもだったら、メーカーの営業です、とか適当に言うところだ。
相手が相手だったから、正直に言った。
――この世界には、人々には知られていない謎多き場所がまだまだたくさんあるだろ? ネットの情報網からも外れ、足を動かして出向かないと、そこで何が起こっているのかわからない。そういうところに行って、取材をするんだ。
――へえ、ライターさんってことだね。雑誌の名前は?
――ライターではないかな。依頼をしてくるのは個人が多い。行って来てくれないか? って、そういう依頼だ。自分では行けないから、誰かに行ってもらって、情報が欲しいんだ。だから。
――なるほどね。……知ってますブンコさん? その村では、よくよく新しい洞窟が生まれるんですって。
ブンコは軽く笑った。
――悪い。僕は安くないんだ。
彼女は意地の悪い笑顔を浮かべた。
――ネカフェ時代、彼がよく奢ったんだってね? あとはサボりの穴を埋めてあげたり、店長に怒られてもかばってあげたり。
ブンコはうっと言葉につまり、彼の方を恐る恐る見つめた。
すると彼はニヤニヤした顔で頷く。
――そうそう、ブンコに対する貸しならたくさん持っているな。なあブンコ? 忘れたわけじゃないよなぁ?
袋小路に追い詰められた感があるブンコは、しぶしぶと頷いた。
――わかったよ、わかった。その村の話、教えて。僕が行って来る。
ブンコの旅日記 @asuka_manba
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